こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
外部の労働組合からの突然の団体交渉の申し入れに戸惑って、どのように対応すればよいかわからない、できれば拒否したいと考えていませんか。
労働組合から団体交渉の申入れがあった場合、会社は原則として拒否することができません。正当な理由がないのに団体交渉を拒否すると、公的機関である労働委員会から団体交渉に応じることを命じられたり、労働組合から損害賠償を請求されたりする可能性があります。
例えば以下の事例があります。
事例1:東京都労働委員会命令令和2年9月15日
会社が一度は団体交渉に応じたものの、その後応じなかったことが不当労働行為と認定され、団体交渉に誠実に応じることを命じられた事例(▶参照:東京都労働委員会命令令和2年9月15日)
事例2:名古屋地方裁判所判決平成24年1月25日
団体交渉を拒否したことや組合への支配介入行為をしたことについて、会社が200万円の損害賠償を命じられた事例
この記事では、会社が団体交渉を拒否するリスクやどのような理由であれば拒否できるのか等について解説します。
昨今では、従業員がユニオンと呼ばれる外部の合同労組に加入し、会社に団体交渉を申し入れる事例が増加しています。そのため、社内に労働組合がある企業に限らず、従業員を雇用している事業主であればどんな事業主でも団体交渉を申し入れられる可能性があります。
団体交渉には法律で定められた様々なルールがあり、そのルールに従って対応する必要があります。このルールを理解していないと、知らず知らずのうちに自社に不利になる行動・言動をしてしまうという事態になりかねません。特に外部の労働組合からの団体交渉申し入れに対しては、弁護士に相談して対応することが必要です。咲くやこの花法律事務所では、弁護士へのご相談はもちろん、団体交渉への立会いの依頼もお受けしていますのでご相談ください。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,団体交渉拒否とは?
団体交渉拒否とは、使用者が正当な理由なく労働組合からの団体交渉の申入れに応じないことをいいます。形式的には団体交渉に応じていても、誠実に対応しないといったケースも団体交渉拒否に含まれます。団体交渉拒否は、公的機関である労働委員会からの救済命令の対象となり、また、労働組合からの損害賠償請求の対象となることがあります。
そのため、前述のとおり労働組合から団体交渉の申入れがあった場合、会社は原則として団体交渉に応じることを拒否することはできないと理解しておきましょう。
例外として、「子会社の従業員から団体交渉を求められた」「すでに交渉を重ねて、これ以上交渉しても進展する見込みがない」「組合側のつるし上げ等により正常な話し合いができない」「すでに裁判で決着した問題について団体交渉を求められた」「交渉事項が義務的団交事項ではない」などの場合については、正当な理由として拒否が認められますが、このような事情がある場合も、正当な理由があるといえるかどうかは個別の事情を考慮して判断されます。そのため、必ず事前に弁護士に相談する必要があり、自社の判断で安易に団体交渉を拒否するべきではありません。
(1)そもそも団体交渉とは?
では、そもそも団体交渉とは何でしょうか?
団体交渉とは、労働者が団結して企業と対等の立場で労働条件や待遇等について交渉することをいいます。団体交渉をすることは、憲法28条で保障されている労働者の権利です。団体交渉の代表的な交渉事項には、賃金や退職金、労働時間や休日、休暇、人事考課、個人の懲戒処分や解雇、配置転換等があります。
労働者は労働組合と呼ばれる集団を作って会社と団体交渉をします。労働組合には、特定の企業の労働者だけで組織された企業内労働組合や、所属する会社に関係なく加入できる合同労組(ユニオン)などがあります。
団体交渉については以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご参照ください。
2,会社は原則として団体交渉を拒否できない
会社には団体交渉に応じる義務があり、正当な理由なく団体交渉を拒否することは法律で禁止されています(労働組合法7条2号)。
ここでいう団体交渉の拒否とは単に団体交渉に応じないことだけを指すのではなく団体交渉に誠実に対応しないことも含まれます。会社が誠実に団体交渉に応じる義務のことを「誠実交渉義務」といいます。
誠実交渉義務違反の典型的な例として以下のようなものがあります。
- 最初から「合意する意思がない」と宣言した上で交渉にあたるケース
- 交渉事項について決済権限のない者が会社側の担当者として団体交渉に出席し、「社長に伝える」「持ち帰って検討する」等の回答を繰り返すケース
- 要求を断る場合に、具体的な理由を説明したり、資料の提示をしたりせず、組合の理解を得る努力をしていないケース
- 組合から求められた交渉事項に関連する資料の提供を具体的な理由を説明せずに拒否するケース
なお、会社に求められているのは団体交渉に誠実に対応することであり組合の要求や主張を受け入れたり譲歩したりすることまでは強制されません。誠実に交渉した結果、最終的に合意に至らなかったとしても誠実交渉義務には違反しません。
▶参考:労働組合法7条2号
(不当労働行為)
第七条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
・参照:「労働組合法」の条文はこちら
3,使用者が拒否するとどうなる?
