こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
情報の持ち出しや不正利用を防ぐために、従業員から秘密保持誓約書を取得しておくことは現在の企業においては必須事項です。しかし、実際には、安易に作成したために、法律上有効な誓約書にはなっていないケースが多く見られます。
判例:
平成20年11月26日東京地方裁判所判決
例えば、「業務上知り得た会社の機密事項,工業所有権,著作権及びノウハウ等の知的所有権は,在職中はもちろん退職後にも他に一切漏らさないこと。」という内容の誓約書を提出していた退職者が情報を持ち出した事例で、裁判所は、企業による退職者に対する損害賠償請求を認めませんでした(平成20年11月26日東京地方裁判所判決)。
これではいざ、情報の持ち出しや不正利用が出たときに、法的な対応ができません。
そこで、今回は、秘密保持誓約書の正しい作成方法について弁護士が解説します。
この記事では秘密保持誓約書の取得について解説しますが、既に秘密情報を持ち出されて悪用しているという場合は早急に対応する必要があります。
情報が持ち出されて悪用された場合の対応策については以下をご覧ください。
▼【動画で解説】西川弁護士が「従業員の秘密保持誓約書について!安易な雛形利用は危険」を詳しく解説中!
▼秘密保持誓約書に関して今スグ相談したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
今回の記事で書かれている要点(目次)
1,秘密保持誓約書とは?
「秘密保持誓約書」とは、業務上の情報の持ち出しや不正な利用を防ぐために、企業が従業員から取得する誓約書です。秘密保持誓約書を取得していなかったり、取得していても不備がある場合、以下のような問題が発生します。
- 従業員が退職時に顧客情報を持ち出しても法的な手段がとれない
- 従業員が退職時に技術情報を持ち出しても法的な手段がとれない
- 顧客から預かっている情報が漏洩したり不正利用された場合に、自社の情報管理に落ち度があったことを指摘され顧客から損害賠償請求される
このようなリスクがありますので、秘密保持誓約書は正しく作成し、確実に全社員から取得しておきましょう。
この記事では企業が従業員から取得する誓約書について解説しています。業務委託先との秘密保持契約など、企業間における秘密保持契約書については、以下の解説をご覧ください。
2,秘密保持誓約書について安易な雛形利用が危険な理由
秘密保持誓約書についてはひな形をそのまま利用したのでは、ほとんどのケースで法的効力が認められません。過去に、裁判所で秘密保持誓約書をについて法的な効力が認められなかったケースとして以下のものがあります。
事例1:
平成20年11月26日東京地方裁判所判決
以下の内容の誓約書を提出していた退職者が情報を持ち出した事例で、裁判所は、企業による退職者に対する損害賠償請求を認めませんでした。
●秘密保持誓約書の内容
「業務上知り得た会社の機密事項,工業所有権,著作権及びノウハウ等の知的所有権は,在職中はもちろん退職後にも他に一切漏らさないこと。」
事例2:
株式会社わかば事件(東京地裁平成 17 年 2 月 25 日判決)
以下の誓約書を従業員に提出させていた事案で、裁判所は、「対象となる秘密を具体的に定めない、同義反復的な内容にすぎない」などとして、退職者による情報持ち出しについて企業側の損害賠償請求を認めませんでした。
●秘密保持誓約書の内容
就業規則に「社員は、会社の機密、ノウハウ、 出願予定の権利等に関する書類、テープ、ディスク等を会社の許可なく私的に使用し、複製し、会社施設外に持ち出し、または他に縦覧もしくは使用させてはならない。」などと定め、「就業規則、その他の諸規定に従い、誠実に勤務する」旨の誓約書を提出させていました。
このように、秘密保持誓約書が作成されている事例でも、いざ、企業側が退職者による情報持ち出しについて損害賠償請求をするという場面になれば、裁判所で効力が認められず、企業側が敗訴しているケースが多数存在します。
これらは、安易にひな形をそのまま使用し、秘密保持誓約書の内容を具体的に作りこまなかったことが原因といえます。
3,効力のある秘密保持誓約書の作り方
では、裁判所でも効力が認められるように秘密保持誓約書を作成するにはどのようにすればよいのでしょうか?
