こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
事業の環境が変わり、賃金のダウンなど、従業員の労働条件の不利益変更を検討しなければならない場面がでてくることがあります。また、個々の従業員について、能力と給与が見合わなくなり、賃金の引き下げを検討しなければならないこともあります。
しかし、労働条件の不利益変更は、やり方を間違えると、従業員からの信頼を失うことにもなり、また、以下の判例にもみられるような大きな法的なリスクを負うことにもなります。
例1:
中野運送店事件(京都地方裁判所平成26年11月27日判決)
運送業者が運送ドライバーの賃金を減額する就業規則変更を行ったが違法とされ、従業員13名に対し、約3200万円の支払を命じられた事案
例2:
Chubb損害保険事件(東京地方裁判所平成29年5月31日判決)
特定の従業員に対する降格とそれに伴う賃金減額が違法とされ、会社が従業員に対し、約170万円の支払を命じられた事案
今回は、労働条件の不利益変更のルールや、正しい進め方、注意点についてご説明します。
労働条件の不利益変更は、従業員とのトラブルに発展しやすい場面の1つです。自己流で実施するのではなく、正しい手順とルールを理解して、進めることが必要です。必ず事前に弁護士に相談したうえで進めてください。
▼【関連動画】西川弁護士が「「労働条件の不利益変更」5つの方法と注意点」を詳しく解説中!
▶参考情報:労務分野に関する「咲くやこの花法律事務所の解決実績」はこちらをご覧ください。
▼労働条件の不利益変更に関して今スグ弁護士に相談したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,労働条件の不利益変更とは?
労働条件の不利益変更とは、賃金や労働時間、休暇、福利厚生などの労働条件を従業員に不利益な方向に変更することをいいます。
不利益変更の方法としては、主に以下の5つの方法があげられます。
- 従業員ごとに個別に同意を得て不利益変更を行う方法
- 就業規則を変更することにより労働条件の不利益変更を行う方法
- 労働組合との間で労働協約を締結し、労働条件の不利益変更をする方法
- 人事考課に基づく等級の引き下げにより給与を減額する方法
- 降格に伴い従業員の給与を減額する方法
(1)不利益変更の具体例
不利益変更の具体例としては以下のものがあげられます。
1,賃金に関する不利益変更
- 基本給の減額
- 手当の減額
- 退職金の減額
- 定期昇給の停止
- 手当や旅費の支給条件の変更(例:日帰り出張でも支給していた旅費日当を宿泊出張に限り支給するように変更する等)
等が不利益変更にあたります。
また、判例は、例えば、従業員全員に支給する賃金の総額は変えずに、年功序列の要素が強かった賃金体系を成果主義の賃金体系に変更するケースなど、一部の従業員にとってのみ賃金が減額になるケースも、不利益変更に該当するとしています(東京高等裁判所平成18年6月22日判決等)。
2,休日や有給休暇に関する不利益変更
- 年間の所定休日を減らすこと
- 法律上の有給休暇とは別に有給での特別休暇等を認めている会社においてこれを廃止すること
等が不利益変更にあたります。
また、有給休暇の指定義務化に伴い、これまで休みだったお盆や年末年始を有給休暇扱いにすることも不利益変更に該当します。
休日や休暇に関する不利益変更についての判例は以下のようなものがあります。
●東京地方裁判所判決平成24年3月21日:
年間休日を4日減らす就業規則の不利益変更を無効と判断した事例
●タケダシステム就業規則変更事件(東京高等裁判所昭和54年12月20日判決):
使用者が有給扱いとしていた生理休暇について100%の賃金を支給せず、68%の賃金を支給する内容に変更することは不利益変更に該当するとしたうえで、不利益変更は合理的であり有効と判断した事例
・参考情報:タケダシステム事件について詳しくはこちら
3,シフト変更に関する不利益変更
シフトの変更は、就業の時間帯をずらすだけで労働時間に増減がなかったとしても、従業員から見た場合に、いままで就労義務を負わなかった時間帯に就労義務を負うことになるという意味で、不利益変更に当たると理解されています。