ここからは、会社が団体交渉を拒否するとどうなるのか、拒否した場合の罰則やリスクについて解説します。
(1)不当労働行為と判断される可能性がある
不当労働行為とは労働組合法7条で禁止されている労働組合活動に対する会社の妨害行為のことです。
団体交渉の拒否は不当労働行為の1つで、会社が正当な理由なく団体交渉を拒否した場合、労働組合は公的機関である労働委員会に不当労働行為救済の申立をすることができます。
労働委員会は、双方の意見を聴取したり、主張を裏付ける証拠資料を確認したり、当事者から話を聴く等して会社の団体交渉拒否が不当労働行為に該当するかどうかの審査を行います。審査の結果、不当労働行為に該当すると判断されると、労働委員会から会社に対して団体交渉に応じるよう命令が出されます。この命令のことを救済命令といいます。
不当労働行為については以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
(2)救済命令に従わなかった場合は過料や罰金・禁錮の可能性がある
労働委員会から出された救済命令が確定したにもかかわらずそれに従わなかった場合、会社には50万円以下の過料が科せられます(労働組合法32条)。また、会社が救済命令の取消訴訟を起こしたが取消しが認められず救済命令が確定した場合に、命令に従わなければ1年以下の禁錮もしくは100万円以下の罰金、またはこれらが併科されます(労働組合法28条)。
▶参考:労働組合法28条・32条
第二十八条 救済命令等の全部又は一部が確定判決によつて支持された場合において、その違反があつたときは、その行為をした者は、一年以下の禁錮若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
第三十二条 使用者が第二十七条の二十の規定による裁判所の命令に違反したときは、五十万円(当該命令が作為を命ずるものであるときは、その命令の日の翌日から起算して不履行の日数が五日を超える場合にはその超える日数一日につき十万円の割合で算定した金額を加えた金額)以下の過料に処する。第二十七条の十三第一項(第二十七条の十七の規定により準用する場合を含む。)の規定により確定した救済命令等に違反した場合も、同様とする。
・参照:「労働組合法」の条文はこちら
(3)損害賠償を請求される可能性がある
会社が正当な理由なく団体交渉を拒否することは労働組合の団体交渉権を侵害する不法行為であり、労働組合から損害賠償を請求される可能性があります(民法709条)。
一例として、東京地方裁判所判決平成28年9月30日は会社が団体交渉を拒否したことや不誠実な交渉態度だったことを理由に会社に対して33万円の損害賠償を命じました。
▶参考:民法709条
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う
・参照:「民法」の条文はこちら
筆者の経験上、会社が団体交渉を拒否すると、労働組合は労働委員会へ不当労働行為救済の申立てをしたり、あっせんの申請や訴訟手続き等紛争解決のための別の手段にでることがほとんどです。
労働委員会へ不当労働行為救済の申立てがされた場合、結果が出るまで1年~1年半程度かかります。この期間会社は、会社の言い分をまとめた書面を作成して提出したり、主張を裏付ける資料を準備したり、月1回程度開かれる期日に出席したり、審問と呼ばれる証人尋問に出席したりしなければなりません。時間と労力をかけて対応しても審査の結果不当労働行為と判断された場合は結局は団体交渉に応じるよう命令が出されることになります。
また、労働組合を拒絶するような会社の態度は組合の反発を招いて問題をこじらせてしまう原因にもなります。これらのリスクを考慮すると会社が団体交渉を拒否するメリットはほとんどありません。しっかり準備をした上で誠実に団体交渉に臨むことが問題の早期解決につながることも多いです。
4,団体交渉を拒否できる正当な理由とは?