以下で秘密保持誓約書の作り方のポイントをみていきましょう。
(1)秘密情報の定義が重要
最も重要になるのが秘密情報の定義を具体的かつ明確に誓約書に記載することです。秘密保持誓約書に法的な効力を持たせるためには、どの情報が持ち出し禁止の対象であり、秘密にしなければならないのかということが従業員に明確に示されていることが必要です。
明確に秘密保持の対象であるとわかっているのに持ち出したり、不正利用した場合に限り、従業員に対して法的な責任を問うことが可能になります。
「社内の情報はすべて秘密」といった考え方は捨てて、本当に持ち出されたり不正に利用されたりすると困る情報を具体的に特定して、秘密保持誓約書に記載することが重要です。
良い例と悪い例をあげると以下の通りです。
1,良い例
「私は、次に示される情報(以下、「秘密情報」という)について、貴社において厳格に管理されている重要な営業秘密であることを認識し、在職中はもちろん、貴社を退職した後においても、私自身のため、あるいは、他の事業者その他の第三者のために、開示、漏洩、もしくは使用しないことを誓約します。
(1)顧客の住所、氏名、連絡先に関する情報
(2)貴社と顧客との取引内容、取引価格、取引履歴に関する情報
(3)顧客が貴社との取引のために、貴社に提供した当該顧客に関する一切の情報
(4)以上のほか、貴社が特に秘密保持対象として指定した情報」
このように、具体的にどの範囲の情報を秘密にしなければならない対象とするのかが、従業員からみて明確にわかるように記載しなければなりません。
上記の例は顧客に接する営業担当の従業員の秘密保持誓約書を想定した例になります。経理の従業員、総務の従業員など、職種によってそれぞれ秘密とするべき情報は異なってきますので、職種に応じた秘密保持誓約書を取得することが必要です。
次に、悪い例を見てみましょう。
2,悪い例
「私は貴社の営業上、技術上の情報並びに顧客情報が貴社の重要な営業秘密であることを認識し、在職中はもちろん、貴社を退職した後においても、私自身のため、あるいは、他の事業者その他の第三者のために、開示、漏洩、もしくは使用しないことを誓約します。」
この例のように、単に「営業上、技術上の情報並びに顧客情報」というような抽象的な記載では、具体的にどの範囲の情報を秘密にしなければならないかが、従業員からみて明確にわかる記載となっているとはいえません。
これでは法的な効力は認められない可能性が高いでしょう。
自社の秘密保持誓約書がこのような抽象的な記載になっている場合は、より具体的にどの範囲の情報を秘密にしなければならない対象とするのかが明確になるような内容に修正しておくことが必要です。
(2)秘密保持義務の内容を漏らさずに記載する
次に、従業員に誓約させる秘密保持義務の内容について、必要な内容をすべて記載することが重要です。
以下の内容のうち、自社に必要なものがどれかを検討して、漏れなく記載しましょう。
- 他に開示しないこと
- 会社の許可なく社外に持ち出さないこと
- 会社の許可なく複製しないこと
- 会社の業務以外の目的で使用しないこと
- 秘密情報の毀損及び漏えいの防止に努めること
- 万が一、漏えい事故が起こったときは直ちに会社に報告すること
(3)会社の調査権限を定める
秘密保持義務が守られているかどうかを、会社が調査できるようにしておくことも重要です。
秘密保持誓約書の内容として例えば以下のものを入れておきましょう。
- 会社が所持品検査を行うときは異議なく応じること
- 会社が防犯カメラを設置し、動画の閲覧、保存を行うことを承諾すること
- 会社が秘密情報の管理状況について調査を行う場合は調査に応じること
(4)退職後の秘密保持義務を明記する
退職後の秘密保持義務についても秘密保持誓約書に明記することが必要です。
- 退職時に秘密情報をすべて会社に返却すること
- 退職後に秘密情報を使用しないこと
- 退職後に秘密情報を他に開示しないこと
なお、退職後の秘密保持の義務について期間の制限を設ける必要はありません。
会社の重要な情報であることからすれば、期間の制限なく秘密保持義務を課しておくべきです。
退職時に秘密保持誓約書の提出を求めても、退職にあたり会社とトラブルがあった従業員が提出を拒否するケースがあります。退職時には秘密保持誓約書を取得できるかどうかわからないことを踏まえて、入社時から退職後の秘密保持義務を明記した誓約書を取得しておくことが必要です。
(5)誓約違反時の損害賠償責任を明記する
在職中または退職後に誓約内容に違反して会社に損害を与えたときは、その全損害を賠償する責任があることを明確に定めておきましょう。
以上が、一般的な秘密保持誓約書に記載するべき項目になります。
4,秘密保持誓約書は入社時、昇進時、退職時に取得
次に秘密保持誓約書の取得のタイミングについてご説明したいと思います。
秘密保持誓約書は入社時、昇進時、退職時の3つのタイミングで取得します。
(1)入社時の秘密保持誓約書について
入社時に秘密保持誓約書を取得しておくことは重要です。
秘密保持の誓約書を取得が遅れると、誓約書取得以前の秘密情報の利用について不正があっても責任を問えないことになりかねません。入社時に作成する雇用契約書や身元保証書などと一緒に遅れないように取得しておいてください。
(2)昇進時の秘密保持誓約書について
昇進後は、会社のより重要な機密情報にも触れる機会が多くなります。
そのため、昇進時には入社時と違った内容で秘密保持誓約書を取得しておくべきです。
昇進後に触れることになる機密情報を想定して、秘密情報の定義の条項を見直すなど、入社時より具体的な内容で秘密保持誓約書を取得しておくことが重要です。
(3)退職時の秘密保持誓約書について