また、労働時間に増減がある場合も不利益変更にあたります。
不利益の程度が大きいケース
- 労働時間が減ることで賃金が減る場合
- 賃金が同じで労働時間あるいは労働日数が増える場合
不利益の程度が小さいケース
- 始業時刻、終業時刻をそれぞれ1時間前倒しする場合
シフト変更に関する不利益変更については以下のケースなどが参考判例としてあげられます。
●九州自動車学校事件判決(福岡地方裁判所小倉支部平成13年8月9日判決):
会社が労働組合と合意に至らないまま、就業規則の改訂により、休日を日曜日から月曜日に変更するなどした勤務シフトの変更について、不利益変更にあたるとしたうえで、不利益は重大なものではなく、変更は有効と判断した事例
4,割増賃金に関する不利益変更
例えば、今まで残業代が支払われていなかった会社で、これまでの月給額を変えずに、固定残業代部分を作るような場合は、所定内賃金(所定労働時間中の就業の対価として支払われる賃金)が減ることになるため、不利益変更にあたります。
また、従前から支払われていた例えば営業手当などの手当を、固定残業代に置き換えることも、所定内賃金が減ることになるため、不利益変更にあたります。
割増賃金に関する不利益変更については例えば以下の参考判例があります。
●サンフリード事件(長崎地方裁判所平成29年9月14日判決)
外勤手当などを固定残業代に置き換える就業規則変更を無効と判断した事例
なお、固定残業代制度については以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご参照ください。
2,不利益変更は原則として労働者の個別同意が必要
労働条件の不利益変更は原則として従業員の個別の同意により行わなければならないことが原則です(労働契約法第9条)。
▶参考情報:労働契約法第9条
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
例えば就業規則を改訂することにより、個別の同意なく、集団的に不利益変更を行うことは原則としてできません。なお、この点に関する例外については、この記事の後半でご説明します。
(1)不利益変更の同意は口頭ではなく書面が必要
前述の通り、不利益変更については原則として従業員の個別の同意が必要ですが、その同意は書面で取得する必要があります。
不利益変更について従業員から訴訟を起こされて裁判トラブルに発展した場合、不利益変更について従業員から口頭で同意をもらっていたという主張は、裁判所ではほとんど認められません。
(2)同意書の取り付け方法の注意点
さらに、不利益変更に関する同意書の取り付けは、従業員に対して、十分な説明をしたうえで行う必要があります。
特に、賃金や退職金を減額する不利益変更を行う場合の従業員からの同意については、同意書を取得していても、「自由な意思に基づく同意ではない」などとして、同意を認めない判例が多いことに注意する必要があります。
裁判所は、従業員と企業の力関係から、同意書があればそれで同意があったという判断はしておらず、「労働条件の変更による不利益の程度」や、「同意書取得時に不利益変更の内容についての説明が従業員に対して十分にされたかどうか」という観点から、同意の有無を判断しています。
「労働条件の変更による不利益の程度」が大きい場合は、同意書があっても不利益変更が違法とされやすくなります。
また、同意書取得時に不利益変更の内容についての説明が従業員に対して十分にされていないようなケースでも、裁判になれば同意が否定されることになります。
そのため、特に賃金や退職金にかかわる同意書については、以下の点に注意してください。
- 同意書の冒頭で「不利益変更の内容」や「不利益変更の必要性(なぜ不利益変更しなければならないか)」をわかりやすく詳細に記載したうえで、それについて同意の署名、捺印をもらうことが必要です。
- 従業員との1対1の面談を行って、同意書の内容を十分説明する必要があります。
- 面談時に不利益変更について従業員から質問を受けた内容やそれに対して会社側から回答した内容を記録し、後日、万が一、訴訟が起こされたときにも、従業員が真意に基づいて同意したことを裁判所で説明できるようにしておく必要があります。
