新聞やテレビのニュースで「ブラック企業」に関する話題が報道されることが増える中、平成27年5月15日には厚生労働省が「ブラック企業の社名公表制度」を発表しました。
「ブラック企業かどうか?」は、人材の採用や人材の定着率に直結する重要な問題です。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングが行った平成27年度新入社員意識調査アンケート結果でも、「就職活動の際に、求人企業がブラック企業でないかどうかを気にしたか?」について、新入社員の79パーセントが「気にした」あるいは「少しは気にした」と回答しています。
このような調査結果から、ブラック企業として公表されれば、人材の採用や確保に行き詰まり、経営難に陥ることが予想されます。
そこで、今回は、人材の採用にも直結する問題として、「ブラック企業の定義」とブラック企業と言われないためにおさえておきたい「労務環境のチェックポイント」についてご説明したいと思います。
今後、日本は、労働人口が減り、人材の採用、定着は企業にとって、今まで以上に重要な死活問題になることは確実です。今後の成長のためにも、自社の労務環境をぜひチェックしてみてください。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,「ブラック企業」の定義とは?
まず、最初に「ブラック企業とはどういう企業を指すのか?」についてご説明したいと思います。
「ブラック企業」というのは法律用語ではありませんので、明確な定義はありません。
しかし、どのような企業を「ブラック企業」と呼ぶのかについては、厚生労働者が平成25年8月に「若者の使い捨てが疑われる企業等への取組を強化する」旨を発表した報道資料の内容が参考になります。
厚生労働省は、この発表の中で、「長時間労働・過重労働」、「サービス残業」、「パワーハラスメント」の3点を、「若者の使い捨てが疑われる企業」に対するもっとも重要な取組対象とするとしています。
このことから、ブラック企業の定義は、以下のように考えることができます。
(1)ブラック企業の定義
『「長時間労働・過重労働」、「サービス残業」、「パワーハラスメント」の3つのうちいずれか、あるいは複数が常態化している企業』
このように定義することができます。そして、ブラック企業と言われないためにおさえておきたい「労務環境に関する3つのチェックポイント」も、上記の3点に対応して、以下の通りになります。
(2)労務環境に関する3つのチェックポイント!
- ポイント1:過重労働・長時間労働を防ぐ仕組みがあるか。
- ポイント2:残業代未払いがないか。
- ポイント3:パワーハラスメントを防止する仕組みがあるか。
以下、順番に具体的な内容についてご説明していきますので、3つのポイントについてしっかりチェックしてみてください。
2,チェックポイント1:
過重労働・長時間労働を防ぐ仕組みがあるか。
労務環境に関する3つのチェックポイントの中でも、もっとも重要なポイントが「過重労働・長時間労働を防ぐ仕組みがあるか?」という点です。
具体的には、以下の点をおさえておきましょう。
(1)過重労働・長時間労働を防ぐ仕組みについて
『各従業員の残業時間が月60時間を超えないようにコントロールする仕組みを作る。』
「過重労働・長時間労働」が「ブラック企業」とされてしまうのは、月60時間残業を超えるような長時間労働は、精神疾患を発症させたり、過労死のリスクを高めるなど、従業員の健康に悪影響があることが科学的に明らかになっているためです。
厚生労働省は、過労死の労災認定の判断材料の一つとして、「1ヶ月あたり約80時間を超える残業が続いていたかどうか」を重視しています。一方、裁判例では、例えば、東芝事件(最高裁判所判決平成26年3月24日)では、6か月間の時間外労働の平均が69時間54分とされる事例について、企業の安全配慮義務違反を認め、うつ病発症についての責任を企業に負担させています。
このような裁判例を踏まえると、「残業時間月60時間」が「過重労働・長時間労働」の具体的な基準になることを、まず、おさえておいてください。
次に、具体的に、「過重労働・長時間労働を防ぐ仕組みを作る」ために、以下の4点を実行していきましょう。
(2)「過重労働・長時間労働を防ぐ仕組みを作る」ための4つのポイント
- 1,従業員の毎日の始業、終業時刻を適切に記録する仕組みを作る。
- 2,朝礼などで、月の残業時間を60時間未満に減らす方針を従業員に周知する。
- 3,月の途中で、各自の残業時間をチェックし、残業時間が長すぎる場合はその従業員に指導する。