退職時はすべての秘密情報を会社に返却したこと、不正利用の際はペナルティが課されることを明確するために、秘密保持誓約書を取得します。
あわせて、個人の携帯電話やパソコンに顧客情報が残っていないかどうか、取引先との名刺などをすべて会社に返却済みかなどを確認することが重要です。
5,秘密保持誓約書とあわせて整備するべき書類
そのほか秘密保持を万全なものにするために、以下の書類もあわせて整備しておきましょう。
(1)身元保証書
身元保証人を付けておくことで、不正な情報利用があった場合に自分だけでなく、身元保証人にも請求されることを認識させ、情報の扱いについて従業員に緊張感を与えることが可能になります。
身元保証書については以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください
(2)就業規則
就業規則にも必ず秘密保持を義務付ける内容をいれておきましょう。
就業規則の作成については以下で詳しく解説していますのでご参照ください。
就業規則を作成する際も秘密情報の定義について具体的に記載することが重要になります。また、就業規則を作成していても、従業員に周知していなければ効力が認められず、トラブルになった際に役に立ちません。正しく就業規則が周知されているかも必ず確認しておいてください。
(3)顧客引き抜き防止の誓約書
従業員が退職後に自社の顧客を引き抜くことを防止する目的で、秘密保持誓約書を取得しているケースもあると思います。
そのような場合は、秘密保持誓約書とは別に顧客引き抜き防止を目的とした誓約書も取得しておかれることをおすすめします。
顧客引き抜き防止を目的とした誓約書については以下の記事で詳しく解説していますのでご参照下さい。
(4)私物の携帯電話やパソコン利用時の誓約書
私物の携帯電話やパソコンを業務に使用することを認めているケースでは、ウィルス対策の不備やパソコンの家族間での共有などによる情報漏洩のリスクが高まります。
また、退職後も私物に情報が残ることになり、情報の不正利用にもつながりがちです。
私物の携帯電話やパソコンの業務利用を認める際は、通常の秘密保持誓約書とは別に、私物での情報利用に関する誓約書を作成しておくことが必要です。以下で詳しく解説していますのでご参照ください。
6,秘密保持誓約書に関して弁護士に相談したい方はこちら
最後に秘密保持誓約書に関する咲くやこの花法律事務所の企業向けサポート内容をご紹介します。
(1)個別の事情に応じた実効的な秘密保持誓約書の作成や就業規則の見直し
秘密保持誓約書の作成にあたっては、その従業員の仕事の内容や、触れることになる情報の内容、秘密情報漏洩リスクの程度に応じて、個別の事情を踏まえた内容で作成することが非常に重要です。
一般的なひな形を使用しただけでは、法的な効力が認められず、情報漏洩や情報の不正使用に対応できないことになりかねません。
咲くやこの花法律事務所では、企業の情報漏洩対策を万全なものにするために、個別の事情を踏まえた実効的な秘密保持誓約書の作成を企業の依頼を受けて行っております。
また、秘密保持を定める就業規則や秘密情報管理規程の作成や見直しについてもご相談をお受けしています。
咲くやこの花法律事務所における秘密保持誓約書に関する弁護士費用例
●初回相談料:30分あたり5000円(顧問契約の場合は無料)
●秘密保持誓約書作成費用:5万円程度(顧問契約の場合は簡易なものであれば無料)
(2)情報漏洩防止のための実効的なアドバイス
情報漏洩を防止するためには秘密保持誓約書の作成だけでなく、「社内で秘密情報をどのように管理するか」、「どの範囲の従業員にアクセスを認めるか」、「秘密保持誓約書以外の書類をどのように整備していくか」なども重要になります。
咲くやこの花法律事務所では、企業からの依頼を受けて、情報漏洩防止のための実効的なアドバイスを行っております。
咲くやこの花法律事務所におけるご相談料
●初回相談料:30分あたり5000円(顧問契約の場合は無料)
自社で判断が難しい場合は、企業法務に強い咲くやこの花法律事務所にご相談ください。
7,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士へ問い合わせる方法
秘密保持誓約書に関する相談は、下記から気軽にお問い合わせください。咲くやこの花法律事務所の契約書に強い弁護士によるサポート内容については「契約書に強い弁護士のサポート内容」をご覧下さい。
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9,まとめ
今回は、最初に秘密保持誓約書について、裁判所で効力が認められずに会社が敗訴している事例が多いことをご紹介しました。
そのうえで、法的な効力が認められる秘密保持誓約書の作成方法をご説明し、入社時、昇進時、退職時の3つのタイミングで取得するべきものであることをご説明しました。
また、秘密保持誓約書とあわせて整備するべき書類についてもご紹介しています。
従業員から正しく秘密保持誓約書を取得しておくことは自社を守ることになることはもちろんですが、自社に情報を提供する顧客や取引先の信頼を得るためにも重要です。
社内の情報管理がずさんであったために、取引先の情報を漏えいしてしまい、取引先から責任を問われるケースが増えています。
秘密保持誓約書については、その重要性から企業法務専門の弁護士に作成を依頼するかチェックを受けておかれることをおすすめします。
注)咲くやこの花法律事務所のウェブ記事が他にコピーして転載されるケースが散見され、定期的にチェックを行っております。咲くやこの花法律事務所に著作権がありますので、コピーは控えていただきますようにお願い致します。
記事更新日:2022年12月15日
記事作成弁護士:西川 暢春