以前のブログ( https://kigyobengo.com/blog/135 をご参照ください)で、「事業者は健康診断で、従業員の健康状態、特に脳や心臓の異常の有無を把握しておかなければならない」というお話をさせていただきました。
これは、まず第一に会社にとって大切な従業員の健康を守るために必要なことですが、従業員が不幸にも突然死するようなことがあった場合に会社が多額の損害賠償責任を負担しないためにも重要なことです。
従業員が突然亡くなった場合、本来それは会社の業務となにか関係があったかどうかはわかりません。
しかし、裁判所では、特に月に60時間以上の長時間労働をしていた従業員が、脳や心臓の疾患で突然亡くなった場合、それは会社の業務が原因だと認める傾向が強くあります。
実際にも、突然死について会社の責任を認め、数千万円単位の賠償を会社に負担させた判決が数多くあります。
従業員の健康状態を会社が把握することは、このような問題を防ぐ第一歩として重要なことです。
ただ、「会社が従業員の健康状態を把握しなければならないといっても具体的にどうすればよいのか」という疑問をよくお聞きします。
そこで、今回は、この点についてお話しさせていただきます。
まず、前提として、会社は、1年に1回は従業員に健康診断を受けさせる義務を負っています。
このことは、労働安全衛生法という法律の第66条に定められています。
この健康診断は、会社が従業員の健康状態を知り、それを踏まえて従業員の仕事の内容が過重すぎないかどうかなど、を検討するためのものです。
そのため、会社は各従業員の健康診断結果を従業員の同意がなくても取得することができます。
よく、「健康診断の結果を会社に提出させることはプライバシーの観点から抵抗がある」という声も聞きます。
しかし、労働安全衛生法には、「事業者は、健康診断の結果を記録しておかなければならない。」と明記されています(66条の3)。
このように、従業員の健康状態を把握しておくことは会社の義務ですので、健康診断の結果は必ず会社が取得しておくべきです。
健康診断の結果を提出することをいやがる従業員がいる場合は、会社として従業員の健康状態を把握しておかなければならないことを説明して、説得していかなければなりません。
それでは、会社の年に1回の健康診断の結果、「精密検査が必要」となった場合には、会社として、どうすればよいのでしょうか?
これについてはポイントが3つあります。
まず、最初に、もし従業員が健康診断の結果を知らない場合は従業員に知らせなければなりません。
次に、会社は、精密検査が必要とされた従業員に関して、どのような措置を会社がとるべきか、医師の意見を聞かなければなりません。
労働安全衛生法には、「事業者は、健康診断の結果(当該健康診断の項目に異常の所見があると診断された労働者に係るものに限る。)に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、医師又は歯科医師の意見を聴かなければならない。」と定められています(66条の4)。
そして、3番目に、医師の意見を聞いた結果、必要な時には、勤務時間を短縮したり、作業内容を変更するなどの措置をとらなければなりません。
特に、残業が月60時間を超えているようなケースでは、まず残業を減らすことを検討しなければなりません。
この点について、東京高等裁判所で平成11年7月28日に出された判決が参考になります。
この事件は、コンピュータソフトウェア会社に勤務していた当時33歳の従業員(システムエンジニア)が、ある日突然自宅で倒れ、その日のうちに脳幹部出血により亡くなったというものです。
この従業員は自宅で倒れたのですが、遺族は死亡の原因が過労にあるとして、会社に対し損害賠償の請求をおこないました。
これに対し、裁判所は遺族の主張を認め、これは過労死であるとして、会社に対し3200万円の賠償金を遺族に支払うように命じました。
この脳幹部出血というのは高血圧が原因です。
そして、この従業員は入社の時点ですでに高血圧の診断が出ていました。
ですので、会社側は、「この従業員がなくなったのは、持病であった高血圧が原因で、会社の業務とは関係がない」と裁判上主張しています。
それにもかかわらず、裁判所が過労死であるとしたのはどうしてでしょうか?
一番の原因はこの従業員の残業時間の多さになります。
この従業員は、1カ月あたりの残業が100時間を超える長時間労働になっていました。
こういったケースで、不幸にも突然死が起こると、裁判所はかなりの確率で過労死だと判断する傾向にあります。
1カ月当たりの残業時間が平均して60時間を超えてくるようだと要注意です。
さらに、裁判所は会社の対応の問題点についても指摘しています。
会社はきちんと定期健康診断を行っており、会社の定期健康診断で高血圧が発見されたため、会社は従業員に対して精密検査を受けるように指示していました。
しかし、裁判所は、そのような指示をしただけで、この従業員の業務を軽減する措置をとらなかったことを指摘しています。
裁判所は、「高血圧が要治療状態に至っていることが明らかな労働者」については、会社は、「健康な労働者よりも就業内容及び時間が加重であり、かつ、高血圧を増悪させ、脳出血等の致命的な合併症を発症させる可能性のあるような精神的及び肉体的負担を伴う業務に就かせてはならない義務を負う」としています。
これはわかりにくいですが、要するに、会社がこの従業員の残業時間を減らす措置をとらなかったことが問題とされています。
この判決からもわかるように、定期健康診断の結果異常が発見された従業員に対して、その後のことを従業員の自己責任にまかせているようでは、万一の場合に会社として多額の損害賠償責任を負担することになってしまいます。
会社は単に、精密検査を受けるように指示するだけでは足りず、みずから積極的に、医師の意見を聞かなければなりません。
これは「聞いたほうがよい」というのはではなく、「聞かなければならない」という法律上の義務です。
では、「精密検査が必要」となった場合に、どの医師の意見を聞けばいいのでしょうか。
会社に産業医がいる場合には、産業医の意見を聞くことができます。
しかし、実際には産業医がいない会社がほとんどです。
産業医がいない場合、「地域産業保健センター」を利用するのがお勧めです。
このセンターは、産業医がいない会社のために、産業医がおこなうような従業員に対する面談・指導といったサービスを無料でおこなっています。従業員と一緒に相談してみるのがよいでしょう。
大阪府地域産業保健センター
このように、健康診断の結果、異常が発見された従業員については、会社として十分な配慮をしなければなりません。
そうでなければ、万が一、従業員の症状が重大なものとなってしまったり、死亡してしまった場合に、会社は多額の賠償義務を負担してしまうことになります。
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