会社経営をしていると、正社員だけでなくパート社員を雇用することがあります。パート社員が会社経営の重要な戦力になっている会社もあると思います。
厚生労働省の統計でも、全労働者に占めるパート社員の割合は年々増加しており、平成26年の統計では、全労働者の約3割にあたる「5432万人」がパート社員として働いています。
このように近年増えているパート社員の雇用に関して、平成20年の法改正で「パート社員と正社員との均等待遇」が義務付けられました。
そして、この法改正をきっかけに、平成25年12月10日には、大分地方裁判所で、「パート社員と正社員の待遇の格差について会社に対し約160万円の損害賠償を命じた判決」も出ています。
このような流れから、今後、会社がパート社員の退職などの際にパート社員とトラブルになれば、パート社員が会社に対し、在職中に支給された賃金や賞与について正社員の賃金や賞与との差額を会社に請求する動きが出てくると予想されます。
今回は、こういった最近の動きを踏まえて、会社がどのような点に注意してパート社員の待遇について労務管理をしていけばよいのかについてご説明いたします。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,「パート社員」の正しい定義について
たくさんの経営者が、パート社員を雇用していると思いますが、「パート社員の正しい定義」については意外に知られていません。
なんとなくパート社員を理解している経営者が多いようですので、まずは「パート社員と正社員の均等待遇が義務付けられた」というご説明をしていく前に、パート社員の定義についてご説明いたします。
(1)「パート社員」とは?
「パート社員とは、1週間の所定労働時間が正社員の1週間の所定労働時間に比べて短い労働者のことをいいます。」
所定労働時間というのは、いわゆる「定時」のことです。
正社員の所定労働時間は、1週間で40時間とされている会社が多いと思います。その場合、パート社員とは1週間の所定労働時間が、40時間よりも短い従業員のことを言います。
たとえば、週に3日、1日8時間しか出勤しない従業員は、1週間の所定労働時間が24時間になりますから、この場合パート社員になります。
このようなことから、社内では「アルバイト」あるいは「嘱託社員」などと呼んでいたとしても、1週間の所定労働時間が正社員よりも少なければ、法律上はすべて「パート社員」にあたりますので、正しく理解しておきましょう。
2,パートタイム労働法で義務付けられた「パート社員と正社員の均等待遇」とは?
パート社員については、パートタイム労働法という法律があります。このパートタイム労働法が、平成20年と平成27年に改正され、「パート社員と正社員の均等待遇」が義務付けられました。
(1)パート社員と正社員の均等待遇とは?
パート社員と正社員の均等待遇とは、具体的には、以下のようなルールです。
「正社員と仕事の内容、責任の程度、配置転換の範囲などが変わらないパート社員については、賃金の額等において正社員と均等に待遇しなければならない」
パート社員については、正社員と比較して、賞与、賃金、退職金などで待遇に格差があることも多いと思います。
たとえば、以下のようなケースです。
正社員とパート社員の待遇格差の例
- 正社員には賞与を出しているが、パート社員には賞与を出していないか、寸志程度であるケース
- パート社員の給与が、特に正社員と能力や成績に差がないのに、正社員の給与よりも低いケース
- 正社員は退職金制度があるが、パート社員には退職金制度がないケース
このような待遇の格差は、パート社員が正社員と「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の範囲」のいずれにおいても違いがない場合は、パートタイム労働法改正により禁止されました。
もちろん、賞与や給与については、個々の能力や成績により差が出ますが、パート社員が正社員と「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の範囲」のいずれにおいても違いがない場合は、パート社員も正社員も同様の基準で査定しなければなりません。
もし、パート社員の能力や成績に正社員と差がないのに、「パート社員だから賞与が出ない」とか、「パート社員だから給与が低い」という場合は、「仕事の内容、あるいは責任の程度、配置転換の範囲」のうちどの点で正社員と異なるから待遇に差があるのかを説明できるようにしておかなければなりません。
この「パート社員と正社員の均等待遇」のルールは、会社の規模の大小を問わず、パート社員を雇用しているすべての会社に義務付けられています。
今後のパート社員の労働・労務管理を考える上で、まずは、「パート社員と正社員の均等待遇」のルールが、法律上義務付けられたということを理解しておかなければなりません。
3,パート社員と正社員の待遇格差で会社に160万円の賠償を命じた裁判例
では、会社が「パート社員と正社員の均等待遇」に違反すると、どのようなペナルティーがあるのでしょうか。
この点は、冒頭で少し触れた平成25年12月10日の大分地方裁判所の判決が参考になりますので、ご紹介いたします。
(1)パート社員と正社員の待遇格差で会社に160万円の賠償を命じた裁判例(平成25年12月10日 大分地方裁判所)
この裁判では、パート社員への賞与の支給額が正社員への賞与の支給額と著しく差があったことについて、裁判所が、「パート社員と正社員の均等待遇」に違反すると判断し、会社に対し在職中の賞与の支給額の差額分など、約160万円の損害賠償の支払を命じました。
この判決は、パート社員の労働・労務管理を考える上で、重要なポイントを含んでいるため、その内容を簡単にご紹介したいと思います。
事件の内容
この事件は、運送会社にドライバーとして勤務していたパート社員が、会社から雇止めされたことをきっかけに、正社員のドライバーとの待遇格差について、運送会社を訴えたものです。
