こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
障害者雇用促進法では、「43.5人」以上の従業員を雇用している事業主に対して、1人以上の障害者を雇用することを義務づけています(障害者雇用促進法第43条第1項)。共生社会の実現のためにも、障害者の雇用機会の提供は事業主の重要な役割です。
しかし、一方で、様々な事情で、障害者のある従業員の解雇を検討しなければならないという場面もでてきます。事情があって障害者を解雇したいと考えた場合にも注意するべき点があります。障害者のある従業員の解雇について、裁判で不当解雇と判断されたケースとして以下のような事例があります。
事例1:
京都地方裁判所判決平成28年3月29日
学校法人がアスペルガー症候群との診断を受けている大学教員を職場内の問題行動を理由に解雇したことについて、解雇無効と判断し、雇用の継続と解雇以降の賃金として約1500万円の支払いを命じた事例
事例2:
東京地方裁判所判決平成28年5月18日
半身麻痺の障害がある従業員を、作業速度が遅いこと等を理由に解雇したことについて、解雇無効と判断し、雇用の継続と解雇以降の賃金として約340万円の支払いを命じた事例
安易な解雇は、訴訟や団体交渉などのトラブルにつながったり、不当解雇として敗訴するリスクがあります。また、障害者の解雇は、「障害者差別」だという感情的な主張を受けることが多く、健常者の解雇の場合以上に、トラブルが大きくなりやすい傾向もあるため、事業主側で正しい知識を十分に理解しておく必要があります。
この記事では、障害者を解雇したいと考えた際に注意するべき点や、解雇の要件、障害者の解雇に関する裁判例等について解説します。
障害のある従業員の解雇の判断にあたっては、通常の解雇の条件に加え、従業員の障害の内容や程度に応じた配慮が行われていることが重視されています。解雇が不当解雇と判断されると上記事例のように多額の支払いを命じられることになりますので、必ず解雇前に弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
従業員の解雇について会社が弁護士に相談する必要性や弁護士費用などについては、以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
- 1,障害があることを理由とした解雇は法律で禁止されている
- 2,「障害者雇用の場合は解雇できない」は誤り
- 3,解雇の要件と判断基準(障害の有無にかかわらず適用される一般論)
- 4,障害がある従業員を解雇する時の注意点
- 5,障害者の解雇に関する事例
- 6,【補足】新型コロナウイルス感染症の後遺症を理由とする解雇について
- 7,解雇した場合のペナルティ
- 8,解雇した場合の会社のリスク
- 9,障害者を解雇した場合は届出が必要
- 10,助成金が受け取れなくなる可能性がある
- 11,障害者を解雇した場合の失業保険の扱い
- 12,障害者の解雇について弁護士へ相談したい方はこちら
- 13,まとめ
- 14,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
- 15,解雇に関するお役立ち情報も配信中(メルマガ&YouTube)
1,障害があることを理由とした解雇は法律で禁止されている
障害を持つ従業員の解雇を検討しなければならない場面で知っておくべきルールとして、障害者雇用促進法に基づき定められた障害者差別禁止指針において、以下の3つの差別的な取扱いが禁止されています。
(1)障害者であることを理由に解雇すること
労働能力等を考慮せず、単に障害者であるということを理由に解雇の対象とすることが禁止されています。
(2)障害者に対してのみ不利な条件で解雇の対象とすること
例えば、障害者でない者は業務成績が最低の者のみを解雇の対象とするのに対し、障害者は平均以下の者を解雇の対象とする等、障害者とそれ以外の者で異なる条件、かつ、障害者に対して不利な条件を設定する場合等が該当します。
(3)障害者を優先して解雇の対象とすること
労働能力等を考慮せず、単に障害者であることを理由に、他の者に優先して障害者を解雇の対象とする場合等がこれにあたります。
本人の労働能力や勤務態度等に問題がないにもかかわらず、単に障害があるということだけを理由に解雇することはできません。
▶参考情報:障害者差別禁止指針については以下をご参照ください。
2,「障害者雇用の場合は解雇できない」は誤り
一方でよくある誤解として、「障害者雇用の場合は解雇できない」というものがあります。
障害者雇用の場合は、障害のない従業員と同じように業務ができないことや、執務にあたって一定の配慮を必要とすることが多く、一般の従業員よりも、解雇についてより慎重に検討するべきであることは確かです。しかし、障害者雇用だからあるいは障害者だからといって、解雇してはいけないという制限があるわけではありません。
客観的にみて合理的な理由があり、解雇が社会通念上相当といえる場合は、障害者雇用であっても解雇をすることが可能です。
障害者雇用された従業員の解雇について解雇を有効と判断した最近の事例として、後述する富士ゼロックス事件(東京地方裁判所判決 平成26年3月14日)等があります。また、障害者雇用枠で有期雇用された従業員の雇止めについて有効と判断した事例として、この後述する藍澤證券事件(東京高等裁判所判決 平成22年5月27日)のほか、大阪地方裁判所判決平成30年12月20日等があります。
3,解雇の要件と判断基準(障害の有無にかかわらず適用される一般論)
では、解雇についてはどのような基準で判断されるのでしょうか?
