こんにちは。弁護士法人咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
従業員を懲戒解雇した場合、失業保険の受給額や受給の手続きにどのように影響するのでしょうか?また、離職証明書の離職理由は、どう記載するのが適切でしょうか。
結論からいうと、懲戒解雇によって離職した場合でも、被解雇者は失業保険を受け取ることができます。
しかし懲戒解雇の理由によっては、受給できる時期や受け取ることができる日数について、不利益を受けることがあります。また、企業側としては、離職証明書の離職理由に誤った記載をしたことによって、従業員が失業保険の受給において不利益を受けた場合、従業員から損害賠償を請求されるリスクがあることにも注意しなければなりません。
この記事では、従業員を懲戒解雇した場合の失業保険における受給額や受給できる時期、日数、そして離職証明書の手続き等について詳しくご説明致します。
この記事を最後まで読めば、懲戒解雇後の失業保険の手続をどのようにすればよいのか、手続に間違いがあった場合にどのようなリスクがあるのかがよく分かるはずです。
それでは見ていきましょう。
懲戒解雇は、その理由によっては、解雇予告手当が支払われず、解雇予告期間も設けられないことがあり、また退職金も減額あるいは不支給となる可能性もあります。そのため、懲戒解雇された労働者にとって、失業保険(雇用保険)は今後の生活に関わるとても重要なものです。企業としても、従業員を懲戒解雇した際には、失業保険について必要な手続をきちんと進める必要があります。
また、懲戒解雇は、懲戒解雇が不当であると主張されて企業に対して訴訟が起こされる危険があり、企業としてリスクが高い場面の1つです。リスクを正しく知り、懲戒解雇前の証拠収集、手続の検討をしっかり行うためにも、懲戒解雇前に弁護士にご相談いただくことをおすすめします。懲戒解雇についての一般的な解説は以下をご参照ください。
▶参考情報:懲戒解雇とは?わかりやすい解説はこちら
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今回の記事で書かれている要点(目次)
- 1,失業保険とは?
- 2,特定受給資格者とは?
- 3,重責解雇とは?
- 4,いつから受給できるか?待期期間と給付制限について
- 5,失業保険が受給できる期間は原則として1年間
- 6,いくらもらえる?1日あたりの受給額の計算方法
- 7,受給できる金額の総額は重責解雇のほうが少なくなる
- 8,横領や無断欠勤での懲戒解雇の場合
- 9,失業保険のハローワークでの手続き
- 10,咲くやこの花法律事務所のサポート内容
- 11,会社都合退職・自己都合退職をめぐる解決実績
- 12,まとめ
- 13,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
- 14,懲戒解雇に関するお役立ち情報も配信中(メルマガ&YouTube)
- 13,【関連情報】懲戒解雇に関するお役立ち記事一覧
1,失業保険とは?
失業保険は、労働者が失業した時、次の就職先が見つかるまでの期間、安定した生活を送るために給付されるものです。正式には「雇用保険」と呼ばれ、失業した際は、年齢や、雇用保険に加入していた期間などに応じて「基本手当」を受給することができます。
(1)失業保険には受給要件がある
失業保険(雇用保険)は、退職すれば必ず受けられるというわけではなく、一定の受給要件を満たす必要があります。まず、受給の前提として「雇用の予約や就職が内定及び決定していない失業の状態」であることが必要です。
厚生労働省によると、この「失業の状態」とは以下の条件を満たす場合とされています。
- 積極的に就職しようとする意思があること
- いつでも就職できる能力(健康状態・環境など)があること
- 積極的に仕事を探しているにも関わらず、現在職業に就いていないこと
そのため、以下のような場合には受給することができません。
- 妊娠・出産・育児や病気、怪我などですぐに就職できない、するつもりがない
- 家事や学業に専念する予定である
- 会社などの役員に就任している
- 自営業をしている
また、受給要件を満たしている場合でも、離職の理由や年齢、勤続年数などにより、受給額や支給される時期が変わってきます。
特に離職理由については、「特定受給資格者」に該当するか否かが非常に重要です。「特定受給資格者」に該当した場合は、より多く、またより早く、基本手当を受給することができるなど、自己都合退職の場合に比べて優遇されます。そして、懲戒解雇の場合も、「特定受給資格者」に該当するケースと、該当しないケースがあります。
詳しくは以下「2,特定受給資格者とは?」でご説明します。
2,特定受給資格者とは?