(3)参考判例:山梨県民信用組合事件
賃金や退職金を減額する場面の同意書について参考になる判例が、山梨県民信用組合事件です。
この事件は山梨県の信用組合が合併に伴い、退職金が減額になることの同意書を従業員から取り付けたものの、のちに従業員から訴訟を起こされた事例です。
裁判所は「同意をしたとは認められない」として同意書による退職金減額を認めませんでした。
この事件で、最高裁判所は、賃金や退職金に関する不利益変更についての同意は、「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点」も踏まえて、慎重に判断する必要があるとしています。
つまり、使用者による強制力が働かない状況においてもその不利益変更について従業員が同意するような客観的な事情があったかどうかという観点から判断されています。
▶参考情報:山梨県民信用組合事件平成28年2月19日最高裁判所判決
「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており,自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく,当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると,就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である。」
・判決文参照:山梨県民信用組合事件について詳しくはこちら
3,同意がない場合でも例外的に不利益変更が認められるケース
ここまでご説明したとおり、不利益変更は、従業員ごとに個別の同意を得て行うことが原則ですが、例外として、同意を得ずに不利益変更を行う手段も以下の通り存在します。
従業員全体の労働条件を不利益変更する手段
- 就業規則を変更することにより労働条件の不利益変更を行う方法
- 労働組合との間で労働協約を締結し、労働条件の不利益変更をする方法
特定の従業員の労働条件を不利益変更する手段
- 人事考課に基づく等級の引き下げにより給与を減額する方法
- 降格に伴い従業員の給与を減額する方法
以下で順番に見ていきましょう。
(1)就業規則変更により不利益変更を行う場合
以下の2つの条件を満たす場合は、就業規則を変更することによって、従業員の個別の同意がなくても、労働条件を不利益に変更することができることが可能です(労働契約法第10条)。
- 条件1:就業規則の変更に合理性が認められること
- 条件2:変更後の就業規則を従業員に周知すること
▶参考:労働契約法第10条
第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(以下略)
・参照:労働契約法第10条の条文はこちら
このように変更に合理性が認められるかどうかが判断基準となりますが、どのような事情があれば合理性が認められるかについては、不利益変更を行う項目によって差があり、以下の順に厳しい判断基準が採用されています。
- 1,緩やかに判断:福利厚生や休職制度などの不利益変更
- 2,労働時間、出勤日、休日、休暇についての不利益変更、昇給の停止、役職定年制の導入など
- 3,厳しく判断:賃金や退職金の減額
このように、賃金や退職金を減額する不利益変更については、特に厳しい基準で判断されており、「高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合」に限り、効力が生じるとしています(最高裁判所判決平成12年9月7日判決)。
賃金や退職金に関する不利益変更についての判例をご紹介すると以下のものがあります。
1,賃金を減額する不利益変更
賃金の減額を行う就業規則の変更は、従業員に直接的な不利益を与えるため、赤字が数期連続し、経営危機にあるなどのケースに限り、認められています。
さらに、労使間で経営資料を示して、十分な話し合いを行うことが必要とされています。
判例としては以下のようなものがあります。
合理性肯定例:
シオン学園事件(東京高等裁判所平成26年2月26日判決)
●事案の概要
自動車教習所運営会社が就業規則の不利益変更により、平均8.1パーセントの賃金減額を行った事案
