会社が従業員の給与を引き下げた時に、それが後でトラブルになり、減額分を請求する訴訟を従業員から起こされることがあります。
東京地方裁判所の平成23年5月17日判決の「技術翻訳事件」という事件は、翻訳会社の従業員が業績悪化による賃金20%減額を了承せずに、退職後に減額分の支払を会社に求める訴訟を起こした事件です。
この会社は従業員11名の会社で、元従業員は勤続28年で管理職的な地位にありました。
この事件は、会社が大幅な不振となったことから,社長が、この従業員を含めて役職者全員の賃金を20パーセント減額することを提案したことが発端です。
社長の提案に対しこの従業員は了承しませんでしたが、その後、会社が20パーセント減額した賃金を振り込んだことに対して特に抗議はしませんでした。
しかし、その後、会社がさらに基本給を再度減額することを求めたところ、この従業員はこれでは生活ができないといって退職して訴訟を起こしました。
これに対し、裁判所は、この元従業員の請求を認め、会社に対し、減額分の賃金の支払いを命じました。 裁判所は判決の中で
「賃金減額について労働者の明示的な承諾がない場合において、黙示の承諾を認定するには、書面等による明示的な承諾があったと認め得るだけの積極的な事情として、使用者が労働者に対し書面等による明示的な承諾を求めなかったことについての合理的な理由の存在等が求められる。」
としています。
分かりやすく言うと、裁判所としては、
「書面による合意がない限り原則として賃金の減額について同意があったと認めることはできない、単に減額した賃金の振込に対して特に抗議がなかったということだけでは同意があったことにはならない」
ということです。
これについては、もう少し緩やかに賃金の減額を認めた裁判例もあり、必ずしもこの見解がすべてとは言えません。
しかし、裁判官によっては、この判決のように、会社がいったん決めた基本給をあとになって減額することは従業員の書面による承諾がない限り認めない裁判官もいて「従業員が減額した給与を異議を述べずに受け取っているから減額を承諾したのだ」と安易に考えることは危険です。
賃金を減額する場合は、従業員の書面による承諾をもらうのがベストです。
会社経営上は、上記の判決からもわかるように基本給の減額は一般的に難しいため、基本給を高く設定してしまうと、事業の収益性が低下した時に対応できません。
そこで、会社が従業員への支給額をあげていく場合は、できる限り賞与で対応することが望ましいと言えます。
それでも基本給を下げなければならなくなった場合は、会社の実情を従業員に説明して、書面による同意を目指さなければなりません。
もし書面による同意をもらえない場合に一方的に引き下げてしまうことは経営上やむを得なければしかたありません。
しかし、その場合でも減額をしなければならない状況を従業員に詳しく説明し、従業員を説得する努力が必要です。
なお、今回、この事件で従業員が訴訟まで起こしてきたのは、2回目の給与の減額を求められたことがきっかけです。会社としては従業員に負担をかけるのは1回だけと腹を決めて、経営再建のために人件費の削減がどの程度必要かを具体的に検討した上で、給与の減額あるいは整理解雇は1回ですませてしまうべきでした。
最初に具体的にどのくらいの金額の人件費の削減が必要かの検討をせずに場当たり的に減額することで対応し、2回の給与減額を行った結果、訴訟にまで発展したと思われます。
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