懲戒解雇による離職の場合、「特定受給資格者」に該当するか、それとも「重責解雇」に該当するかの判断が重要になります。いずれに該当するかで、失業保険における待遇が変わってくるからです。
「特定受給資格者」とは、「倒産」や「解雇」の理由により再就職の準備をする時間的な余裕がなく離職を余儀なくされた者を指し、世間で言う「会社都合退職」にあたります。例えば、企業の経営悪化によって整理解雇された場合にも、これに該当します。
特定受給資格者に該当すると認められる場合は、自己都合退職の場合に比べ、受給できる時期や期間、日数などの面で優遇されます。
ただし、解雇された者が無条件に特定受給資格者となるというわけではなく、解雇の理由が「自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇」と認められる場合には、特定受給資格者には該当しません。この「自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇」を「重責解雇」と言います。
そのため、懲戒解雇による離職の場合、懲戒解雇の理由が「自己の責めに帰すべき重大な理由」に該当するか否かを検討する必要があります。
ここで注意が必要なのが、懲戒解雇だからといって必ずしも重責解雇となるわけではない、という点です。
整理しますと、以下の図のように懲戒解雇でも「重責解雇に該当しない」離職の場合は「特定受給資格者」に該当します。
ではどのような場合に重責解雇となるのでしょうか。以下でご説明いたします。
3,重責解雇とは?
先ほどご説明した通り、「懲戒解雇 = 重責解雇」というのは間違いで、懲戒解雇であったとしても、重責解雇に該当する場合と該当しない場合があります。
(1)重責解雇の要件
どのような場面で重責解雇に該当するのかは、厚生労働省の「雇用保険に関する業務取扱要領」の「一般被保険者の求職者給付」52202(2)に定められています。それによると、重責解雇に該当するのは、以下のような解雇理由の場合です。
▶参考情報:厚生労働省の「雇用保険に関する業務取扱要領」は以下をご参照ください。
・厚生労働省:「雇用保険に関する業務取扱要領」の「一般被保険者の求職者給付」:「52202( 2)「 自 己 の 責 め に 帰 す べ き 重 大 な 理 由 に よ る 解 雇 」と し て 給 付 制 限 を 行 う 場 合の 認 定 基 準」(280ページ)(pdf)
ア:職務上の犯罪行為
刑法各本条の規定に違反し、又は職務に関連する法令に違反して処罰を受けたことによって解雇された場合
例えば、タクシー運転手が交通取締規則に違反するなどによって、実際に刑が確定した場合に、これを理由とする解雇は重責解雇に該当します。ただし、犯罪を犯しても、取り調べを受けている段階や訴追を受けている段階など、実際に処罰を受けていない場合はこれには該当しません。
イ:設備や器具の破壊
故意又は重過失により事業所の設備又は器具を破壊したことによって解雇された場合
事業主に対して損害を与え、さらにそれが故意または重過失に基づくものであると言える場合にこれを理由とする解雇は重責解雇となります。
ウ:信用毀損行為や損害を与える行為
故意又は重過失によって事業所の信用を失墜せしめ、又は損害を与えた事によって解雇された場合
労働者の言動が原因で、事業主に金銭あるいはその他物質的損害を与えた場合に、これを理由とする解雇が該当します。また、これ以外にも、信用の失墜または顧客の減少など、無形の損害を与えたことを理由とする解雇も重責解雇となります。
エ:就業規則等に対する違反
労働協約又は労働基準法に基づく就業規則に違反したことによって解雇された場合
労働協約または労働基準法に沿って作成された就業規則に定められた事項は、労働者が守るべき事項であり、その違反の程度が軽微である場合を除いて、これらに対する違反を理由とする解雇は重責解雇と判断されます。具体的には以下のようなケースです。
- 1.極めて軽微なものを除き、事業所内において窃盗、横領、傷害等刑事犯に該当する行為があった場合
- 2.賭博、風紀紊乱等により職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす行為があった場合
- 3.長期間正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合
- 4.出勤不良又は出欠常ならず、数回の注意を受けたが改めない場合
▶参考情報:就業規則等に対する違反については以下もご参照ください。
オ:機密保持義務違反
事業所の機密を漏らしたことによって解雇された場合
事業所の機密とは、事業所の機械器具、製品、原料、技術などの機密、経営状態、資産などの事業経営上の機密のことを指します。これらの機密事項は労働者が当然に守るべきものであり、これを外部に漏らしたことが原因で解雇された場合は、重責解雇に該当します。
カ:不正行為
事業所の名をかたり、利益を得又は得ようとしたことによって解雇された場合
事業所の名前を悪用して、個人の利益を得たり、または得ようとした場合は、事業主に損害を与える可能性があり、これを理由とする解雇は重責解雇となります。
キ:経歴詐称
他人の名を詐称し、又は虚偽の陳述をして就職をしたために解雇された場合
労働者が、事業所に雇用されるにおいて、就職条件を有利にするために、他人の履歴を盗んだり、あるいは技術、経験、学歴などについて、事実とは異なる内容を伝えていたことが後に発覚して解雇された場合は、重責解雇となります。
▶参考情報:経歴詐称を理由とする解雇については、以下もご参照ください。
一方、これらの要件をみたさず、重責解雇に該当しないときは、懲戒解雇された労働者であっても、「特定受給資格者」にあたります。
(2)重責解雇となった場合はどうなるのか?