ここまでご説明したとおり、会社は「正当な理由なく」団体交渉を拒否することが禁止されています。
それでは実際どのような理由であれば団体交渉を拒否する正当な理由といえるのでしょうか。ここからは団体交渉を拒否することができる正当な理由について解説します。
(1)正当な理由の例
団体交渉を拒否することができる正当な理由には以下のようなものがあります。
1,子会社の従業員に関する団体交渉を求められた場合
団体交渉に応じる義務があるのは決定権限を持っている使用者です。
通常、子会社の従業員の労働条件等について決定権限を持っているのは子会社であり、親会社は決定権限を持っていません。親会社と団体交渉をしたところで親会社が子会社の従業員の労働条件等を改善することはできないため、親会社が子会社の従業員に関する団体交渉の申入れを拒否することには正当な理由があるといえます。
2,すでに交渉を重ねてこれ以上交渉しても進展する見込みがない場合
会社と組合の双方の言い分が平行線になって交渉を続けても意味がない状態になった場合や、双方が主張や提案、説明を出し尽くしてこれ以上交渉しても進展する見込みがない状態に至った場合は、団体交渉を打ち切ることができます。
交渉しても進展する見込みがないと言えるかどうかは、団体交渉の回数や時間、打ち切りに至るまでの双方の交渉態度等を考慮して判断されます。
3,組合側のつるし上げ等により正常な話し合いができない場合
つるし上げや暴力的行為等の不適切な言動があり、冷静な話し合いができない場合は団体交渉を拒否する正当な理由になり得ます。
ダン生コン事件(大阪高等裁判所判決平成27年4月27日)は、組合が多人数で会社の代表者を1時間にわたって取り囲んで乱暴な言動で威圧したり、多人数で会社事務所に押しかけて代表者が退去を求めたり警察が出動しても退去せず居座る等の行動をしたことに対して、会社が、組合がこれらの行動を謝罪し、今後このような行動をしないことを約束しない限り団体交渉に応じないと通知した事案です。裁判所はこのような会社の対応は正当な理由のない団体交渉拒否にはあたらないと判断しました。
このように、暴力的行為等がある場合は組合に抗議をして謝罪を求め、今後不適切な行動・発言をしないことを誓約させたり、暴力行為をした人物は出席させないことを約束しない限り団体交渉に応じないとすることも可能です。
一方で、労働組合が団体交渉を無断撮影しYouTubeにアップし、会社が再発防止の誓約を求めたが、組合が応じないため、団体交渉を拒否したという事案については、動画は一部がモザイク処理され、次の交渉申入れまでに削除されたことを踏まえれば、誓約がなくても団体交渉を拒否する正当な理由はないとして、会社が団体交渉に応じることを命じられた例があります(東京都労働委員会命令令和4年8月24日)。
団体交渉の最中に組合側出席者の気持ちが昂って言動が乱暴になったり威圧的な行動をしたりするケースがあります。このような場合は、一旦団体交渉を中断し気持ちを落ち着かせてから再開する、その日の団体交渉は終了させて日を改める等の対応も有用です。
4,すでに裁判で決着した問題について団体交渉を求められた場合
例えば、従業員と不当解雇をめぐるトラブルで裁判になり解雇を有効とする判決が確定した後で解雇の撤回を議題とする団体交渉を申し入れられたような場合です。この場合、不当解雇の問題についてはすでに裁判で決着がついているのでこれを議題とする団体交渉の申入れに応じる必要はありません。
例えば、日本郵便(再雇用団交)不当労働行為再審査事件(中央労働委員会命令令和5年7月12日)では、裁判において雇い止めが有効であることが確定した元従業員からの復職・再雇用等を議題とする団体交渉の申入れについて会社が応じる義務はないと判断されています。
5,交渉事項が義務的団交事項ではない場合
義務的団交事項とは会社が団体交渉に応じることが義務付けられる団体交渉の議題のことで、「労働者の労働条件その他の待遇や労使関係の運営に関する事項であって、使用者に決定権限があるもの」のことをいいます。賃金、労働時間や休憩時間、休日、職場の安全衛生、労災補償、配置転換、人事考課、懲戒処分、解雇等が典型例です。
それ以外の交渉事項は任意的団交事項といって、これに関する団体交渉の申入れがあっても応じるかどうかは会社の任意です。例えば経営専権事項(新設備の導入や生産方法の変更、役員の人事、会社組織の変更等の経営や生産に関する事項等)は一般的には任意団交事項とされています。
