事件の概要
マタハラ(マタニティ・ハラスメント)トラブル、訴訟、是正指導が増える傾向が顕著になり、緊急に対応すべき労務課題の一つとなっています。
このような中、平成26年10月23日の最高裁判所判決が「マタハラ」について一歩踏み込んだ判断をした判決として大きな話題を呼びました。
今回は、この注目の最高裁判決「広島中央保健生活協同組合事件判決」をご紹介します。
この事件は、広島中央保健生活協同組合が経営する病院に勤務していた女性従業員が、妊娠がわかった後に身体的負担の少ない業務への転換を希望したところ、希望通りの業務に転換はされたが、転換を機に降格させたられたことについて、病院側に対して訴訟を起こして、損害賠償を求めた事件です。
その概要は以下の通りです。
広島中央保健生活協同組合事件の概要
概要1:
女性従業員は、妊娠前、患者の自宅を訪問してリハビリをする、訪問リハビリ業務に従事しており、訪問リハビリチームの副主任として、月額9500円の副主任手当の支給を受けていました。
概要2:
女性従業員は、妊娠を機に、訪問リハビリ業務よりも病院内でのリハビリ業務のほうが身体的負担が軽いと考え、病院内でのリハビリ業務への配置換えを希望しました。
概要3:
病院側も女性従業員の配置換えの希望を承諾し、病院内でのリハビリ業務に配置換えしました。
概要4:
その後、病院側は、女性従業員に対して、配置換えにより副主任から降格になることを伝えることを忘れていたなどと説明し、しぶしぶながらも女性従業員の了解を得て、副主任から降格させました。
概要5:
女性従業員は、出産後、産休・育休を終えて復職しましたが、病院は復職後も女性従業員を副主任に復帰させませんでした。
これらに対して、女性従業員が、妊娠に伴う配置換えを契機に降格させたことは違法であるとして、病院側に損害賠償等を請求したのが本件です。
▶【参考情報】労務分野に関する「咲くやこの花法律事務所の解決実績」は、こちらをご覧ください。
▼従業員の育児休暇の対応について今スグ相談したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
【お問い合わせについて】
※個人の方からの問い合わせは受付しておりませんので、ご了承下さい。
今回の記事で書かれている要点(目次)
今回の注目の判例記事の目次
●「マタハラ」の定義とは?
●判例について
●裁判における争点
●最高裁判所の見解について
●判例における結論まとめ
●ワンポイントチェック!「判例から学ぶ!女性従業員の妊娠時の労務管理の注意点」
「マタハラ」の定義とは?
判例の内容のご紹介の前に、まずは、「マタハラ」の定義を確認しておきましょう。
「マタハラ」とは、「マタニティ・ハラスメント」を略した言葉で、以下の意味になります。
『妊娠・出産・育児休業の取得を契機として、会社が従業員に対して、解雇・雇止め・降格・減給などの不利益な取り扱いをすること』
妊娠・出産・育児休業の取得を契機とした不利益な取り扱いは、男女雇用機会均等法や育児介護休業法で禁止されており、法律違反として、「損害賠償請求」や「行政指導」の対象となります。
判例について
広島中央保健生活協同組合事件の第2審にあたる広島高等裁判所は、降格は適法として女性従業員を敗訴させました。
しかし、最高裁判所は、「妊娠中の軽易な業務への転換を契機として女性従業員を降格させる事業主の措置は、原則として違法である」として、広島高等裁判所の判決を破棄し、再度審理を尽くさせるために事件を広島高等裁判所に差し戻しました。
裁判における争点
妊娠を契機に降格処分をすることは、「マタハラ」の典型例になり違法です。
しかし、広島中央保健生活協同組合事件では、以下の2つの事情がありました。
(1)女性従業員のほうから身体的負担を軽くするために、事業主に対して、妊娠を機に軽易な業務への転換を希望したこと。
(2)女性従業員が降格についてしぶしぶながらも同意していたこと。
このように、降格が女性従業員から軽易な業務への転換を希望したことを機になされたものであり、かつ降格について女性従業員の一応の同意を得ていた場合でも、降格が違法と判断されるのかが争点となりました。
最高裁判所の見解について
上記の争点について、第2審の広島高等裁判所は、女性従業員が降格に同意していたことなどを理由に降格は適法と判断していました。
しかし、最高裁判所は、妊娠による軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は原則として違法であるとしたうえで、例外的に以下の2つの場合に限り適法となるとしました。
(1)当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき。
(2)降格の措置をとることなく軽易業務への転換をさせることに支障がある場合であって、降格の措置をとることが、妊娠を理由とする不利益取り扱いを禁止した法律の趣旨に反しない特段の事情が存在するとき。