重責解雇と判断された場合は、雇用保険の受給要件が、会社都合退職の場合と比べてより厳しいものになります。重責解雇の場合、雇用保険を受給するには、離職前2年間の被保険者期間が12か月以上あったことが必要になります。
一方、特定受給資格者(いわゆる会社都合退職)の場合は、離職前1年間の被保険者期間が6か月以上あれば受給が可能です。
このほかにも、受給できる時期が遅れたり、受給できる日数が減ったりと、重責解雇の場合は様々な面で制限がかかります。
詳しくは、「4,いつから受給できるか?待期期間と給付制限について」から順に説明します。
このように、重責解雇に該当するかどうかは、懲戒処分された労働者にとって非常に重要になります。従って、企業が離職証明書の離職理由を重責解雇とする場合は、本当に重責解雇に該当するのかを慎重に判断したうえで記載するべきです。誤って重責解雇と記載した場合は、従業員に対して損害賠償責任を負うことになる危険があります。
離職証明書の離職理由の記載については、「9,ハローワークでの手続き」で説明します。
4,いつから受給できるか?待期期間と給付制限について
では、基本手当はいつから受給できるのでしょうか?
特定受給資格者の場合と、重責解雇の場合についてご説明します。
(1)特定受給資格者の場合(いわゆる会社都合退職の場合)
懲戒解雇の場合でも、必ずしも重責解雇になるわけではなく、特定受給資格者に該当することがあることは既にご説明した通りです。
この場合も、基本手当の給付には、申請日から7日間の待期期間というものがあります。これは、失業保険の受給申請者が本当に失業状態にあるのかを確認するために設けられた期間とされています。
特定受給資格者に該当する場合、この待期期間の7日間が満了した翌日から失業が認定される期間となり、その期間中の失業について給付を受けることができます。
ただし、実際に基本手当が振り込まれるのは、初回認定日から約1週間後になるため、申請から1か月以上かかることになります。
参考:初回認定日とは?
