発想転換で簡単に解決!退職者による顧客の引き抜きを防ぐ「誓約書、就業規則」の作り方

顧客の引き抜き対策の就業規則、誓約書

会社を経営していると、退職した従業員による顧客の引き抜きの問題に直面することは少なくありません。

たとえば、「会社の幹部が独立して、顧客を引き抜いてしまった」、「退職した従業員が同業他社に転職して、以前担当していた顧客に営業活動をしている」、というようなケースです。退職者による顧客の引き抜きが発生すると、以下のような問題が発生し、会社経営にとって大きなダメージになります。

●顧客の引き抜きにより、売上が落ちる。
●営業担当者だけが引き抜かれれば、間接部門の固定費は従来通り抱えることになるため、利益率が低下する。
●引き抜き行為の中で、退職者が会社を中傷する発言をしたり、会社との取引価格よりも安価な取引を提案したりすることで、会社に対する顧客の信用が失われる。
●引き抜き行為に対して会社がなにも手を打てなければ、内部に残る従業員のモラルが低下しかねず、示しがつかない。

このように、顧客の引き抜きが発生すると会社経営にとって大きなダメージになりますので、経営者は会社を守るために、退職者による顧客の引き抜きについて、万全の対策をしておく必要があります。今回は、最近の裁判例も踏まえて、退職者による顧客の引き抜きから会社を守るために、どのような「就業規則や誓約書」を作成しておけばよいのかについてご説明したいと思います。

 

今回の記事で書かれている要点(目次)

●知らないと危険!就業規則の「競業禁止条項」では会社は守れない!?
●発想転換で解決!「顧客との取引禁止」と「顧客リストの持ち出し禁止」で会社を守る方法。
●「顧客との取引禁止条項」の効力と、作成時の重要なポイント。
●「顧客リストの持ち出し禁止条項」の作成時の重要なポイント。
●「就業規則」と「誓約書」のどちらで対応するのがよいか?

 

知らないと危険!就業規則の「競業禁止条項」では会社は守れない!?

今回のような「退職者による顧客の引き抜きを防ぐ」というテーマについての会社側の対策として、多くの会社の就業規則や誓約書で定められているのが、「競業禁止条項」です。

たとえば、以下のような条項が、就業規則や誓約書に記載されていることがよくあります。

競業禁止条項の例

『従業員は在職中及び退職後2年間、会社と競合する他社に就職し、あるいは競合する事業を営むことをしてはならない』

しかし、この「競業禁止条項」は、「退職者の転職の自由に対する制約が強い」などとして、無効と判断されることも多いのが実情です。たとえば、「競業禁止条項」が無効とされた判断された例として、以下のようなものがあります。

【競業禁止条項が無効と判断された裁判例】

(1)大阪地方裁判所平成23年3月4日判決
建築資材製造・販売業の事案で、退職後1年間の競業禁止条項を無効と判断

(2)大阪地方裁判所平成24年3月15日判決
人材派遣業の事案で、退職後6か月間は場所的制限がなく、またその後2年間は地域の限定を設けて競業を禁止した競業禁止条項を無効と判断

(3)東京高等裁判所平成22年4月27日判決
ビル管理業の事案で、退職後1年間の競業禁止条項を無効と判断

期間を限定したり、地域を限定した「競業禁止条項」は、そのような限定のない「競業禁止条項」に比べて、退職者の転職の自由に対する制約が軽微だとは言えます。しかし、期間や地域を限定していても、裁判所では無効と判断されることがあることがわかります。

このような過去の判例からも、就業規則や誓約書で「競業禁止条項」を設けることだけでは、顧客の引き抜き行為に対する対策として必ずしも十分でないことを理解しておきましょう。

 

発想転換で解決!「顧客との取引禁止」と「顧客リストの持ち出し禁止」で会社を守る方法。

では、どのようにすれば、退職者による顧客の引き抜きを防ぐことができるのでしょうか。
結論からご説明しますと、以下の2つを併用して活用することで、退職者による顧客の引き抜きを防ぐことができます。

退職者による顧客の引き抜きを防ぐ2つの方法

方法1:顧客との取引禁止条項

退職後に、退職者が担当していた顧客との取引を禁止する「顧客との取引禁止条項」です。

●顧客との取引禁止条項の例●
従業員は、退職後2年間は、在職時に担当した会社の顧客に対して、会社の商品・サービスに競合する商品・サービスの提供をしてはならない。

方法2:顧客リストの持ち出し禁止条項

在職中・退職後を通じて、会社の顧客リストの持ち出しを禁止する「顧客リストの持ち出し禁止条項」です。
「顧客リストの持ち出し禁止条項」というのは、たとえば、以下のような条項です。