この章では団体交渉を拒否できる正当な理由について説明しましたが、上述したような事情があれば、一律に団体交渉を拒否することができるわけではありません。一見、拒否する正当な理由があるように思えても、様々な事情を考慮した結果、団体交渉に応じる義務があると判断されるケースもあります。個別の事情に左右される部分が大きいので安易な拒否は危険です。
団体交渉には応じることが原則であることを理解し、拒否する正当な理由があると考える場合も自己判断せず必ず弁護士に相談してください。咲くやこの花法律事務所でもご相談をお受けしていますのでご利用ください。
(2)拒否できないケース
以下のようなケースでは団体交渉に応じることを会社は拒否できません。
1,退職した従業員に関する問題について団体交渉を求められた場合
労働組合は、在職中の従業員だけでなく、退職した従業員に関する問題についても会社に団体交渉を申し入れることができます。退職から相当の長期間が経過しているような場合を除いて、解雇した従業員や退職した従業員から解雇の撤回や退職条件等に関する団体交渉を申し入れられた場合、会社はこれを拒否することはできません。
東京都労働委員会命令令和2年3月17日は解雇された従業員について、労働組合が解雇撤回を要求して団体交渉を申し入れたところ、会社が雇用契約が終了していることを理由に団体交渉を拒否した事案です。この事案について労働委員会は、雇用関係が終了したとしても、労使間に未解決の問題が残されている場合、その未解決の問題について従業員が団体交渉を申し入れたときは会社は応じる義務があるとして会社の団体交渉拒否は不当労働行為であると判断しました。
2,事業を廃止した場合
会社が事業を廃止した場合でも事業の廃止やそれに伴う解雇に関する説明を求めて労働組合から団体交渉の申入れがあったときは応じる義務があります。
二見温泉事件(奈良労働委員会命令平成15年5月22日)は会社が温泉を閉鎖し従業員を解雇したことについて、労働組合が団体交渉を申し入れたところ、会社が団体交渉を拒否した事案です。この事案について労働委員会は、会社が団体交渉を拒否したことは不当労働行為であると判断し、会社に対して温泉閉鎖に至る経緯や従業員の退職条件などの問題について誠実に団体交渉をするように命じました。
3,外部のユニオンから団体交渉の申入れがあった場合
最近では従業員が合同労組やユニオンと呼ばれる外部の労働組合に加入して会社に団体交渉を求めるケースが多数見受けられます。企業内の労働組合だけでなく、このような外部のユニオンから団体交渉を求められた場合も、会社は応じる義務があります。
4,裁判中の問題を議題とする団体交渉の場合
例えば、会社がした解雇が不当解雇と主張され、それについての裁判をしている最中に労働組合からその従業員の解雇の撤回を議題とする団体交渉を申し入れられたようなケースです。
わざわざ団体交渉をしなくても裁判手続きの中で解決すればいいのではないかと感じる方は多いと思いますが、裁判中であることは団体交渉を拒否する正当な理由にはなりません。裁判中の問題であっても労働組合から団体交渉を求められたら応じる義務があります。
(3)注意が必要なケース
ここからは、団体交渉に応じるかどうかの判断において注意が必要なケースを解説します。
1,派遣社員に関する事項について団体交渉を求められた場合
派遣社員に関する事項について、労働組合から団体交渉を求められた場合、派遣先企業は原則として団体交渉に応じる義務はありません。派遣社員の雇用主は派遣元企業であるため団体交渉に応じる義務があるのは雇用主である派遣元企業です。
しかし、例外的に派遣先企業にも団体交渉に応じる義務が生じるケースがあります。具体的には以下に該当する場合です。
- 派遣先企業が、派遣労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合
- 近い将来に派遣先企業が派遣社員と直接雇用をする可能性がある場合
最高裁判所判決平成7年2月28日は、派遣社員が加入する労働組合が、派遣先企業に対して賃上げ、一時金の支給、下請会社の従業員の社員化、休憩室の設置等の労働条件の改善を議題とする団体交渉を申し入れたところ派遣先企業が拒否した事案です。この事案では派遣社員の作業日時や作業時間、作業場所、作業内容等の細部に至るまでを派遣先企業が決定していました。裁判所は、これらの事情からすると派遣先企業が派遣社員の基本的な労働条件等について派遣元企業と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあったとして、派遣先企業に団体交渉に応じる義務があると判断しました。