●裁判所の判断の理由
以下の点を理由に裁判所は合理性を肯定しました。
- 多額の営業損失を計上していること
- 賃金減額について約3年間に20回以上団体交渉を行ったこと
- 団体交渉において決算報告書その他経営状況の資料を示し、経営状況の説明を行ったこと
- 賃金減額後も県内の同業他社の平均賃金よりも賃金水準が高いこと
- 就業規則変更時の従業員代表からの意見聴取にあたっても従業員代表が特に意見はないとしていること
合理性否定例:
中野運送店事件(京都地方裁判所平成26年11月27日判決)
●事案の概要:
運送業者が運送ドライバーの賃金を1人につき約100万円減額した事案
●裁判所の判断の理由:
以下の点を指摘して裁判所は合理性を否定しました。
- 営業利益が7年にわたりマイナスであるが改定の高度の必要性までは認められないこと
- 労働組合と行ってきた団体交渉においても十分な資料の提供がないなど十分な説明が行われていないこと
上記2つの判例からもわかるように、賃金を減額する不利益変更を行う場合は、決算書などを開示したうえで、従業員代表あるいは労働組合との話し合いを行うことが必須になります。
2,退職金を減額する不利益変更
退職金の減額を行う就業規則の変更についても従業員に直接的な不利益を与えるため、赤字が数期連続して経営危機にあるなどのケースに限り、認められています。
以下の裁判例が参考になります。
合理性肯定例:
学校法人早稲田大阪学園事件(大阪高等裁判所平成29年4月20日判決)
●事案の概要:
学校法人が就業規則の変更により、最大で15パーセント以上退職金を減額した事案
●裁判所の判断の理由:
以下の点を理由に裁判所は合理性を肯定しました。
- 役員数の減少、役員報酬の減額、定期昇給の停止などの措置をすでに講じていたこと
- 6期連続赤字で最悪の場合解散も視野に入れざるを得ない経営状況だったこと
- 複数回にわたり、労働組合や従業員に退職金減額の必要性や内容について説明してきたこと
- 組合の要求を一部聴いて制度を変更するなど柔軟な対応をとってきたこと
この判例からもわかるように、退職金減額の前に、役員数を減らす、役員報酬を減額するなどの経費削減措置を行ったかどうかについても重要な判断要素になっています。
3,賞与の支給停止や定期昇給の廃止
賞与の支給停止や定期昇給の停止を内容とする不利益変更については、賃金や退職金の減額よりも緩やかな基準で不利益変更の合理性が肯定されています。
合理性肯定例:
紀北川上農業共同組合事件(大阪地裁平成29年4月10日判決)
●事案の概要:
和歌山県の農協が、就業規則を変更し、57歳以上の職員については賞与を原則として支給せず、定期昇給は実施しない人事制度(スタッフ職制度)を採用した事案
●裁判所の判断の理由:
以下の点を理由に裁判所は合理性を肯定しました。
- スタッフ職制度が適用されるまでに6年以上の期間があったこと
- 賞与や定期昇給は、変更前の給与規程において具体的な権利として定められておらず、変更による不利益は小さいといえること
- 経営状態について赤字が恒常化していなくても、高年齢層の人件費が被控訴人の事業収支を圧迫しており、早晩事業経営に行き詰まることが予想さ れたこと
- 事業利益の水準が和歌山県内の 同規模の農協に比べて低く、従来25あった支店を9に削減していたこと
- 57歳以上の職員については過去の定期昇給の結果、賃金も相当程度高額になっていること
このように、賞与の支給停止や定期昇給の廃止は、賃金の減額や退職金の減額の事案と比べると不利益の程度が小さいとされています。
そのため、赤字が恒常化している状態でなくても、将来の収支悪化を見越して賞与を不支給としたり、定期昇給を停止する不利益変更が有効とされています。
4,年功序列型賃金体系から成果主義型賃金体系への変更
年功序列型賃金体系から成果主義型賃金体系への変更については、一部の従業員の賃金を減額する結果となるため、「高度の必要性に基づいた合理性」が必要だとされています。
変更の合理性を肯定した裁判例では、賃金が下がる人に対して減額の影響を緩和するための調整手当の支給を一定期間行ったことや、組合や従業員代表との話し合いに誠実に応じていること、人件費の総額を減額させるものではないことなどを評価したものが多くなっています。