●顧客リストの持ち出し禁止条項の例●
従業員は、顧客の住所、氏名、連絡先に関する情報、顧客と会社との取引内容に関する情報、顧客が会社に提出した資料の内容がすべて会社の機密情報であることを認識し、在職中か退職後かを問わず、これを自己または第三者の利益のために利用してはならない。

このように、「退職者が担当していた顧客については、顧客との取引禁止条項で、競合する取引自体を禁止し、退職者が担当していなかった顧客については、顧客リストの持ち出し禁止条項で、顧客の連絡先等の持ち出しを禁止する」、という方法で対応することが、退職者による顧客の引き抜きを防ぐ有効な方法です。

この部分は経営者にとっては、とても重要なポイントになりますので、必ず押えておきましょう。

 

「顧客との取引禁止条項」の効力と、作成時の重要なポイント。

さきほど、「競業禁止条項」については裁判所で無効と判断されることがあることをご説明しました。

では、退職者による顧客の引き抜きを防ぐ方法のひとつ目としてご説明しました、「顧客との取引禁止条項」については、裁判所でその効力はどのように判断されているのでしょうか?

結論から言うと、裁判所は、「顧客との取引禁止条項」については、下記のように有効と判断しています。

【顧客との取引禁止条項の有効性について判断した判例】

(1)東京地方裁判所平成14年8月30日判決)
清掃用品のレンタル事業について、退職後2年間を期間とする、顧客との取引禁止条項を有効と判断

(2)東京高等裁判所平成12年7月12日判決
照明機器等の製造販売事業について、退職後6か月を期間とする、顧客との取引禁止条項を有効と判断

(3)東京地方裁判所平成6年9月29日判決
教育・コンサルティング事業について、退職後1年間を期間とする、顧客との取引禁止条項を有効と判断

このように、「顧客との取引禁止条項」は「競業禁止条項」とは異なり、有効と判断されています。その理由は、同業他社への就職を禁止する「競業禁止条項」に比べて、過去の担当顧客への営業のみを禁止する「顧客との取引禁止事項」のほうが、退職者の転職の自由に対する制約の度合いが格段に低いためです。

ただし、「顧客との取引禁止条項」を就業規則や誓約書に入れるにあたっては、次の3つの点が作成時の重要なポイントになりますので、注意しておきましょう。

「顧客との取引禁止条項」を作成する際の重要なポイント

(1)「禁止期間」を設ける。

顧客との取引を禁止する期間を無限定にしてしまうと、退職者への制限が強くなりすぎ、裁判所で無効とされる可能性がでてきます。顧客との取引を禁止する期間は退職後2年以内とすることが1つの目安になります。

(2)取引禁止の対象を「担当顧客」に限定する。

取引禁止の対象を、「会社の全顧客」としてしまうと、禁止の対象が広くなりすぎてしまい、裁判所で無効とされる可能性がでてきます。取引禁止の対象は「退職者が在職中に担当した顧客」に限定し、
担当顧客以外の顧客は、「顧客情報の持ち出し禁止条項」で対応しましょう。

(3)「顧客に対する営業活動」だけではなく、「顧客との取引」自体を禁止する。

退職者が顧客に対して営業をかけることを禁止するだけでは、「営業活動はしていないが、顧客から連絡があって取引をすることになった」と言い逃れをする余地が出てしまいます。営業活動だけではなく、取引自体を禁止することが必要です。
退職者による顧客の引き抜き行為でも、一番危惧されるのが退職者が在職中に築いた顧客との人間関係・信頼関係を利用して顧客を引き抜くケースです。そして、これを防ぐためには、「競業」自体を禁止しなくても、退職後に過去の担当顧客と取引をすることを禁止すれば十分です。

そこで、過去の担当顧客との取引を禁止する「顧客との取引禁止事項」を活用するのが、引き抜き行為防止のためのベストな方法になります。

 

「顧客リストの持ち出し禁止条項」の作成時の重要なポイント。

続いて、退職者が在職中に担当していなかった顧客について、退職者による引き抜きを防ぐ対策をご説明したいと思います。

退職者が在職中に担当していなかった顧客は退職者との人間関係・信頼関係があるわけではありませんので、引き抜きのリスクは、退職者が担当していた顧客よりも低くなります。しかし、顧客情報は会社の重要な財産であり、これが退職者に持ち出されて会社の信頼を損なわないように、「顧客情報の持ち出し」を禁止する条項を就業規則や誓約書に入れておきましょう。