この会社では、正社員の1日の所定労働時間が8時間であり、パート社員の所定労働時間は1日7時間でした。そして、パート社員にも賞与が支給されていましたが、パート社員への賞与支給額は年間15万円であり、正社員への賞与支給額と比べて年間で40万円以上差がありました。
パート社員は、「パート社員も正社員もドライバー職で仕事の内容も同じであるのに、賞与支給額に大きな差があるのはおかしい」と主張して、在職中の正社員との賞与支給額の差額分の賠償を請求しました。
裁判での会社側の主張
会社側はパート社員の請求に対して、以下の通り反論しました。
●主張1
被告の会社では、パート社員は正社員がしている事故時の緊急対応や対外的な交渉などの業務を行っておらず、正社員と「仕事の内容」が異なる。
●主張2
被告の会社では、パート社員は転勤がないのに対し、正社員は就業規則上、転勤があることが定められており、パート社員と正社員で「配置転換の範囲」が異なる。
●主張3
このように、被告の会社では、パート社員は正社員と「仕事の内容」や「配置転換の範囲」が異なるため、「パート社員と正社員の均等待遇」のルールは適用されない。
裁判所の判断
裁判所は、以下の理由で会社側の反論を認めず、会社に約160万円の賠償を命じました。
●判断1
パート社員も正社員もいずれも基本的な業務の内容としてはドライバー業務であり、事故時の救急対応や対外的な交渉が必要な業務を担当している正社員は一部にすぎないから、パート社員が正社員と仕事の内容について大きく異なるとはいえない。
●判断2
会社が主張した「配置転換の範囲」が異なるという点については、就業規則上は確かに配置転換の範囲に差が設けられているが、実際には正社員の転勤もほとんどなく、パート社員が正社員と「配置転換の範囲」について大きく異なるとはいえない。
●判断3
このように、パート社員と正社員で「仕事の内容」にも「配置転換の範囲」にも大きな差がないのに、パート社員の賞与が一律に、正社員の賞与と比べて年間で40万円以上低かったことは、「パート社員と正社員の均等待遇」のルールに反する。
この裁判の判例から、以下の3つのポイントを読み取ることができます。
ポイント1:
会社は、パート社員と正社員の待遇に差がある場合、 「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の範囲」のうちどの点が正社員と異なるのかを説明できるようにしておく必要がある。
ポイント2:
正社員の中でも一部の人しかしていない仕事をとらえて、「パート社員と正社員では仕事の内容に違いがあるから待遇に差がある」と説明しても、認められない。
ポイント3:
就業規則上で正社員とパート社員で転勤の有無に差異があったとしても、実際に正社員の転勤はわずかであるという場合は、待遇の差を説明する根拠としては認められない。
このように、正社員とパート社員の「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の待遇」のいずれかに差があることを根拠に、「均等待遇ルール」が適用されないことを主張する場合は、その差が形式的なものではなく、実質的な差があることが必要であるということを理解しておかなければなりません。
4,新たに対応が必要!
待遇格差トラブルを避けるためのパート社員の労務管理の注意点
前述の判例からもわかるように、パート社員から正社員との待遇格差について会社に対して損害賠償請求されるという事態が、現実のものとなっています。
今後、パート社員との間で退職などをめぐるトラブルになれば、パート社員から正社員との待遇格差について損害賠償請求されることが十分に考えられます。
このような事態を避けるために、パート社員の労務管理について、以下の(1)または(2)いずれかの方針をとらなければなりません。
(1)パート社員の労働・労務管理の注意点
- 1,正社員とパート社員の間で待遇の格差をなくす。
- 2,正社員とパート社員の間で待遇の格差がある場合は、「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の範囲」
のいずれかの点で正社員と異なることを明確にする。
たとえば、以下のようなケースでは、正社員とパート社員の「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の範囲」が異なり、「パート社員と正社員の均等待遇」のルールは適用されません。
(2)均等待遇のルールが適用されないケース例
ケース1:
「仕事の内容」が異なるケース
会社の営業部で、正社員は顧客への訪問などを行っているが、パート社員は顧客への訪問は行わず、電話対応や、契約書の作成、請求事務などの事務作業に従事している場合。
ケース2:
「責任の程度」が異なるケース
運送会社で、正社員もパート社員もトラック運転業務を担当しており、仕事の内容は同じであるが、繁忙期の対応は正社員が残業などにより対応しており、パート社員は繁忙期も特段の対応は行っていない場合。
ケース3:
「配置転換の範囲」が異なるケース
- 1,正社員については現実に転勤があるが、パート社員には転勤がない場合。
- 2,正社員については、さまざまな部署に配置換えして多数の職種を経験させて人材育成を行っているが、パート社員については職種が固定されている場合。
このように、正社員とパート社員に実質的な差がある場合は、待遇が異なっても、「均等待遇」のルールに違反しません。
自社で正社員とパート社員の待遇に差がある場合は、その根拠として、「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の範囲」のいずれかの点に差があるのかを明確にしておく必要があることをおさえておきましょう。
労務管理について詳しくは、以下の記事も参考にご覧ください。
5,パート社員の雇用契約書の作成時におさえておきたい重要ポイント!