調整手当は最低でも3年間は支給することがポイントになります。参考になる裁判例として以下のものがあります。
合理性肯定例:
三晃印刷事件(東京高等裁判所平成24年12月26日判決)
●事案の概要:
職能資格制度を導入する就業規則変更により一部の従業員の賃金が月額10数パーセント減額になった事案
●裁判所の判断の理由:
以下の点を理由に裁判所は合理性を肯定しました。
- 激変緩和措置として調整手当が6年間支給されたこと
- 会社の人件費は全体として削減されなかったこと
- 組合からの団体交渉に応じる態度をとっていたこと
- 印刷業界における技術革新に対応して生産性を向上させる高度の必要性があったこと
合理性否定例
以下のケースでは合理性が否定されています。
●調整手当の支給などの激変緩和措置が適切にとられていない場合(東京地方裁判所平成12年1月31日判決等)
●高年齢層の賃金を減らして低年齢層に再配分するなど高年齢層にのみ不利益をもたらす場合(東京高等裁判所平成15年4月24日判決)
●売上に応じたインセンティブ給を設定する内容になっているがその設定が不合理な場合
(例:観光バスの運転士について「観光バス運転士としての本来の営業努力によって顧客を積極的に増やすということは考えにくい」とした大阪高等裁判所平成19年1月19日判決等)
以上、就業規則を変更することにより労働条件の不利益変更を行う場合の注意点についてご説明しました。就業規則の不利益変更については、以下でも詳しい解説をしていますのでご参照ください。
(2)労働協約により不利益変更を行う場合
労働組合のある会社では、組合との労働協約により、雇用契約書で定められた賃金を引き下げるなど、労働条件を不利益に変更することも可能です。
労働協約とは、会社と労働組合の間の書面による合意です。
▶参考情報:朝日火災海上保険事件平成9年3月27日最高裁判所判決
例えば、朝日火災海上保険事件平成9年3月27日最高裁判所判決は、定年年齢を引き下げ、退職金算定方法を不利益に変更する労働協約を有効であるとしています。
・判決文参照:朝日火災海上保険事件について詳しくはこちら
組合との労働協約で不利益変更を行うためには、労働組合と話し合いをして、不利益変更について組合の同意を得たうえで、書面で組合と合意書(労働協約)をとりかわす必要があります。
労働協約がとりかわされた場合は、組合員個人との個別の同意がなくても、組合員の労働条件を適法に変更することができます。
この方法は労働組合がある場合にのみ行える方法です。
労働協約や労働協約による不利益変更については、以下の記事で詳しくご説明していますのであわせてご参照ください。
(3)人事考課に基づく等級の引き下げを行う場合
就業規則において人事考課に基づく等級の引き下げやそれに伴う賃金の減額について定められている場合は、人事考課の結果に基づいて、本人の同意なく賃金を減額することも可能です。
ただし、減額を不服として会社が従業員から訴訟を起こされた場合は、人事考課やその結果に基づく減給が適正であったかどうかが、訴訟で問題になります。
そのため、以下の点をチェックしておきましょう。
チェックポイント一覧
- 人事評価の結果決まる等級と給与の関係があらかじめ定め、従業員に周知しているか
- 人事評価に基づく等級の引き下げの基準が定められているか(2年連続最低評価の場合は降格させるなど)
- 評価対象期間が始まる前に、人事評価の評価項目を設定し、従業員と共有しているか
- 人事評価の基準を定めたうえで、一次評価者による評価と二次評価者による評価を併用する仕組みが作られているか
- 本人に対する評価結果のフィードバックが適切に行われているか
事務職員に対して人事評価に基づき約14パーセントの賃金減額を行ったことを適法と判断した事例として、学校法人追手門学院事件(大阪地方裁判所令和元年6月12日判決)があります。
(4)降格に伴い給与を引き下げる場合
役職者については、会社が、能力や勤務状況から、その役職にふさわしくないと判断したときは、役職を変えたり、役職をはずすことが可能です。
