【注目の判例ニュース/残業代トラブル】 タイムカードの信用性を否定し、従業員からの残業代の請求に対する企業側の反論を認めた裁判例をご紹介

裁判判例!残業代トラブル!タイムカードの信用性を否定し、従業員からの残業代の請求に対する企業側の反論を認めた裁判例をご紹介

事件の概要

中小企業の労務のトラブルの中でも特にご相談が多いのが、従業員からの残業代請求に対する対応のご相談です。従業員からの未払い残業代請求の場面で、重要な証拠となることが多いのが「タイムカード」です。

裁判所は、「タイムカードで打刻された時間については、実際に仕事をしていたと推測される」として、タイムカードがある場合は、タイムカードどおりの残業代の請求を認めることが通例となっています。そのため、「勤務中に仕事に関係のないWebサイトを見ていた」とか「退勤前に社内で雑談していただけで、仕事をしていたわけではない」というような事情があっても、企業側の反論はなかなか認められません。

今回、ご紹介するのは、このようにタイムカードどおりの支払いを命じる裁判例が多い中で、例外的にタイムカードの信用性を否定し、従業員の残業代請求を認めなかった判例(大阪地方裁判所平成19年4月6日判決)です。

この事件(アイスペック・ビジネスブレイン事件)は、IT技術者などの派遣を事業とする人材派遣会社の事業部長が、退職後に、会社に対して、タイムカードに基づく残業代の支払を求めた事件です。
その概要は以下の通りです。

事件の概要

概要1:
この事件で原告となった元事業部長は、もとは会社の経営者でしたが、この事件の被告となる人材派遣会社に自社の事業を譲渡して、被告の人材派遣会社に事業部長として雇用されていました。

概要2:
ところが、この元事業部長は、被告に雇用された後2年ほどたつと、再度、独立して会社経営をしたいと考えるようになり、就業時間中も、自分の会社の独立準備行為を行うようになりました。

概要3:
被告の人材派遣会社では、タイムカードで従業員の勤務時間を管理しており、元事業部長もタイムカードを打刻していました。

このような経緯の中で、元事業部長が退職した後に、元勤務先である人材派遣会社に対して、タイムカードに基づき残業代を計算して、「約230万円」を請求したのが本件訴訟です。

 

今回の記事の目次

●事件の判例について
●裁判における争点
●裁判所の見解
●判例における結論まとめ
●ワンポイントチェック!「判例から学ぶ!従業員からの未払い残業代請求についての企業側の反論のポイント」

 

事件の判例について

裁判所は、本件では「原告はタイムカードの打刻時間中に自分の会社の経営の準備行為を行っており、タイムカードの打刻時間中、原告が勤務先の業務に従事していたと推認することはできない。」として、元事業部長からの残業代請求を認めませんでした。

 

裁判における争点

本件の裁判における争点は、以下の点です。

『会社はタイムカードに打刻された時間どおりの残業代を支払う義務を負うかどうか』

この点について、原告(元事業部長)は、「タイムカードの打刻時間内に私的なメールを送信したことはあるが、それに要した時間は10分にも満たない」などと主張して、会社はタイムカードに打刻された時間どおりの残業代を支払う義務があると主張しました。

これに対して、被告(会社)は、「元事業部長は単にメールの送信などにとどまらず、自分の会社の経営の準備作業として、タイムカードの打刻時間内に出資予定者を訪問して出資のための勧誘を行ったり、司法書士事務所に登記書類の持ち込みを行うなどしており、タイムカードの打刻時間中にすべて会社の業務に従事していたわけではない。」と主張しました。そして、「このような事情がある場合までタイムカード通りの残業代を企業に支払わせるのはおかしい。」と主張しました。

そこで、会社がタイムカードに打刻された時間どおりの残業代を支払う義務を負うのかどうかが争点となりました。

 

裁判所の見解

本件で裁判所は、「タイムカードの打刻時間中、元事業部長が勤務先の業務に従事していたと推認することはできない。」として、元事業部長の残業代請求を認めませんでした。
その理由は主に以下の2点です。

裁判所が元事業部長の残業代請求を認めなかった主な理由

理由1:
元事業部長のタイムカードに手書き部分が非常に多く、しかも、記載された時刻の一部が嘘であることの立証に会社が成功したこと。

たとえば、ある日のタイムカードには午前9時に客先に直行した旨が記載されているのに、実際には午前10時に自宅で宅急便を受け取っていることが発覚しており、タイムカードの手書き部分について嘘の記載があることが判明しました。

理由2:
タイムカードが手書きでなく打刻されている日についても、元事業部長が自分の会社の準備のために勤務先の業務とは関係ない業務を行っていたことの立証に会社が成功したこと。