ここでいう「初回認定日」とは、基本手当の受給期間における一番初めの「失業認定日」のことで、7日間の待期期間満了の翌日から初回認定日の前日までの期間について、求職活動の実績や、働いていればその実績をハローワークが確認します。
初回認定日は、申請日の4週間後に設定され、そこで求職活動の実績が認められれば、その初回認定日の約1週間後に基本手当が振り込まれるというわけです。
失業認定日は、基本手当の受給が終わるまで、あるいは就職先が決まるまでの間に、4週間ごとに訪れます。2回目以降の失業認定日では、前回の認定日から今度の認定日の前日までの期間について、求職活動等の実績の確認がされます。
▶参考:特定受給資格者に該当する場合の待期期間など初回支給日までの流れ
(2)重責解雇の場合
一方で、重責解雇の場合については、7日間の待期期間に加えて、待期期間満了の翌日から3か月間の間は給付制限があります。つまり、7日間の待期期間を終えると、3か月間の給付制限の期間に突入します。そして、給付制限の期間中に設定される初回認定日に、ハローワークに来所して失業の認定を受ける必要があります。
そのうえで、3か月間の給付制限が終わると、その翌日から支給対象期間に入り、2回目の認定日に失業が認定されると、基本手当が振り込まれる、といった流れになります。
特定受給資格者の場合は、初回認定日から4週間ごとに次の認定日が設定され、受給することができますが、重責解雇の場合は、そうではありません。
例えば、6月1日に申請をしたとすると、その4週間後にあたる6月29日が初回認定日となります。ここから4週間後の7月27日は、本来は2回目の認定日となりますが、まだ給付制限中であるため、飛ばされることになります。
このように4週間後に繰り越していき、給付制限が明けた後、最初に来る認定日が、2回目の認定日となります。この2回目の認定日に、給付制限期間終了の翌日から、2回目の認定日の前日までの期間の失業認定がなされます。
このように、重責解雇の場合は特定受給資格者の場合に比べて、受給できるまでの期間が長くなってしまいます。というのも、雇用保険の基本手当は本来、意図せず失業した労働者が安定した生活をするためのものであるため、自己の責めに帰すべき重大な理由によって離職した場合は、給付制限が設けられているのです。
重責解雇の場合は、3か月間の給付制限を経てもまだ失業の状態が続いている場合にはじめて手当を受給することができます。
▶参考:重責解雇に該当する場合の待期期間や給付制限など初回支給日までの流れ
5,失業保険が受給できる期間は原則として1年間
原則として、基本手当は離職した日の翌日から1年間給付を受けることができ、この期間内で所定日数分の給付を受けることになります。これを基本手当の受給期間といいます。この点は、懲戒解雇の場合も、そうでない場合も同じです。
ただし、妊娠や出産、病気や怪我などで、離職時にすぐに求職活動をすることが難しい場合は、受給期間延長の制度が設けられています。申請すれば受給期間を最大で3年間延長することが可能です。
本来の受給期間である1年を合わせると、合計4年間となります。
この延長制度は、再び働くことができるようになるまで、受給を保留するもので、働くことができなかった期間分を延長することが可能です。
例えば、90日間働けなかった場合は、受給期間の1年から働けなかった期間の90日間分が追加で延長されることになります。そして、就業が可能となったら、また申請をし、受給を受けることができます。
受給期間延長の申請は、受給期間の1年間の間に、働くことができなくなった日から30日が経過した時点で可能となります。以前は、その日から1か月以内に申請書を提出する必要がありましたが、平成29年4月1日から申請期限が変更となり、延長後の受給期間の最後の日まで申請が可能となりました。
▶参考:受給期間(延長制度含む)について
6,いくらもらえる?1日あたりの受給額の計算方法
基本手当の1日あたりの受給額の計算方法は、懲戒解雇の場合でも、そうでない場合でも同じです。
計算方法は以下の通りです。
ここでは、退職前の6か月に、1日当たりいくら賃金をもらっていたかを計算します。
ここでかけるパーセンテージは、年齢や賃金日額によって異なります。
7,受給できる金額の総額は重責解雇のほうが少なくなる
受給できる基本手当の金額の総額は、上記で計算した基本手当日額を、何日分受給できるかの「所定給付日数」によって決まります。
所定給付日数は、失業保険の被保険者であった期間や、離職した時の年齢、退職理由によって異なります。懲戒解雇の場合、前述の通り、「特定受給資格者にあたる場合」と「重責解雇にあたる場合」があり、どちらの場合かで所定給付日数が異なります。
(1)特定受給資格者の場合
懲戒解雇による離職であっても、特定受給資格者と判断された場合は、所定給付日数は以下の通りになります。
▶参考:特定受給資格者の場合の所定給付日数一覧
年齢/被保険者であった 期間 |
1年未満 | 1年以上 5年未満 |
5年以上 10年未満 |
10年以上 20年未満 |
20年以上 |
30歳未満 | 90日 | 90日 | 120日 | 180日 | ー |
30歳以上 35歳未満 |
120日 | 180日 | 210日 | 240日 | |
35歳以上 44歳未満 |
150日 | 240日 | 270日 | ||
45歳以上 58歳未満 |
180日 | 240日 | 270日 | 330日 | |
60歳以上 65歳未満 |
150日 | 180日 | 210日 | 240日 |
例えば、離職者が32歳で、被保険者であった期間が7年間の場合だと、所定給付日数は180日となり、最大で「基本手当日額 × 180日分」の金額を受給することができます。
(2)重責解雇の場合
懲戒解雇による離職で、重責解雇と判断された場合、所定給付日数は自己都合退職の時と同様に、以下の通りになります。
▶参考:重責解雇の場合の所定給付日数一覧
年齢/被保険者であった 期間 |
1年未満 | 1年以上 5年未満 |
5年以上 10年未満 |
10年以上 20年未満 |
20年以上 |
全年齢 | ー | 90日 | 120日 | 180日 |
重責解雇の場合は、特定受給資格者の場合と異なり、年齢の違いによる差はありません。
特定受給資格者の場合は、所定給付日数は最大で330日となっていますが、重責解雇の場合の場合は、最大でも180日と、受給できる日数が減ってしまうことになります。
8,横領や無断欠勤での懲戒解雇の場合
企業は、従業員が離職した際に離職日の翌々日から10日以内にハローワークに従業員の離職理由を記載した離職票を提出することが義務付けられています。その際、離職理由について、正しく記載しなければなりません。これが、ハローワークにおいて、「特定受給資格者」か「重責解雇」かを判断する際の資料になります。
では、横領や無断欠勤で従業員を懲戒解雇をした場合は、重責解雇か特定受給資格者のどちらになるのでしょうか?