そのうえで、最高裁判所は、本件について、以下の(ア)、(イ)の2点を指摘しました。
(ア)降格により、女性従業員は管理職としての地位を失い、管理職手当の支給がなくなるという重大な不利益があること。
(イ)女性従業員は、降格後の待遇について十分な説明を受けておらず、育児休暇からの復帰後も副主任には復帰できないことも告げられないまま、しぶしぶ承諾したに過ぎないこと。
そして、本件では、女性従業員が降格について一応同意しているが、上記(ア)、(イ)の事情からすると、前記(1)の「自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」とは言えず、女性従業員の同意を根拠に降格を適法とすることはできないと結論づけました。
そのうえで、前記(2)として例外的に適法とされる事情があるかどうかは、さらに審理を尽くす必要があるとして、事件を広島高等裁判所に差し戻しました。
判例における結論まとめ
このように、最高裁判所は、仮に従業員が降格について当時同意していたとしても、あとで訴訟を起こして損害賠償を求めている以上、単に従業員が当時降格に同意していたというだけでは適法とされず、「自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」かどうかが問題になることを明らかにしました。
この「自由な意思に基づいて降格を承諾した」とは、事業主からの圧力によりしぶしぶ承諾したというわけではなく、本人が真に望んで降格を承諾したということを指しています。
また、「合理的な理由が客観的に存在する」とは、降格により受ける不利益の程度と比べて軽易業務への転換により負担が軽減される程度が大きく、降格を承諾することが合理的であると認められる事情があることを意味しています。
なお、最高裁判所は前述の(2)で、「降格の措置をとることなく軽易業務への転換をさせることに支障がある場合であって、降格の措置をとることが、妊娠を理由とする不利益取り扱いを禁止した法律の趣旨に反しない特段の事情が存在するとき」は降格は例外的に適法であるとしており、承諾がなくても適法となるケースがあることを明らかにしています。
ただし、「具体的にどのような場合が(2)に該当し適法となるか」については、今後の判例の動向を見ていかなければなりません。
ワンポイントチェック!
判例から学ぶ!女性従業員の妊娠時の労務管理の注意点
今回ご紹介しました、「広島中央保健生協事件の最高裁判所の判決」を踏まえ、マタハラトラブルを起こさないためには、労務管理上どのような点に注意すればよいのでしょうか?
今回の最高裁判決から、従業員の妊娠により軽易な業務への転換希望があった場合に、軽易業務への転換を機に従業員を降格させることは、従業員の承諾があっても、以下のようなケースでは「マタハラ」として違法と判断される可能性が高いと考えられます。
承諾を得ていても降格が「マタハラ」として違法と判断される可能性が高いケース
ケース1:
降格についての同意を得る際に、降格により従業員が受ける不利益について十分説明していなかった場合。
ケース2:
降格が一時的なものではなく、育児休暇からの復帰後も元の地位への復帰の見込みがたたない場合。
ケース3:
軽易な業務への転換により従業員の身体上の負担が軽減された程度がわずかであり、降格による不利益に見合うほど、負担が軽減されたといえない場合。
「ケース1」に挙げたように、従業員に対する説明が不足している場合は、従業員の同意を得ていても降格が違法とされることから、軽易な業務への転換を希望する女性従業員を、業務の必要上やむを得ず降格させるときは、女性従業員に、降格後の待遇や元の地位への復帰の見込みについて十分な説明をすることが必要です。そして、説明の内容を文書で記録し、女性従業員が降格について十分な説明を受けたうえで同意したことを同意書等の書面にしておきましょう。
また、「ケース2」、「ケース3」に挙げたように、降格による従業員の不利益が大きければ降格が違法とされる理由になりますので、育児休暇からの復帰後にできるだけ早く元の地位に戻れるように配慮することも必要です。
マタハラについては、どの会社にも当てはまる可能性があることですので、必ずチェックしておいてください。また、「マタハラについての詳しい労務管理のルール」については、以下のお役立ち情報で詳しく解説しておりますので、必ずチェックしておいてください。
「マタハラ」に関する記事に関連する他の記事を見る。
●「マタハラに関する法律解説や裁判事例!マタニティハラスメント防止の労務管理の注意点とは?
「マタハラ」に関すして咲くやこの花法律事務所の弁護士へのご相談
【お問い合わせについて】
※個人の方からの問い合わせは受付しておりませんので、ご了承下さい。
記事作成弁護士:西川 暢春
記事作成日:2015年6月30日