- 4,月末に、各自の残業時間が何時間になったかをチェックし、残業時間が長すぎる場合はその従業員に指導する。
この4つのポイントについて、以下、順番に詳しくご説明します。
1,従業員の毎日の始業、終業時刻を適切に記録する仕組みを作る。
残業時間を月60時間未満にコントロールするためには、「従業員が月何時間働いたかが正確にわかる」ことが前提になります。
そのため、会社は、従業員の毎日の始業、終業時刻を適切に把握して記録を残すことが必要です。
記録の方法としては、以下のようなものがあります。
始業、就業時刻を適切に把握する方法
- 始業、終業時にタイムカードを打刻する方法。
- 始業、終業時に、ICカードで時刻を記録する方法。
- サイボウズofficeやiQubeなどのグループウェアで管理する方法。
これらの方法により、まず従業員の就業時間を把握する仕組みを作ることが必要です。
2,朝礼などで、月の残業時間を60時間未満に減らす方針を従業員に周知する。
従業員の始業、終業時刻を適切に把握する仕組みができたら、「残業時間を月60時間未満にすること」を会社のルールとすることを従業員に周知しましょう。
具体的には「仕事を期限までに終わらせたり、営業目標を達成することは重要だけれども、それは月の残業が60時間を超えない限られた時間の中で行わなければならない」というメッセージを従業員に伝えることが必要です。
そして、月の残業時間を60時間未満にするためには、「毎日何時までに終業することが必要なのか」を伝えると、よりわかりやすいメッセージとなります。
たとえば、朝9時始業、休憩1時間の会社で、月の出勤日が20日であれば、午後9時まで就業すれば、残業時間が月60時間になります。
この場合、「毎日午後9時までには終業してください」と伝えるのがよいです。「残業は月60時間未満」のルールを毎日の終業時刻に置き換えてわかりやすく伝えることがポイントです。
3,月の途中で、各従業員の残業時間をチェックし、残業時間が長すぎる場合は、その従業員に指導する。
出勤日が20日の月であれば、10日が過ぎた時点で、その月の前半の残業時間の合計をチェックしましょう。
月の前半の残業時間が30時間を超えている場合は、このままでは月の残業時間が60時間を超えてしまいます。そのため、その従業員に指導して、仕事を効率化する努力をさせたり、場合によっては担当する仕事の一部を別の従業員に交代させるといったことが必要になります。
4,月末に各従業員の残業時間が何時間になったかをチェックし、残業時間が長すぎる場合はその従業員に指導する。
月末に、再度、各従業員の残業時間のその月の合計が60時間未満におさまったかどうかをチェックしましょう。
残業時間が60時間を超えている従業員に対しては、仕事を効率化する努力をさせたり、担当する仕事の一部を別の従業員に交代させることで、残業を減らしていくことが必要になります。
まず、「1」で就業時間を把握する仕組みを作ったうえで、「2、3、4」を繰り返し行っていくことが、「長時間労働・過重労働」を防ぐ仕組みを作るために必要な手順になりますので、確認しておきましょう。
▶参考情報:残業時間に関する労働基準法のルールなど基本的な知識について詳しく知りたい方は、以下をご参照ください。
3,労務環境のチェックポイント2:
残業代未払いがないか。
「長時間・過重労働」と並んで、ブラック企業として問題視されるのが「残業代未払い」です。
労働基準監督署の定期監督でも、毎年「20,000件」を超える事業所で、残業代未払いが指摘されています。そのため、労務環境に関するチェックポイントの2つ目として「残業代未払いがないか」が重要になりますが、その詳細をご説明する前に、残業代未払いには、主にどのようなケースがあるのか確認しておきましょう。
(1)「残業代未払い」の主なケースとは?
- 「残業代は基本給の中に含まれている」などと説明して、残業代を支払っていないケース。
- 管理職や営業職などについて、法的には残業代の支払いの必要がある場合であっても、自社の判断で支払いの対象外としているケース。
- 「仕事が終わる前にタイムカードを打刻させる」などの方法で、実際よりも少ない残業代しか支払っていないケース。
まずは、上記のような残業代未払いが発生していないかどうか、「現状把握」をすることが必要です。
そして、残業代未払いの実態がある場合は、「発生する残業代をできるだけ少なくしたうえで、それでも発生した分は支払う」ということが重要です。
具体的には、以下の4点を実行していきましょう。
(2)残業代未払いをなくすための4つのポイント!