元事業部長はタイムカードの打刻時間中、単に私的なメールを送信するなどにとどまらず、自分の会社の準備のために、出資予定者を訪問したり、司法書士事務所を訪問するなどして、かなりの時間を勤務先とは無関係の業務に使っていたことが判明しました。

このような理由で「タイムカードの打刻時間中、元事業部長が勤務先の業務に従事していたと推認することはできない。」と判断したのが本件の裁判所の見解です。

 

判例における結論まとめ

このように、裁判所は、本件で、「タイムカード上は残業時間が発生していても、企業はタイムカード通りの残業代を支払う義務はない」と判断し、元事業部長からの残業代請求を認めませんでした。

 

ワンポイントチェック!
判例から学ぶ!従業員からの未払い残業代請求についての企業側の反論のポイント

従業員からの残業代請求への対応についてのご相談の中で、「従業員がタイムカードの打刻時間中、仕事をしていない時間も多かった」ということが問題になるケースがよくあります。
たとえば以下のようなケースです。

「タイムカードの打刻時間中、仕事をしていない時間も多かった」ということが問題になるケースの例

ケース1:
業務に関係ないWebサイトを閲覧していたケース

ケース2:
パソコンでゲームをしていたというケース

ケース3:
喫煙のために離席することが多かったというケース

しかし、このようなケースで、「従業員がタイムカードの打刻時間中、仕事をしていない時間も多かった」という主張をしても、冒頭でご説明したように、裁判所は、「タイムカードで打刻された時間については、実際に仕事をしていたと推測される」と判断する傾向が強く、タイムカードどおりの残業代の支払いを命じる判決がされることが通常です。

たとえば、以下のような場合は、タイムカード通りの残業代請求が認められる可能性が高いです。

企業側の反論が採用されず、タイムカード通りの残業代が認められるケースの例

ケース例1:
企業側の主張が「業務中に私的なメールをしていた」という程度の主張にとどまり、「〇月〇日は〇時間くらい、人と会って打ち合わせに業務外のことに時間を使っていた」とか、「夕食のために毎日1時間は離席していた」とかいうような、具体的に業務外のことに使った時間の主張ができない場合

ケース例2:
従業員の同僚が「よく業務に関係のないWebサイトをみていた」とか「離席が多かった」などと証言しているが、具体的に「いつ」、「どのくらいの時間」業務外のことをしていたかが主張できない場合

このようなケースでは、「不真面目な従業員」という印象を裁判所に与えるだけで、結局、タイムカード通りの残業代請求が認められてしまいます。

しかし、今回ご紹介した判例からもわかるように、より具体的にかつ詳細な立証に成功すれば、裁判所に企業側の主張を認めてもらい、残業代請求を退けてもらうことも可能です。

タイムカードに基づく残業代請求があったときに、企業側が「打刻時間中に仕事をしていない時間が多かった」という反論をする際のポイントは以下の通りです。

従業員からのタイムカードに基づく残業代請求に対して、企業側が反論する場合のポイント

ポイント1:
「いつ」、「どのくらいの時間数を」業務以外のことに使っていたのか、具体的な日付をあげて指摘する必要があります。

ポイント2:
たとえば、「業務外のWebサイトを見ていた」ということであれば、Webサイトの閲覧記録をとり、具体的にどのくらいの時間をWebサイト閲覧に費やしていたのかを立証する必要があります。

ポイント3:
タイムカードに手書き部分があるときは、その手書き部分について嘘の記載がされていないかどうかも十分に調査して、タイムカードの記載が事実でないことを立証する必要があります。

このように、詳細かつ具体的な反論ができれば、企業側の反論が認められます。

また、会社としては、日ごろから、タイムカード打刻の運用面の注意点として、以下の点をおさえておきましょう。

タイムカード打刻の運用面の注意点

注意点1:
タイムカード打刻の内容を定期的にチェックし、業務時間以外も含めた打刻がされていないかを確認しておくことが必要です。

注意点2:
たとえば、仕事を終えているのに、会社に残っている場合は、仕事を終えた時点でタイムカードを打刻するように明確に指導しましょう。

注意点3:
業務に関係ないWebサイトを見ていたとか、不必要な離席が多いというような場合、その場で指導して、早く業務を終えて帰宅するように指示しなければなりません。

タイムカードが打刻されたら、「打刻時間中に仕事をしていなかった」ことを裁判所に認めてもらうのは簡単ではないという判例の状況を踏まえて、時間通りにタイムカードを打刻するように適宜指導を行い、従業員のモラルも高めていくことが非常に重要です。

 

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