「顧客情報の持ち出し禁止条項」を作る時の重要なポイント

(1)持ち出しを禁止する情報の範囲を具体的に限定する。

「顧客情報の持ち出し禁止条項」を規定するときは、持ち出しを禁止する情報の範囲を具体的に限定しておくことが必要です。

たとえば、就業規則で「業務上知り得た取引先に関する情報を業務以外の目的で利用してはならない」などと定めている例もありますが、このような定め方は「取引先に関する情報」の範囲が具体的に記載されておらず、不十分です。裁判所で効力を認めてもらうためには、従業員から見て「持ち出してはならない情報が何であるか」を具体的にわかるように記載しておく必要があります。
たとえば、「顧客の住所、氏名、連絡先に関する情報、顧客と会社との取引内容、取引価格に関する情報」などというように、持ち出しを禁止する情報を具体的に限定して記載しておくことが、裁判所でも効力を認めてもらうためのもっとも重要なポイントです。

(2)私用の携帯電話や私的なデバイスへの保存も禁止しておく。

私用の携帯電話や私的なデバイスに顧客情報が入力あるいは保存され、それが顧客の引き抜きに利用されることがあります。携帯電話やデバイスは会社のものを用意したうえで、私用の携帯電話や私的なデバイスを業務に使用することは禁止しておくことがベストです。

(3)期間は無制限でも問題ない。

顧客情報の持ち出しを禁止することは、会社として当然のことであり、退職者の転職に対する制約ではありません。
そのため、「顧客情報の持ち出し禁止条項」については、期間を限定しなくても問題はありません。

持ち出しを禁止しなければならない情報の範囲や、携帯電話等の利用状況は各社によってさまざまだと思います。3つのポイントも踏まえて、自分の会社の具体的事情にあった「顧客情報の持ち出し禁止条項」を作成しましょう。

 

「就業規則」と「誓約書」のどちらで対応するのがよいか?

最後に、「顧客との取引禁止条項」や「顧客リストの持ち出し禁止条項」を設ける場合、「就業規則」と「誓約書」のどちらで対応するのがよいのかについてご説明したいと思います。

結論から説明しますと、「就業規則」と「誓約書」の両方で対応することがベストです。

「就業規則」に定める方法は、各従業員から一人ずつ取得しなければならない「誓約書」での対応よりも便利な面はあります。
しかし、「就業規則」だけに定めておく方法は、以下のような点から、確実なリスク対策にはなりません。

●従業員代表からの意見聴取手続きなど、就業規則の作成の手続きに不備があると裁判所で効力を否定されることがある。
●就業規則の条項の内容を従業員が細かく理解していないことが多い。

「就業規則」に規定するのと並行して、従業員一人一人から「誓約書」を提出してもらうことがベストな方法です。そして、「誓約書」は、以下の3回のタイミングで取得しておきましょう。

「誓約書」を取得する3回のタイミングとは?

(1)入社のタイミング
入社のタイミングで、「顧客との取引禁止条項」や「顧客リストの持ち出し禁止条項」について、会社を守るために必要なものであることを説明して、誓約書を取得しておきましょう。

(2)昇進のタイミング
昇進は、以前より責任が重くなり、より重要な会社の機密にも接するきっかけとなります。入社時の誓約書とは別に、昇進時にも誓約書を取得しておきましょう。

(3)退職のタイミング
退職のタイミングでは、退職後に顧客との取引をすることや、会社の顧客リストを退職後に利用することが禁止されていることを退職者との間で確認することになります。

退職に関しトラブルがあったときなどは、退職のタイミングで従業員が「誓約書」を提出するかどうかわかりません。しかし、もし退職のタイミングで誓約書が提出されなくても、入社のタイミングと昇進のタイミングで誓約書が提出されていれば、退職後の引き抜き防止の対策として十分であり、問題はありません。

退職時だけでなく、「入社のタイミング」と「昇進のタイミング」での誓約書取得が重要なポイントになりますので、忘れないようにしておきましょう。

 

まとめ

今回は、「退職者による顧客の引き抜き」を防止するための対策についてご説明しました。

「競業禁止条項」では、十分な対応とはいえず、「顧客との取引禁止条項」と「顧客リストの持ち出し禁止条項」をあわせて規定することで、はじめて有効な対策になることをご理解いただけたと思います。

なお、「退職者による顧客の引き抜きの防止」は「就業規則」や「誓約書」による対策だけでなく、以下のような対策も並行して進めることが必要です。

(1)顧客の担当者を一人ではなく、複数担当制にする。
(2)顧客と担当者という個人間の関係にならないように、会社として顧客とコミュニケーションをとる機会を作る。
(3)会社として競合他社にないサービスを提供することで、競合他社に顧客をとられない工夫をする。
(4)担当者が退職する際は、すぐに新しい担当者を会社で決めて、挨拶にいかせる。

このように「退職者による顧客の引き抜きの防止」のための対策は、様々な方法の合わせ技で実施していく必要があり、事前の準備が必須です。特に、就業規則や誓約書が整備されていない段階で、退職者による引き抜き行為が行われると、会社としての対応策がかなり限定されてしまいます。

そのため、「日ごろからの就業規則や誓約書の整備」が大変重要であるということを、おさえておきましょう。

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