- 1,従業員の毎日の始業、終業時刻を適切に把握する仕組みを作る。
- 2,残業代の支払い額を最小限にするために、就業規則や賃金規定の見直しに取り組む。
- 3,残業代の支払い額を最小限にするために、残業自体の削減に取り組む。
- 4,残業代の削減に取り組んでも発生する残業代は、支払う。
以下で順番にご説明します。
1,従業員の毎日の始業、終業時刻を適切に把握する仕組みを作る。
未払い残業代をなくすためには、「従業員の残業時間が正確にわかる」ことが前提になります。残業時間がわからなければ、残業代を計算することができませんし、残業代が発生していない場合もそれを立証することができません。
そのため、会社は、従業員の毎日の始業、終業時刻を適切に把握して記録を残すことが必要です。
2,残業代の支払い額を最小限にするために、就業規則や賃金規定の見直しに取り組む。
「裁量労働制の導入」、「変形労働時間制の導入」、「役職手当や営業手当を固定残業手当に変更」、「成果報酬の導入」、「所定労働時間の延長」などの方法で、支払わなければならない残業代を合法的に削減することが可能です。
就業規則や賃金規定を整備し、自社の事情にあった方法で残業代をできるだけ削減していくことが必要です。
3,残業代の支払い額を最小限にするために、残業自体の削減に取り組む。
残業代を削減するためには、就業規則や賃金規定の整備と並行して、会社全体で残業自体の削減に取り組むことが必要です。
そのためには、経営者が従業員の前で、残業時間の削減に取り組む方針を明確に説明する必要があります。
その上で、たとえば、営業成績の評価を「粗利益額」による評価から「就業時間1時間あたりの粗利益額」による評価に変更するなど、会社の評価基準を「時間当たりの仕事の成果」を重視する内容に切り替えていきましょう。
また、並行して仕事の効率化、不要な仕事や会議の見直しを進めていくことで、残業自体を減らしていきましょう。
4,残業代の削減に取り組んでも発生する残業代は、支払う。
「2、3」による残業代の削減に取り組んでも、まだ発生する残業代については、支払いをする必要があります。
残業代をいままで支払っていなかった会社が、残業代を支払う方針に変更することは大変勇気もいることです。
しかし、「残業代を支払う」という決断には、次のようなメリットもあります。
残業代を支払うことが労務環境にもたらすメリット
- 従業員の労務環境に対する不満が減り、良い会社であると認識してもらいやすくなる。
- 必要な残業を指示するときも、残業代を支払っていることから、指示しやすくなる。
- 労働基準監督署の調査にも安心してのぞむことができる。
- 採用の際も、残業代をきっちり支払う会社であると説明をすることで、よい人材を採用しやすくなる。
なによりも、残業代を支払わなければ、従業員にとってもそれが違法であることはすぐわかりますので、経営者と従業員の信頼関係が損なわれてしまい、長期的に会社を成長させることはできません。
早めに残業代未払いの問題に取り組み、徐々にでも解決していく姿勢を示すことが、長期的にみると、会社にとってプラスになることをおさえておきましょう。
▶参考情報:残業代に関する労働基準法のルールなど基本的な知識について詳しく知りたい方は、以下をご参照ください。
4,労務環境のチェックポイント3:
パワーハラスメントを防止する仕組みがあるか。
最後に、労務環境に関するチェックポイントの3つ目である「パワーハラスメントを防止する仕組みがあるか」についてご説明します。
社内でパワーハラスメントを防止する仕組みとして必要な対策とは、以下のとおりです。
パワーハラスメントを防止する仕組みとして必要な3つの対策
- 1,パワーハラスメントと正当な指導の境を明確にする。
- 2,社内でパワーハラスメント防止のための研修を行う。
- 3,社内あるいは社外にパワーハラスメントに関する相談窓口を作る。
以下、順番に見ていきましょう。
1,パワーハラスメントと正当な指導の境を明確にする。
パワーハラスメントには、「暴行」、「暴言」、「人間関係からの切り離し」、「不要あるいは過大な業務の強制」、「仕事を与えない」、「プライベートへの過度な干渉」の大きく分けて6つのパターンがあります。
そして、この中でも、難しいのが「暴言」と「正当な指導」の境界線です。
「いい加減にしろ」と感情的に怒鳴ったり、「おまえなんていないほうがいい」、「やめてしまえ」と仕事の改善を求めるのではなく単に従業員個人の人格を攻撃する発言をすることは「パワーハラスメント」にあたります。
一方で、仕事の問題点を指摘して改善を求めることは、業務のために当然必要なことであり、「正当な指導」です。「パワーハラスメント」の防止の必要を強調するあまり、「正当な指導」の機会まで失われないように、その境界線を明確に理解しておく必要があります。
2,社内でパワーハラスメント防止のための研修を行う。
パワーハラスメントを防ぐためには、「パワーハラスメントは許されない」という意識を社内で作っていくことが一番重要です。
そのためには、従業員が昇進するときや、役職に就かなくても新入社員の指導にあたるような立場に就くときに、従業員向けにパワーハラスメント防止のための研修を行うことが、最も有効です。
3,社内にパワーハラスメントに関する相談窓口を作る。
従業員の直属の上司によりパワーハラスメントが行われた場合に、従業員が社内のどこにも相談することができない状態では、会社がパワーハラスメントに気がつくのが遅れてしまいます。
その結果、会社を巻き込んだ裁判などの法的トラブルに発展しかねません。
直属の上司によりパワーハラスメントが行われたときに、誰にも相談できないという職場環境にならないように、パワーハラスメントについて社内あるいは社外の相談窓口を設け、従業員に周知しましょう。
会社が小さいうちは、経営者の目が行き届きますが、会社が大きくなると、経営者の目の行き届かないところで、パワーハラスメントが起こってしまうということがよくあります。
経営者の目の届かないところでパワーハラスメントが起こる事態を防止するためには、研修を行ったり、相談窓口を設けるなどして、会社としてパワーハラスメントを許さないという姿勢を全従業員に示すことが大変重要です。
ハラスメント相談窓口の設置に関しては、以下の記事で詳しく解説していますので、参考にご覧下さい。
5,ブラック企業問題に関する実際のトラブル事例!