今回は、「法改正で義務付けられたパート社員と正社員の均等待遇」について、詳しく解説してきましたが、この記事と合わせて参考にしていただきたいのが、「パート社員の雇用契約書の作成時におさえておきたい重要ポイント」です。
こちらは、パート社員と正社員の均等待遇に関連してくる内容ですので、必ずチェックしておきましょう。また、パート社員用の雇用契約書の雛形もダウンロードできますので、ご活用下さい。
6,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士へ問い合わせる方法
パート社員と正社員の均等待遇に関する相談は、下記から気軽にお問い合わせください。咲くやこの花法律事務所の労務管理・労働問題に強い弁護士によるサポート内容については「労働問題に強い弁護士への相談サービス」のページをご覧下さい。
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8,まとめ
今回は、パート社員の労働・労務管理について、以下の点をご説明しました。
- (1)パートタイム労働法で「パート社員と正社員の均等待遇」が義務付けられたこと。
- (2)実際の裁判例でも、「パート社員と正社員の待遇格差」が理由で会社に損害賠償を命じた裁判例が出ており、今後同様の請求が増えると予想されること。
- (3)パート社員を雇用している会社は、パート社員と正社員の待遇に格差がある場合は、その格差を解消するか、格差の理由を合理的に説明できるように、社内において、正社員とパート社員の「仕事の内容」、「責任の程度」、「配置転換の範囲」の違いを明確にすることが求められること。
定年後の再雇用の嘱託社員や、社内でアルバイトなどと呼ばれている従業員も、正社員よりも週の所定労働時間が少ない場合は、法律上は「パート社員」であり、「パート社員と正社員の均等待遇」のルールの対象となります。
この点を正しく理解していないと、実際にあった判例のように経営者が賠償を支払うというケースにつながります。
ぜひ、この機会に、自社のパート社員の待遇や、正社員とパート社員の相違点について点検してみてください。
9,【関連情報】均等待遇に関するその他のお役立ち記事一覧
今回は、「パート社員と正社員の均等待遇とは?」について詳しくご説明いたしました。
パート社員と正社員を雇用している多くの会社で均等待遇にのっとった賃金制度の見直し、就業規則や賃金規程の改定が必要になることは、今回の記事でご理解いただけたと思います。
また働き方改革関連法が施行に伴い、同一労働同一賃金に関する対応を放置したり、また対応を誤ると重大なトラブルにつながることも多いです。
ここでは、均等待遇に関連するその他にも知っておくべき関連記事もご紹介しておきますので、この機会に合わせて確認しておきましょう。
・同一労働同一賃金とは?企業側で必要な対応について解説【2020年施行】
・同一労働同一賃金と退職金。契約社員やパートへの不支給は違法?
・有給休暇の義務化!5日以上取得は2019年から!企業の対応を解説
・賞与の格差と同一労働同一賃金。契約社員・パートに賞与なしは違法?
均等待遇や同一労働同一賃金の対応をしなければならないケースがこれから増えてきます。そのため、「対応方法」を事前に対策しておくことはもちろん、万が一のトラブルなどが発生した際は、スピード相談が早期解決の重要なポイントです。
今回の記事のテーマにもなっている「均等待遇」などについては、「労務に強い弁護士」に相談するのはもちろん、普段から就業規則など自社の労務環境の整備を行っておくために「労務に強い顧問弁護士」にすぐに相談できる体制にもしておきましょう。
労務に強い「咲くやこの花法律事務所」の顧問弁護士サービスの内容については、以下を参考にご覧ください。
・【全国対応可】顧問弁護士サービス内容・顧問料・実績について詳しくはこちら
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また顧問弁護士に関して役割や必要性、顧問料の相場などについて知りたい方は以下の記事を参考にご覧ください。
記事作成弁護士:西川暢春
記事更新日:2022年8月3日