まずは、障害の有無にかかわらず適用される一般論についてご紹介したいと思います。
前提として、会社は自由に従業員を解雇できるわけではなく、「客観的にみて合理的な理由があり、社会一般の考え方からして相当であると認められる場合」のみ、解雇することができます(労働契約法第16条)。
▶参考情報:労働契約法第16条
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
・出典:「労働契約法」の条文はこちら
これは、障害のある従業員を解雇する時だけでなく、従業員を解雇する際の共通のルールです。解雇は、従業員の同意を得ることなく、企業側の一方的な通知により、雇用契約を終了するものであるため、労働者保護の観点から、このような制約が課されているのです。
そして、解雇には主に普通解雇、懲戒解雇、整理解雇の3種類があります。以下でそれぞれの解雇の要件を解説します。
(1)普通解雇の要件
解雇のうち、懲戒解雇以外のものを普通解雇といいます。
従業員の能力不足や協調性の欠如、出勤不良、勤務態度不良等を理由として行われる解雇です。この普通解雇の要件は以下の通りです。
1,普通解雇の要件
- 1.客観的にみて合理的な理由があり、解雇が社会通念上相当であること
- 2.法律により解雇が制限される場面に該当しないこと
▶参考情報:普通解雇についてや解雇理由ごとの要件については以下で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
また、解雇理由ごとの具体的な解雇の要件については、以下をご参照ください。
(2)懲戒解雇の要件
懲戒処分としての解雇のことを懲戒解雇といいます。
業務上横領やハラスメント行為、不正行為、無断欠勤等の重大な規律違反に対する制裁として行われる解雇です。懲戒解雇の要件は以下の通りです。
1,懲戒解雇の要件
- 1.就業規則に懲戒解雇についての規定があること
- 2.従業員の行為が就業規則の懲戒解雇事由に該当すること
- 3.就業規則に解雇手続きに関する規定がある場合にはそれに基づいて手続きを行うこと
- 4.客観的にみて合理的な理由があり、解雇が社会通念上相当であること
- 5.問題となった行為の内容や程度、過去の会社における対応との均衡等を考慮しても懲戒解雇が重すぎる処分でないこと
▶参考情報:懲戒解雇については以下の記事でくわしく解説しています。あわせてご覧ください。
(3)整理解雇の要件
整理解雇とは、経営状況の悪化や事業縮小等にともない人員を削減する必要がある際に時に行われる解雇のことをいいます。
整理解雇の有効性判断にあたっては、以下の4つの要素が考慮されます。
1,整理解雇の4要素
- 1.客観的にみて人員を削減する業務上の必要性があること
- 2.解雇を回避するために努力をしたこと(配置転換による余剰人員吸収の努力や希望退職者の募集等)
- 3.解雇の対象とする従業員の選定基準に合理性があること
- 4.従業員や労働組合との間で十分な協議、交渉をしたこと
▶参考情報:整理解雇については以下で詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
4,障害がある従業員を解雇する時の注意点
前章の「 3,解雇の要件と判断基準」で説明したとおり、解雇には一定の要件があり、障害のある従業員であっても、解雇の要件を満たしていれば、解雇が有効と認められます。
障害者の解雇についても、まずは、上記の解雇の一般論をおさえておくことが必要です。そのうえで、以下では、障害のある従業員を解雇する場合において、特に会社が注意すべき点について解説します。
(1)会社が合理的な配慮をしたかどうか
企業には、障害のある労働者の能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えること及び適正な雇用管理を行い雇用の安定を図るように努めることが義務付けられています(障害者雇用促進法第5条)
そして、障害者と障害者でない人との待遇差の解消や障害者が能力を有効に発揮するための合理的な配慮を提供する義務があります(障害者雇用促進法第36条の3)。
この合理的配慮とは、障害の特性に配慮した施設の整備や、障害者の援助を行う者(ジョブコーチなど)の配置等のことをいいます。また、障害のある従業員について、通院の必要や体調に配慮することや、車いすでの作業が可能になるように机の高さを調節するなどの措置をとること等も合理的配慮の典型例です。