最後に、ブラック企業に関する報道は枚挙にいとまがありませんが、主なトラブル事例として、以下のようなものがあります
事例1:
「過重労働・長時間労働」の事例(ワタミフードサービスの事例)
事件の内容:
この事件は、入社2ヶ月の当時26歳の女性従業員が社宅から飛び降り自殺した事件です。
事件後の経緯:
被害者の遺族が労災申請をし、労働基準監督署は女性従業員の残業時間が月100時間を超えていたことなどから、自殺を過労死と認め労災認定しました。
さらに、東京地方裁判所で、女性従業員の両親が会社と取締役に1億5,300万円の損害賠償を求める訴訟が現在も継続中です。この事件は、ワタミグループの企業イメージを失墜させ、ワタミグループが経営難に陥いる要因の一つとなりました。
事例2:
「残業代未払い」の事例(たかの友梨ビューティクリニックの事例)
事件の内容:
この事件は、エステティックサロン「たかの友梨ビューティクリニック」の運営会社の残業代未払いについて、従業員と元従業員の2名が約1,015万円の支払いを求める訴訟を起こした事件です。
事件後の経緯:
この事件は、当時、同社が、労働組合からも違法な労働実態を指摘され、労働組合との間でも紛争に発展していたことも関連して、大きく報道されました。
残業代請求事件自体は和解により解決しましたが、「ブラック企業」として社会的な非難が高まり、髙野友梨代表取締役社長が同社の社長を辞任する事態に発展しました。
事例3:
「パワーハラスメント」の事例(住友生命保険の事例)
事件の内容:
この事件は、住友生命保険の50代の女性従業員が上司からパワーハラスメントを受けてうつ病を発症したとして、会社と上司に対して損害賠償請求をした事件です。
報道によると、女性従業員は上司から成績が悪いなどとして「会社をつぶす気か」「会社を辞めろ」などと執拗な叱責をされ、うつ病を発症して退職しました。
事件後の経緯:
女性従業員が、うつ病について労災を申請し、労働基準監督署は、指導の範囲を超えた感情的な叱責があったとして、労災認定しました。
その後、女性従業員は住友生命保険に対して損害賠償を求める訴訟を起こし、平成25年11月に、住友生命保険が女性従業員に対して4,000万円を支払うことを内容とする和解が成立しています。
上記事例のようなトラブルになると、金銭的な負担はもちろんですが、なによりも世間的に「ブラック企業」としてレッテルを貼られかねず、ただでさえ人手不足が言われる中で、人材を集めることがますます困難になります。
このように「ブラック企業」としてトラブルを起こしてしまった場合に会社がこうむるダメージは重大なものですので、事前に3つのチェックポイントを確認し、トラブルを防ぐことが大切です。
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8,まとめ
今回は、「ブラック企業の定義」と、ブラック企業と呼ばれないためにも確認しておきたい「労務環境に関する3つのチェックポイント」をご説明しました。
以下の3つが重要なチェックポイントであることをご理解いただけたと思います。
- 過重労働・長時間労働を防ぐ仕組みがあるか。
- 残業代未払いがないか。
- パワーハラスメントを防止する仕組みがあるか。
上記の3点について、「自分の会社は、大丈夫です」という方は、さらに進んで、「健康診断の受診状況」や、「産休・育休・介護休暇の制度」、「有給休暇の取得状況」などをチェックしていきましょう。
一方、自社に「過重労働・長時間労働」、「サービス残業」、「パワーハラスメント」のいずれかの問題が残っているときは、徐々にでも、改善を進めていくことが大切です。
労務環境の改善は一気にできることではなく、時間がかかりますので、早い段階で勇気をもってすすめていきましょう。
記事作成弁護士:西川 暢春
記事更新日:2024年7月9日