先ほどご説明した通り、懲戒解雇だからと言って自動的に重責解雇となるわけではありません。
以下でご説明いたします。
(1)横領での懲戒解雇の場合
業務上横領は、少額であった場合でも刑事罰の対象となり、非常に悪質性の高い行為と言えます(刑法第253条)。
雇用保険の関係では、横領行為は、先ほど「3,重責解雇とは?」の「(1)重責解雇の要件」でご説明した重責解雇の要件の内、「エ 就業規則等に対する違反」に該当するかどうかが問題になります。
そして、この点について、厚生労働省の「雇用保険に関する業務取扱要領」の「一般被保険者の求職者給付」52202(2)は、「極めて軽微なものを除き、事業所内において窃盗、横領、傷害等刑事犯に該当する行為があった場合」はこれに該当するとしています。
このような基準を踏まえると、業務上横領を理由に懲戒解雇されたときは、少額であったとしても重責解雇に該当することがほとんどです。
なお、業務横領については、以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご参照ください。
懲戒解雇の効力を争う裁判においても、横領を理由とする懲戒解雇はその金額が少額であっても、それが証拠により立証された場合は有効とされる傾向にあります。
例えば、ダイエー事件(大阪地方裁判所判決 平成10年1月28日)では、大型スーパーマーケットの従業員が、出向中に領収書の改ざんを行い、10万円水増し請求をした事に対する懲戒解雇を有効と判断しました。
また、川中島バス事件(長野地方裁判所判決平成7年3月23日)では、ワンマンバス運転手が乗車料金の3,800円を着服したことを理由とする懲戒解雇が定年退職の直前に行われたという事実を踏まえても、懲戒権の濫用には当たらないと判断しました。
業務上横領を理由とする懲戒解雇については、以下の記事で詳しくご説明していますのでご参照ください。
(2)無断欠勤による懲戒解雇の場合
無断欠勤についても、「3,重責解雇とは?」の「(1)重責解雇の要件」でご説明した重責解雇の要件の内、「エ 就業規則等に対する違反」に該当するかどうかが問題になります。
そして、この点について、厚生労働省の「雇用保険に関する業務取扱要領」の「一般被保険者の求職者給付」52202(2)は、「長期間正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合」はこれにあたるとしています。
「長期間」の無断欠勤として、「重責解雇」に該当するためには、少なくとも14日以上の無断欠勤が必要だと考えるべきでしょう。また、「出勤の督促に応じない場合」とあることからすれば、無断欠勤が始まった後、一度も督促することなく、懲戒解雇したときは、「重責解雇」にあたらないと判断される可能性があることに留意する必要があります。
一方、正当な理由がないのに、会社からの督促を無視して14日を超えて無断欠勤を続けたために、懲戒解雇されたという場合は、通常は「重責解雇」に該当します。
ただし、無断欠勤の原因が、社内でのハラスメントであったり、精神疾患や体調不良であったなど正当な理由がないとは言えないような場合には、重責解雇にあたるかどうかという問題以前に、そもそも懲戒解雇をすることも難しいことに注意する必要があります。
無断欠勤の従業員の解雇における注意点については、以下の記事をご参照ください。
9,失業保険のハローワークでの手続き
会社は、従業員の離職時に公共職業安定所、いわゆるハローワークに書類を提出して手続をしなければなりません。これは懲戒解雇の場合も同じです。また、従業員側も、失業保険の申請において様々な書類を用意する必要があります。
(1)会社側の手続
1,ハローワークへの提出書類について
社内の従業員が離職した際、企業は以下の書類を公共職業安定所(ハローワーク)に提出しなければなりません。
- 1.雇用保険被保険者資格喪失届
- 2.雇用保険被保険者離職証明書
これらは、従業員が離職した翌々日から10日以内に提出する必要がありますが、「2.雇用保険被保険者離職証明書」については、離職者が離職票の交付を希望しない場合は提出する必要はありません。この点はすべての離職に共通する点であり、懲戒解雇の場合も同じです。
2,離職理由の内容を証明できる資料が必要になる