このような障害のある従業員が能力を発揮するための措置や、職務上の支障を解消するための措置を行うことなく障害者を解雇した場合は、不当解雇と判断される可能性があります。
▶参考情報:障害者雇用促進法第5条、第36条の3
第五条 すべて事業主は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであつて、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない。
第三十六条の三 事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。
障害のある従業員についてどのような「合理的配慮」が求められるかという点については、以下の「合理的配慮指針」を参照する必要があります。
▶参考情報:厚生労働省「合理的配慮指針」(pdf)はこちら
(2)障害の特性を理解したうえで適切な注意や指導を行ったか
従業員の問題行動や能力不足等を理由として解雇したいと考える場合、重要になるのが、会社が適切な注意や指導を行い、従業員に改善の機会を与えていたかどうかという点です。単に、従業員に問題行動があったり、能力不足であるというだけでは、解雇は有効と認められないことが通常です。
会社側が十分な注意や指導を行い、改善の機会を与えたが、それでも改善の見込みがない場合に、初めて正当な解雇理由があるといえるのです。
これらの点は一般の従業員の解雇においても同じですが、特に、精神障害がある従業員の場合等では、障害の特性を理解し、従業員に適した方法で指導や注意を行う必要があります。
参考裁判例:
京都地方裁判所判決 平成28年3月29日
裁判例においても、例えばアスペルガー症候群との診断を受けていた教員の解雇について、「一般的には特段の指導がなくても問題があると認識し得る行為であっても、アスペルガー症候群に由来して当然にその問題意識を理解できているものではないという特殊な前提が存在する」旨を判示したうえで、この点を踏まえた指導ないし指摘がされておらず、改善の機会が与えられていないとして解雇を無効とした例があります(京都地方裁判所判決平成28年3月29日)。
(3)配置可能な業務があるか検討したか
障害のある従業員は、障害によってできる業務が限られていたり、障害のない従業員に比べて作業に時間がかかるというケースが少なくありません。
その場合も、障害があることを踏まえて雇用した従業員については、障害による業務への支障は折り込み済みの雇用契約であり、障害から通常予想される業務への支障は解雇事由にはならないと考える必要があります。
一方で、入社後に障害を負ったというケースでは、障害を踏まえた雇用契約というわけではないため、当初の雇用契約の内容から予定された業務を履行できない場合は、解雇事由になり得ます。ただし、その場合も、最高裁判例において、職種等を限定せずに採用された従業員については、「就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」とされていることに注意が必要です(最高裁判決平成10年4月9日片山組事件)。
つまり、障害によって、現在担当している業務ができなくなったとしても、本人が本人の能力や経験等に照らして現実的に配置される可能性がある別の業務での就業を申し出ていて、その業務であれば就業できる場合は、配置転換したうえで就業を認める必要があるとされています。
この点については、例えば以下の裁判例が参考になります。
参考裁判例:
大阪地方裁判所岸和田支部決定昭和62年12月10日(宮崎鉄工事件)
脳内出血で左半身に麻痺が残った機械組立工を、傷病等のため将来業務に耐えられないとして解雇したことについて、解雇無効と判断した事例です。
裁判所は、原職に復帰することが困難であるとしても、他の職種に配置換えをすれば復職が可能である場合は、解雇事由には該当しない旨を判示し、「まず軽作業に従事させて様子をみるなどある程度時間をかけて、適切な職場配置を検討するべき」だったとしています。
この事案からもわかるように、職種を限定せずに雇用した場合は、障害の内容や程度を考慮し、負荷が少ない職種や障害による支障が生じにくい部署への配置換えができないかを検討する必要があり、それをしないで解雇することは不当解雇とされる危険があります。