2,業務委託契約の受託者から団体交渉を求められた場合
業務委託契約の受託者が加入する労働組合から団体交渉を求められても委託会社は原則として団体交渉に応じる義務はありません。
ただし、受託者が労働組合法上の労働者に該当する場合は、委託会社は団体交渉に応じる義務があります。受託者が労働組合法上の労働者に該当するかどうかは以下の点を考慮して判断されます。
- 受託者が会社の業務遂行に不可欠な労働力として会社の事業組織に組み入れられているか
- 会社が契約の内容を一方的・定型的に決定しているか
- 受託者が得る報酬が労務の提供に対する対価又はそれに類する収入であるか
- 会社からの業務の依頼に対して受託者が応ずべき関係にあるかどうか
- 受託者が会社の広い意味での指揮監督の下に業務を遂行していると解することができるか、業務の遂行については一定の時間的場所的拘束を受けているか
- 受託者に顕著な事業者性があるか
INAXメンテナンス事件(最高裁判所判決平成23年4月12日)は、住宅設備機器の修理修補等を行う会社が業務委託契約を締結した受託者からの取引条件の変更等を議題とする団体交渉の申入れを拒否した事案です。裁判所は会社の業務の大部分は受託者によって担われていたこと、受託者の業務日及び休日を会社が指定していたこと、業務委託契約の内容は会社が決定しており受託者側で変更する余地がなかったこと、受託者の報酬は会社が決定した算定方法で支払われていたこと、受託者は会社から依頼された業務をただちに遂行する必要があり受託者が拒否する割合が少なかったこと、業務の際は会社の制服を着用し会社のマニュアルに基づいて業務を遂行することが求められていたこと等を理由に、受託者は労働組合法上の労働者に該当し、会社は団体交渉に応じる義務があると判断しました。
3,フランチャイジーから団体交渉を求められた場合
フランチャイザー(フランチャイズ本部)とフランチャイジー(加盟店)は雇用関係ではないため、フランチャイジーから団体交渉を求められてもフランチャイザーは原則として団体交渉に応じる義務はありません。
ただし、フランチャイジーが労働組合法上の労働者に該当する場合はフランチャイザーは団体交渉に応じる義務があります。フランチャイジーが労働組合法上の労働者に該当するかどうかは以下の点を考慮して判断されます。
- フランチャイジーが会社の業務遂行に不可欠な労働力として会社の事業組織に組み入れられているか
- 会社が契約の内容を一方的・定型的に決定しているか
- フランチャイジーが得る報酬が労務の提供に対する対価又はそれに類する収入であるか
- 会社からの業務の依頼に対してフランチャイジーが応ずべき関係にあるかどうか
- フランチャイジーが会社の広い意味での指揮監督の下に業務を遂行していると解することができるか、業務の遂行については一定の時間的場所的拘束を受けているか
- フランチャイジーに顕著な事業者性があるか
セブン・イレブンジャパン事件(東京高等裁判所判決令和4年12月21日)は、コンビニのフランチャイジーは労働者にはあたらないとして、フランチャイザーが団体交渉に応じる義務はないと判断しています。
一方で、東京都労働委員会命令令和元年5月28日はフランチャイズ契約により学習塾を運営する教育指導者(フランチャイジー)は労働組合法上の労働者にあたると判断し、フランチャイザーに対して団体交渉に応じるよう命令しました。
労働組合法上の「使用者」「労働者」は、労働契約上の「使用者」「労働者」と必ずしも一致しません。労働組合法における「労働者」の範囲は広く解釈されており、「使用者」側としては「労働者」という認識がない場合であっても団体交渉に応じる義務が生じるケースがあります。雇用関係がないという理由で安易に団体交渉を拒否してしまうのは危険です。専門性の高い判断になりますので、団体交渉を拒否する場合は、必ず弁護士に相談することが必要です。
5,組合の要求を拒否する場合の注意点
労働組合法で会社に求められているのは団体交渉に誠実に対応することであり、組合の要求や主張を受け入れたり譲歩したりすることまでは強制されません。誠実に交渉した結果、最終的に合意に至らない場合に、組合の要求を拒否することは可能です。
以下では、団体交渉において労働組合側からの要求を拒否するときの注意点をご説明します。
(1)開催場所や開催方法を変更する場合
申入れの際に組合側から開催日時や開催場所を指定されることがありますが、会社側において都合が悪い場合にそのまま応じる義務はなく組合側に変更を求めることができます。また、就業時間内に団体交渉を行うことを求められた場合は拒否することが可能です。