そして、役職が下がったことにともなって役職給を下げたり、役職がなくなったことにともなって役職給の支給を停止することについては合法と判断した判例が多くなっています。
ただし、以下の場合は違法となります。
違法になるケース一覧
- 退職に追い込むことを目的として降格させ給与を引き下げる場合
- 有給休暇の取得など正当な権利の行使を理由に降格させ給与を引き下げる場合
- 2段階以上の極端な降格の場合
- 妊娠、出産、育児休暇を契機として降格させ給与を引き下げる場合
また、給与の引き下げは本人にとって重大なダメージになりますので、裁判トラブルに発展するケースも少なくありません。
裁判に備えて、対象者が役職者として不適格であると判断した理由を十分説明できるようにしておくことが必要です。
降格に伴う給与の減額については以下の記事で解説していますのであわせてご参照ください。
4,不利益変更の遡及適用
不利益変更の遡及適用とは、不利益変更のための就業規則の改訂、労働協約の締結などを行った日以前にさかのぼって、不利益変更の効力を発生させることを言います。
このような不利益変更の遡及適用は、従業員の個別の同意がない限りできません。
(1)就業規則の不利益変更の遡及適用
例えば、就業規則によって労働条件を不利益に変更する場合、従業員の個別の同意がない限り、就業規則の改訂日よりも前にさかのぼって不利益変更の効力を発生させることはできません。
具体例:
賃金の支払いが月末締め翌月10日払いの会社が就業規則を4月1日付で変更して家族手当を廃止する場合に、4月10日に支払われる3月分の給与から家族手当を廃止することは遡及適用にあたります。
(2)労働協約による不利益変更の遡及適用
労働協約によって労働条件を不利益に変更する場合も、労働協約の締結日よりも前にさかのぼって不利益変更の効力を発生させることもできません。
参考例:
朝日火災海上保険事件(平成8年3月26日最高裁判所判決)も、「具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約や事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されない」としています。
5,違法な不利益変更についての罰則
違法な不利益変更についての罰則はありません。
ただし、要件を満たさない違法な不利益変更については、冒頭でご説明した通り、民事訴訟において損害賠償請求等の対象となり、実際にも多額の金銭支払いが命じられるケースが多くなっています。
6,【補足】パート社員の労働条件の不利益変更
ここまで正社員の労働条件の不利益変更についてご説明しましたが、パート社員においても労働条件の不利益変更は、十分な合理性がない限り認められないことが原則です。
▶参考例:九水運輸商事事件(福岡高裁平成30年9月20日判決)
例えば、九水運輸商事事件(福岡高裁平成30年9月20日判決)は、パート社員の皆勤手当て月5,000円を廃止した事案について、「そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない」などとして、違法と判断しています。
7,不利益変更よりも余剰人員の整理を優先するべき理由
この記事では、労働条件の不利益変更についてご説明しましたが、不利益変更を人件費の総額を下げる目的で実施する場合に、まず優先して行うべきことは、余剰人員の整理です。
人件費の総額は、以下の計算式で算出されます。
このうち、従業員1人当たりの人件費の平均額を下げるのが、労働条件の不利益変更です。一方で従業員数を減らすことが余剰人員の整理です。
そして、人件費の総額を下げるためにまず優先して実施するべきなのは、労働条件の不利益変更ではなく、余剰人員の整理です。
なぜなら、賃金ダウンに代表される不利益変更は、従業員全員の反発を招き、またモチベーションを下げることになりかねないからです。
賃金ダウンを行うよりは、従業員のうち、余剰となっている人員を減らすリストラで人件費の総額を減らすほうが、経営上の選択肢としては合理的です。
余剰人員を減らすリストラの手段については、希望退職者の募集や、退職勧奨、整理解雇などの手段があります。
詳しくは以下で解説していますのでご参照ください。
▶参考情報:リストラに関してわかりやすく徹底解説!
