事件の概要
平成27年12月16日に、育児休暇と昇給の関係について新しい最高裁判所判決(医療法人稲門会事件判決)が出ました。
この判決は、医療法人が、3か月以上の育児休暇を取得した従業員については翌年度の職能給を昇給させない旨の就業規則の定めに基づいて、育児休暇取得者の昇給を見送ったことなどについて違法と判断し、病院側に約24万円の賠償を命じたものです。
昇給見送りを定めた規定自体が違法、無効であるとされており、就業規則や育児介護休業規定、あるいは賃金規程の作成等にあたっても要注意の内容になっています。
以下で、事件の概要を紹介したいと思います。
医療法人稲門会事件の概要
概要1:
この事件で、医療法人稲門会は、就業規則の一部である育児介護休業規定において、前年度に3か月以上育児休暇を取得した従業員については毎年4月の昇給の際に職能給を昇給させないことを定めていました。
概要2:
この事件で原告となった男性看護師は、平成22年9月4日から平成22年12月3日までの3か月間、育児休暇を取得しました。
概要3:
病院側は、平成23年4月1日付の定期昇給において、前述の育児介護休業規定の定めに基づき、この男性看護師の職能給を昇給させませんでした。
概要4:
その後、男性看護師は退職し、平成23年4月1日付の定期昇給で職能給について昇給されなかったことは育児介護休業法に違反し、違法であるとして、医療法人に対して損害賠償を求めました。
このような経緯が、本件の訴訟の概要になります。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
今回の判例記事の目次
●判例について
●裁判における争点
●最高裁判所の見解について
●判例における結論まとめ
●ワンポイントチェック!判例から学ぶ!就業規則の昇給に関する規定の注意点
判例について
この事件で、大阪高等裁判所は、医療法人が平成23年4月の定期昇給の際に男性看護師の職能給を昇格させなかったことについて、「違法である」と判断しました。
その結果、医療法人に対し、昇給しなかったことによる給与の差額分を男性看護師に損害賠償することを命じました。さらに、給与に連動して決まる賞与や退職金についても、給与が昇給しなかったことにより発生していた差額分を男性看護師に損害賠償することを命じました。
そして、最高裁判所もこの大阪高等裁判所の判断を正当と認め、大阪高等裁判所の判断が確定しました。
裁判における争点
この裁判の争点は以下の通りです。
『前年度の育児休暇を理由に職能給の昇給を見送る規定が、育児介護休業法に違反しないか。』
育児介護休業法は第10条で、「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 」と定めています。
そこで、前年度に3か月以上の育児休暇を取得した従業員については職能給を昇給させないことを定めた育児介護休業規定が、育児介護休業法第10条に違反しないかが、裁判の争点となりました。従業員側は、この規定は育児介護休業法第10条で禁止されている「不利益な取り扱い」にあたり、違法であると主張しました。
これに対して、医療法人側は、前年度に3か月以上の育児休暇を取得した従業員については職能給を昇給させないことを定めた規定は、前年度の不就労期間が3か月以上に及ぶと職能給の昇給に必要な現場での就労経験を積むことができず能力向上を期待することができないからであると主張し、不合理な規定ではないと反論しました。
最高裁判所の見解について
裁判所は、本件の「前年度の育児休暇を理由に職能給の昇給を見送る規定が、育児介護休業法に違反しないか」について次の通り判断しました。
裁判所の判断の結論
結論1:
前年度に3か月以上の育児休暇を取得した従業員については職能給を昇給させないことを定めた規定は、育児介護休業法10条に違反し、無効である。
結論2:
医療法人は、男性看護師の職能給を昇給させなかったことにより発生した、給与、賞与、退職金の差額分を、男性看護師に損害賠償する義務を負う。
裁判所は判断の理由として、以下の2点をあげています。
裁判所の判断の理由
理由1:
1年のうち4分の1にすぎない3か月の育児休暇により、他の9か月の就労状況を問わずに、一律に職能給を昇給させないという内容は不合理であること
理由2:
同じ不就労でも、遅刻、早退、年次有給休暇、労働災害による休業・通院等については昇給の審査の対象外とはされておらず、育児休暇取得による不就労だけを特別に不利益に取り扱っていること
このような理由で「前年度の育児休暇を理由に職能給の昇給を見送る規定が、育児介護休業法に違反している。」と判断したのが本件の裁判所の見解です。
判例における結論まとめ
このように、裁判所は、前年度に3か月以上育児休暇をした従業員について翌年度は職能給を昇給させないことを定めた規定は、育児介護休業法第10条で禁止されている「育児休業の取得を理由とする不利益な取り扱い」にあたり、違法であると判断しました。
ワンポイントチェック!
判例から学ぶ!就業規則の昇給に関する規定の注意点
今回の判例を踏まえて、就業規則の昇給に関する規定の注意点として、以下の2つのポイントを確認しておきましょう。
ポイント1:
「前年度に一定期間以上の不就労期間があった場合は昇給しない」という内容の就業規則の規定をおいている場合は、育児休暇による不就労だけを昇給停止の対象とする内容になっていないかどうか、確認が必要です。
また、年次有給休暇、介護休暇の取得についても、育児休暇の場合と同様に、取得による不利益取り扱いが法律で禁止されていますので、年次有給休暇あるいは介護休暇による不就労だけを昇給停止の対象とする内容になっていないかも、同時に確認が必要です。
就業規則の本則だけでなく、賃金規程、育児介護休業規定も含めてチェックしておきましょう。
ポイント2:
前年度の全期間が不就労ではなく、就労期間もある場合は、一律に昇給審査の対象から外すのではなく、就労期間中の業績や勤務態度も考慮したうえで、昇給の有無、昇給の額を決めることが望ましいです。
上記2つのポイントを踏まえれば、就業規則に関する昇給の規定は、たとえば、以下のような簡単なものにとどめ、あえて昇給停止についての規定はおかないことが、トラブル回避のためには有用です。
就業規則の昇給に関する規定の例
●参考例●
第〇条(賃金の改定)
1.昇給は、勤務成績その他が良好な従業員について、毎年◯月に行うことがある。ただし、会社の業績により昇給を行わず、あるいは顕著な業績が認められた従業員についてのみ昇給を行うことがある。
2.昇給額は、従業員の勤務成績等を考慮して各人ごとに決定する。
3.会社は、会社の業績および従業員の勤務成績を考慮して降給を行うことがある。
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なお、本件の裁判所の判断は、前年度に3か月以上育児休暇をした従業員について昇給審査の対象から除外する規定について、遅刻、早退、年次有給休暇、労働災害による休業・通院等による不就労については昇給の審査の対象外とはされておらず、育児休暇を特に不利益に扱っているとして、違法と判断したものです。
したがって、「前年に育児休暇を取得していたことを考慮して昇給させないことがいかなる場合も一律に違法となると判断したものではありません。」
前年度に育児休暇の期間があった従業員について、育児休暇による不就労期間中、就労経験を積むことができず能力が向上していないことを考慮して、能力向上の程度に応じて、昇給の有無、額を決めることは、特段の問題はありませんので、この点も理解しておきましょう。
▼従業員の育児休暇の対応について今スグ相談したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
【お問い合わせについて】
※個人の方からの問い合わせは受付しておりませんので、ご了承下さい。