ただし、開催場所や開催方法に固執し会社が指定する方法でなければ団体交渉に応じないとすることは不当労働行為にあたることがあるので注意が必要です。
実際に不当労働行為と認定された事例として、会社と組合の所在地が離れている場合に会社所在地での開催に固執した事案(石川県労働委員会命令平成27年1月29日)や、会社が書面でのやり取りに固執し対面での団体交渉に応じなかった事案(高知県労働委員会命令令和3年3月29日)等があります。
開催場所を会社や組合事務所とすると、会社に居座られたり、組合事務所から帰してくれない場合があるため貸会議室を借りるのがおすすめです。貸会議室は利用時間に制限があるため団体交渉の時間が必要以上に長くなることを防ぐことも可能です。また、会社と労働組合の所在地が離れており移動の負担が大きいのであれば、それぞれの所在地で交互に開催することを労働組合に提案することも可能です。筆者が代表を務める咲くやこの花法律事務所でも、労働組合が遠方の場合は、団体交渉の前に労働組合と予備折衝を行い、それぞれの所在地で交互に団体交渉を開催するケースがあります。
(2)必要に応じて論拠や資料を示して具体的な説明をする
組合側の要求に応じられない場合は、応じられない理由を具体的に説明し、必要に応じて論拠や資料を提示する等して組合側の理解を得る努力をすることが必要です。組合側の理解を得るための説明や資料の提示等を一切せず、単に「応じられない」とだけ回答することは誠実交渉義務に違反し不当労働行為に該当する可能性があります。
長澤運輸不当労働行為救済命令取消請求事件(東京地方裁判所判決令和2年6月4日)で、裁判所は、組合が会社に経営資料の提出を求めたことに対し、会社が資料の提示を拒否し資料を提出しない理由を具体的に説明しなかったこと等について不当労働行為にあたると判断した労働委員会の命令を支持しています。
(3)対案を提示する
組合側の要求を突き放して全面的に拒否すると組合側がどんどん態度を硬化させて問題の解決を難しくすることにつながりかねません。要求を受け入れることは難しくても、会社側から対案を示すことで、譲歩を引き出して円満な解決につなげることがあります。
特に企業内労働組合の場合は、今後も継続的に団体交渉を行うことが想定されます。敵対関係になると対応に疲弊することもあり、必要な範囲で譲歩し、穏やかな関係を築いていくことが理想的といえます。
6,労働組合やユニオンから団体交渉を求められたときの注意点
団体交渉を求められた場合、まず重要なのは団体交渉に応じること自体を拒否しないことです。組合側の主張に不満や反論がある場合でも団体交渉自体を拒否するのではなく、交渉に応じた上で団体交渉の中で会社の主張を伝えていくことが適切です。
会社側の交渉担当者には交渉権限がある者を選任することも大切です。必ずしも代表者が出席する必要はありませんが、交渉事項に関する事情をよく理解している役員や管理職の者を交渉担当者とするべきです。
また、従業員が労働組合に加入したことを理由に不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています(労働組合法7条1号)。特に団体交渉中の従業員の配置換えや給与・待遇の変更については、それが組合に加入したことや団体交渉の申入れをしたことが理由であると誤解をされないよう慎重に行う必要があります。
組合に対する誹謗中傷や組合を嫌悪する発言は不当労働行為に該当する可能性があるので絶対にすべきではありません。
▶参考:団体交渉の注意点については以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご参照ください。
7,咲くやこの花法律事務所の団体交渉に関する解決実績
咲くやこの花法律事務所における団体交渉に関する企業向けのサポートの解決実績の一部を以下でご紹介しています。あわせてご参照ください。
▶不当解雇を主張する従業員との間で弁護士立ち合いのもと団体交渉を行い合意退職に至った事例
8,団体交渉について弁護士へ相談したい方はこちら
咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場で団体交渉に関するトラブルについてご相談をお受けしています。咲くやこの花法律事務所の弁護士によるサポート内容をご紹介します。
(1)団体交渉に関するご相談