▶参考情報:中小企業のリストラ、2つの方法を弁護士が解説
8,労働条件の不利益変更に関して弁護士に相談したい方はこちら
最後に労働条件の不利益変更についての咲くやこの花法律事務所のサポート内容をご紹介したいと思います。
- (1)不利益変更についてのご相談、方針決定
- (2)不利益変更に関する労使協議への立ち合い
- (3)就業規則変更案や同意書案の作成
- (4)顧問契約による継続的サポート
以下で順番にご説明します。
(1)不利益変更についてのご相談、方針決定
この記事でご説明した通り、労働条件の不利益変更については、従業員の個別の同意を得る方法、労働協約や就業規則で不利益変更を行う方法などさまざまな方法があります。
また、能力面などを理由とする特定の従業員に対する不利益変更の手段としては、降格による賃金減額や人事評価に基づく賃金減額などの手段があります。
ただし、いずれの方法にしても、従業員にとっては大きなダメージであり、トラブルになりやすいことは変わりありません。
だからこそ、法律や判例のルールを守って実施することが必要であり、違法な不利益変更を行えば、後日裁判等で不利益変更が無効とされ、従業員に対する多額の支払いを命じられるリスクがあります。
そうなれば金銭的な問題だけでなく、従業員との信頼関係も崩れ、事業が立ち行かなくなる危険があります。
咲くやこの花法律事務所では、労務トラブルについて解決経験豊富な弁護士がご相談をお受けし、ご相談企業の実情に応じて、できるだけ法的なリスクを減らして不利益変更を行うための具体的な方針決定について助言します。
弁護士への相談料
●初回相談料:30分5000円~(顧問契約の場合は無料)
(2)不利益変更に関する労使協議への立ち合い
不利益変更については、その方法にかかわらず、不利益変更の必要性や具体的な不利益の程度をしっかりと説明しなければ、違法と評価されてしまいます。
一方で、労働組合や従業員代表との話し合いを十分に時間をかけて丁寧に行っているケースでは、不利益変更が合法と判断されることが多くなっています。
このように、労使間の協議は非常に重要なポイントになります。また、協議するだけでなく、協議の結果を記録することも重要です。
咲くやこの花法律事務所では、弁護士が、従業員との話し合いに立ち会い、会社側の立場でサポートします。
経験豊富な弁護士の立ち会いにより、労使協議を正しく、自信をもって進めることが可能になります。
弁護士への相談料
●初回相談料:30分5000円~(顧問契約の場合は無料)
(3)就業規則変更案や同意書案の作成
就業規則の変更や労働協約によって不利益変更を行う場合は、その文言の作成も重要になります。
また、従業員1人1人から個別に同意を取り付ける場合も、その同意書の内容が非常に重要です。
咲くやこの花法律事務所では、労務トラブルについて解決経験豊富な弁護士がご相談をお受けし、後日のトラブルをできる限り回避できるような、就業規則変更案、労働協約案、同意書案を作成します。
(4)顧問契約による継続的サポート
労働条件の不利益変更の問題は、時間をかけて辛抱強く解決していかなければならないテーマです。
咲くやこの花法律事務所では、労務問題でお困りの企業を継続的にサポートするために、顧問弁護士サービスによるサポートも行っています。
顧問弁護士サービスによる継続的なサポートを受けることにより、従業員や従業員代表との話し合いでの対応や、不利益変更の具体的な進め方についての疑問点をその都度電話やメールで弁護士に相談することが可能です。
その結果、できるだけリスクの低い方法で、トラブルを最大限回避しながら、不利益変更を進めていくことが可能になります。
顧問弁護士サービスの顧問料
●スタンダードプラン(月額顧問料5万円)
プラン内容について
- いつでも弁護士に電話やメールでご相談いただくことができます。
- 契約前に担当弁護士との無料面談で相性をご確認いただくことができます(電話・テレビ電話でのご説明or来所面談)
- 来所していただかなくても、電話あるいはテレビ電話でお申込みいただけます。
咲くやこの花法律事務所のその他の顧問弁護士プランの詳細や顧問弁護士サービスの実績については以下のページをご参照ください。
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記事作成弁護士:西川 暢春
記事更新日:2022年12月9日