(4)合理的配慮に関する相談を理由とする解雇の禁止
企業には、障害者と障害者でない人との待遇差の解消や、障害者が能力を有効に発揮するための合理的な配慮の提供のために、障害のある従業員からの相談に応じる義務があります(障害者雇用促進法第36条の4第2項)。
障害者が会社に対する合理的配慮を求めたこと、あるいは、合理的配慮に関する相談をしたことを理由に解雇することは法律で禁止されています(下記の障害者雇用促進法に基づく「合理的配慮指針」第6の4)。
▶参考情報:障害者雇用促進法第36条の4
第三十六条の四 事業主は、前二条に規定する措置を講ずるに当たつては、障害者の意向を十分に尊重しなければならない。
2 事業主は、前条に規定する措置に関し、その雇用する障害者である労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
(5)虐待の通報・届出を理由とする解雇の禁止
障害者が雇用主から障害者虐待を受けた場合、障害者は、市町村または都道府県に虐待を受けたことを届け出ることができます(障害者虐待防止法第22条第2項)。
そして、障害者が届出をしたことを理由に、解雇等の不利益な取扱いをすることは禁止されています(障害者虐待防止法第22条第4項)。
▶参考情報:障害者虐待防止法第22条
第二十二条 使用者による障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに、これを市町村又は都道府県に通報しなければならない。
2 使用者による障害者虐待を受けた障害者は、その旨を市町村又は都道府県に届け出ることができる。
3 刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通報(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。次項において同じ。)をすることを妨げるものと解釈してはならない。
4 労働者は、第一項の規定による通報又は第二項の規定による届出(虚偽であるもの及び過失によるものを除く。)をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを受けない。
(6)障害の原因が労災である場合は解雇制限に注意
業務災害によって負傷した従業員の解雇には、一定の制限が設けられています。
従業員が業務災害によって、負傷したり、病気になったりした場合、その療養のための休業期間中およびその後30日間は解雇することができません(労働基準法第19条1項)。
障害の原因が業務中の事故等である場合は、この解雇制限に注意する必要があります。
▶参考情報:解雇制限については、以下で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。
5,障害者の解雇に関する事例
以下では、解雇が有効と判断されたケースと無効と判断されたケースに分けて、障害者の解雇に関する裁判例を紹介します。
(1)解雇を有効と判断した裁判例
まず、障害者の解雇を有効と判断した裁判例をご紹介します。
1,会社の配慮をもってしても勤務が不可能であるとして解雇を有効と判断した事例
東京高等裁判所判決令和2年12月24日
タクシー乗務員が、業務上の交通事故による後遺障害のためタクシー乗務員として勤務することができなくなり、会社が、配車センターへの配置換え、短時間のパート職員への変更を条件に復職を認めたところ、従業員がリハビリ出勤を拒否したため、解雇した事例です。
この事案において、会社は、配車センターへ配置換えをしてリハビリ出勤の機会の提供する、昇降テーブルの使用を認める、通院日と勤務日が重ならないようにする、勤務回数を当初の予定よりも減らす等の配慮をしていました。
裁判所は、従業員の勤務にあたり、会社が相応の配慮をしたことを認め、このような配慮をもってしても身体の障害により業務に耐えられないことや、従業員がリハビリ出勤を拒否し欠勤を続けたことは、解雇事由に該当するとして解雇を有効と判断しています。
この事案で、従業員は、リハビリ出勤ができなかったことは会社が障害に対する配慮を欠いたことが原因であると主張しましたが、裁判所は相応の配慮はしていたと認めたうえで、本件は障害を前提として採用された事案ではないことから、身体の障害により正社員としての業務ができないことは解雇事由にあたると判断しています。