団体交渉のルールを知らないまま対応して不適切な言動をしてしまったり、組合の態度に萎縮して言いなりになってしまうのは団体交渉でのよくある失敗の1つです。労働組合は数多くの団体交渉を行っており労働問題に関する知識が豊富です。組合側の交渉担当者は団体交渉の経験が豊富で交渉慣れしている人物であることも多く、慎重に対応しなければ組合のペースに載せられてしてしまうことになります。
また、逆に、特に必要もないのに、組合と感情的に対立してしまい、円満な解決の機会を自ら失ってしまうこともよくある失敗の1つです。このようなリスクを避けるには、会社側でも、団体交渉について十分な知識がある専門家の助言を受けて対応することが重要です。また、会社から依頼を受けた弁護士が団体交渉に同席することで組合側の威圧的な行為等の不適切な態度を抑制し、組合にひるむことなく会社側が主張をする手助けになります。
咲くやこの花法律事務所では会社側の代理人としてこれまで数多くの団体交渉に対応してきました。団体交渉への同席はもちろん、組合との交渉に関する助言等、団体交渉にまつわる様々な困りごとについてご相談をお受けしています。
咲くやこの花法律事務所の労働問題に強い弁護士への相談費用
●初回相談料:30分5000円+税
(2)顧問弁護士サービスのご案内
咲くやこの花法律事務所では、団体交渉の対応はもちろん、企業の労務管理全般をサポートするための顧問弁護士サービスを提供しております。
中には何の前触れもなくいきなり社外の労働組合から団体交渉を求められることもありますが、多くは団体交渉の前に従業員から会社に何らかの要求があり、それが上手くいかなかったために労働組合に加入して団体交渉を申入れるというパターンです。
特に外部の労働組合から団体交渉の申し入れがあれば会社は相当の時間と労力をかけて対応せざるを得なくなります。だからこそ団体交渉に発展する前に解決すること、そして何よりトラブルを発生させないための予防法務が重要になります。
日頃から顧問弁護士と一緒に社内の労務管理を整備していくことでトラブルの発生を予防することができ、トラブルの初期段階から弁護士の助言を受けながら対応することで問題を早期に解決することができます。
咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場で数多くの事案に対応してきた経験豊富な弁護士が、トラブルの予防、そしてトラブルが発生してしまった場合の早期解決に尽力します。
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9,まとめ
この記事では、団体交渉の拒否についてご説明しました。
労働組合から団体交渉の申入れがあった場合、会社は原則として団体交渉に応じることを拒否することはできません。団体交渉に応じることを拒否した場合、不当労働行為として労働委員会に救済命令の申立をされたり、救済命令が確定したのに従わなかった場合は過料や罰金、禁錮を科せられたり、労働組合から損害賠償を請求される等のリスクがあります。
例外的に拒否が認められるのは以下のようなケースです。
- (1)子会社の従業員から団体交渉を求められた場合
- (2)すでに交渉を重ねて、これ以上交渉しても進展する見込みがない場合
- (3)組合側のつるし上げ等により正常な話し合いができない場合
- (4)すでに裁判で決着した問題について団体交渉を求められた場合
- (5)交渉事項が義務的団交事項ではない場合
ただし、上記のような事情がある場合も、正当な理由があるといえるかどうかは個別の事情を考慮して判断されるため、安易に団体交渉を拒否するべきではありません。
労働組合からの団体交渉の申入れにどのように対応すればよいかわからない、労働組合からの無理な要求を断りたい等、団体交渉についてお困りの方はぜひ咲くやこの花法律事務所へご相談ください。
10,【関連情報】団体交渉に関する他のお役立ち記事一覧
この記事では、「団体交渉を拒否したらどうなる?拒否できる正当な理由などを解説」についてご紹介しました。団体交渉に関しては、知っておくべき情報が幅広くあり、正しい知識を理解しておかなければ不当労働行為と判断されたりなど重大なトラブルに発展してしまいます。
そのため、以下ではこの記事に関連する団体交渉のお役立ち記事を一覧でご紹介しますので、こちらもご参照ください。
・合同労組との団体交渉の流れと進め方のポイントを会社側の視点で解説
記事作成弁護士:西川 暢春
記事作成日:2023年10月3日
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