従業員が失業保険の受給申請のため、離職票の交付を希望した場合、会社は、雇用保険被保険者離職証明書を作成して、ハローワークに提出する必要があります。その際、離職理由を記入することになり、企業が重責解雇と考える場合には、その旨を記載します。
この時、ハローワークに対し、重責解雇にあたることを証明できる資料をあわせて提出する必要があります。さらに、必要に応じて、ハローワークから事情を聞かれたり、確認書類の提出を求められる場合があります。
なお、企業が実際には重責解雇ではないのに、事実に反して重責解雇であるとする離職証明書を作成した事案では、離職者が企業に対して損害賠償請求訴訟を起こし、企業が、待期期間を3か月とされたことにより離職者が被った損害の賠償を命じられた裁判例もあり、注意が必要です(東京地方裁判所判決平成15年8月8日)。
3,離職者に離職理由を確認させ、署名させることが必要
雇用保険被保険者離職証明書に記載する離職理由は、基本手当の給付において、非常に重要な項目です。企業は、離職者に対して、企業が記載した離職理由を確認させ、「離職者本人の判断」に該当する事項を〇で囲ませた上で、署名させる必要があります。
企業と離職者との間で、離職理由に争いがある場合など、離職者の署名をもらえない場合は、その理由を記載しなければなりません。
実際の手続の際は、以下の厚生労働省「雇用保険被保険者離職証明書についての注意」なども参考にご覧ください。
(2)離職者側の手続き
離職者の失業保険の申請の手続きは、以下の流れで行われます。
- 1.離職する
- 2.受給資格の決定
- 3.雇用保険受給者初回説明会
- 4.失業の認定
- 5.受給開始
この時、「2.受給資格」の決定において、下記の書類を提出する必要があります。
- 雇用保険被保険者離職票(1,2)
- 個人番号確認書類(マイナンバーカード、通知カードなど)
- 身元(実在)確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
- 写真2枚(縦3㎝×横2.4㎝)
- 本人名義の預金通帳又はキャッシュカード
また、企業側が記載した離職理由に異議がある場合は、離職者はハローワークに異議を申し立てることが可能です。
ここまでご説明した点を図にまとめたのが以下のものです。
▶参考:ハローワークでの手続きの流れ(会社側・離職者側)
・引用元:ハローワーク インターネットサービス「基本手当について」ページより引用
離職者の雇用保険の申請については、以下もご参照ください。
10,咲くやこの花法律事務所のサポート内容
咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場から、懲戒解雇のトラブルや、離職理由の認定をめぐるトラブルについてのご相談を承っております。
そのサポート内容についてご紹介いたします。
(1)懲戒解雇をする前の段階のご相談
この記事では、懲戒解雇をした場合における雇用保険の手続等についてご説明してきました。しかし、従業員を解雇するには、その懲戒解雇がそもそも有効である必要があります。
懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分であり、懲戒解雇が無効であるとして後日訴訟トラブルに発展することも多いです。そのため、懲戒解雇を行う際は、非常に慎重に検討する必要があります。
咲くやこの花法律事務所では、「従業員を懲戒解雇しても問題がないか」や、「懲戒解雇をどのようにすすめていくべきか」などのご相談に対して、今後のリスクを回避するためにベストな解決策をご提案させていただきます。
ご相談いただく前に解雇をしてしまうと、弁護士がとれる手段も限られてしまいますので、できるだけ早い段階でご相談いただくことをおすすめします。
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(2)懲戒解雇した従業員とのトラブルに関するご相談
会社としては、正当な理由があるとして行った懲戒解雇であっても、後に従業員の方から、不当解雇であるとして弁護士を通して内容証明が届いた、訴えられたなどといったケースは非常に多いです。こういった場合は、会社側から、懲戒解雇に至った理由を証拠と併せてしっかりと主張していくことが大切です。
自社の判断のみで対応することは危険なため、必ず労働問題に強い弁護士にご相談ください。咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場で解雇トラブルを解決してきた弁護士がご相談に対応します。
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(3)顧問弁護士サービス
咲くやこの花法律事務所では、顧問契約サービスを提供しております。顧問契約いただいた会社様には、いつでも予約なしでご相談頂けますので、日頃から労務管理の整備、就業規則の整備に取り組み、トラブルに強い企業作りを進めることが可能です。
また、万が一トラブルがあった際も、すぐにご相談いただくことで、早期の解決が可能になります。
顧問弁護士サービスについて、より詳しくは、以下のリンクをご参照ください。
11,会社都合退職・自己都合退職をめぐる解決実績
退職した従業員との間で退職が会社都合退職か、それとも自己都合退職かをめぐり争いが生じることも少なくありません。会社都合退職と判断された場合、会社は、各種の雇用関係の助成金の申請において一定期間申請ができないなどの不利益が生じます。
会社は自己都合退職扱いとしたものの、従業員が会社都合退職である旨主張した事案について、弁護士の対応により、会社の主張がハローワークの認定において認められた事例として、以下の解決実績を紹介しています。あわせてご参照いただきますようにお願い致します。
・従業員の退職理由が会社都合か自己都合かでトラブルになったが、会社の主張を認めてもらうことができた事例
12,まとめ
この記事では、懲戒解雇をした際、失業保険においてどのような影響が出るのかをご説明しました。
まず、懲戒解雇による離職は、「特定受給資格者(いわゆる会社都合退職)」か「重責解雇」のどちらかとなり、「特定受給資格者」となった場合は、雇用保険においてより有利な待遇を受けることが可能です。
一方で、「重責解雇」となった場合には、基本手当を受給できるタイミングが遅くなったり、受給できる日数が減ったりと、様々な制限がかけられることをお伝えいたしました。
このように、雇用保険における退職理由は、離職者にとって非常に重要な事項となるため、企業は重責解雇に該当するか否かを、下記の要件に照らし合わせて慎重に検討することが必要です。
- (1)刑法各本条の規定に違反し、又は職務に関連する法令に違反して処罰を受けたことによって解雇された場合
- (2)故意又は重過失により事業所の設備又は器具を破壊したことによって解雇された場合
- (3)故意又は重過失によって事業所の信用を失墜せしめ、又は損害を与えた事によって解雇された場合
- (4)労働協約又は労働基準法に基づく就業規則に違反したことによって解雇された場合
- (5)事業所の機密を漏らしたことによって解雇された場合
- (6)事業所の名をかたり、利益を得又は得ようとしたことによって解雇された場合
- (7)他人の名を詐称し、又は虚偽の陳述をして就職をしたために解雇された場合
ここまで記事を読み、雇用保険の仕組みが複雑に感じられた方は多いのではないでしょうか。重責解雇と扱うかどうかをめぐってはトラブルになることも多いため、判断に迷ったときは、弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
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13,【関連情報】懲戒解雇に関するお役立ち記事一覧
この記事では、「懲戒解雇されても失業保険はもらえる?金額や期間等を解説」について、わかりやすく解説いたしました。
懲戒解雇については、この記事で解説したとおり失業保険をはじめとする手続き全般に関して正しく理解しておく必要があります。そのため、他にも手続きに関する基礎知識など知っておくべき情報が幅広くあり、正しい知識を理解しておかなければ重大な解雇トラブルに発展してしまいます。
以下ではこの記事に関連する懲戒解雇の手続きに関するお役立ち記事を一覧でご紹介しますので、こちらもご参照ください。
手続き関連のお役立ち記事一覧
・懲戒解雇された従業員の有給休暇はどうなる?わかりやすく解説
・解雇理由証明書とは?書き方や注意点を記載例付きで解説【サンプル付き】
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記事作成日:2023年6月13日
記事作成弁護士:西川暢春