2,障害者雇用の従業員に対する勤務成績不良等による解雇を有効と判断した事例
富士ゼロックス事件(東京地方裁判所判決 平成26年3月14日)
直腸障害等の身体障害があり、障害者雇用の求人に応募して採用された従業員が、無断欠勤や遅刻、書類の提出遅延や不備、業務中の居眠り、勤務中の私用電話等の問題行為があり、業務においてもミスを繰り返したことに対し、会社が複数回の研修を実施し、問題が発生する度に注意・指導を行ったが改善する様子がなかったため、勤務成績不良等を理由として解雇した事例です。
裁判所は、従業員について、服務上、能力上の問題を生じていたこと、これに対して会社が研修や注意・指導等を行っても問題が改善しない状況であり、就業規則で定める「仕事の能力もしくは勤務成績が著しく劣り、または著しく職務に怠慢があったもの」という解雇事由に該当するとして、解雇を有効と判断しました。
この事案では、障害者雇用されたものの、障害による就業への支障は大きくなかったと思われる事案であり、勤務成績不良や問題行動による解雇について、通常の従業員と同様に解雇の有効性判断がされている事案ということができます。
3,精神障害のある有期雇用社員についてミスの繰り返しや隠ぺいを理由とする雇止めを有効と判断した事例
東京高等裁判所判決 平成22年5月27日(藍澤證券事件)
障害者雇用の求人に応じて契約社員として雇用されていたうつ病による精神障害のある従業員が、業務でミスを繰り返し、再三にわたって指導をしても改善せず、ミスを隠匿したこと等を理由に雇用契約を更新されなかったことについて、雇用の継続を求めた事例です。
裁判所は、会社が、従業員の病状に配慮して比較的簡易な事務に従事させ、指導担当者をつけて具体的な指導にあたらせたり、本人の希望をきいて定時に帰宅させたりする等の配慮をして、適正な雇用管理をしていた一方で、従業員が業務においてミスを繰り返し、指導担当者が具体的な指導を行っても改善しなかっただけでなく、自分のミスを隠しており、雇止めには合理的な理由があると判断しました。
この事案では、指導担当者もうつ病についてのレクチャーを受け、自らも知識を深めて、指導方法を工夫していたことが認定されており、この点も雇止めを有効と判断した理由の1つとしてあげられています。
(2)解雇を無効と判断した裁判例
次に、障害者の解雇を無効と判断した裁判例をご紹介します。
1,アスペルガー症候群のある教員に対する解雇を無効と判断した事例
京都地方裁判所判決平成28年3月29日
大学の准教授として勤務していたアスペルガー症候群のある教員について、生協職員に土下座をさせたり、生徒とトラブルを起こしたり、精神科の受診のために赴いた大学附属病院でリストカットに及ぶなどの問題が続いたため、大学が教員を解雇した事例です。
裁判所は、一般的には問題があると認識し得る行為でも、アスペルガー症候群に由来してその問題意識を理解できないという特殊な前提が存在するから、解雇前に指導を行い、改善の機会を与える必要があると指摘し、本件においては、解雇の前に大学から教員に対する指導や指摘が行われていないうえ、大学の教員に対する配慮が大学側の限界を超えていたとはいえない等として、解雇を無効と判断しました。
この事案は、障害を認識したうえでの採用ではなかった事案ですが、裁判所は、解雇前に検討すべきだった措置として、「必要な配慮についての主治医への問い合わせ」や「アスペルガー症候群の労働者に適すると一般的に指摘されているジョブコーチ等の支援」をあげており、解雇を検討する段階で参考にすべき判示がされています。
2,身体障害を前提に採用された従業員に対する作業速度が遅いことなどを理由とする解雇を無効と判断した事例
東京地方裁判所判決平成28年5月18日
脳梗塞の後遺症により半身麻痺のある者を採用したが、担当業務として予定していた作業や業務ができない、または作業の速度が遅いこと等を理由に解雇した事例です。
裁判所は、採用面接の際に従業員の身体に相当な不自由があることは明らかであったのに、予定している作業を行わせてみるなどの行動に出ないまま採用を決定したことからすれば、行える作業等に一定の制限があることを了承した上で採用したと理解するのが相当であるので、当初予定していた作業ができないことを理由とする解雇は無効であると判断し、雇用の継続と解雇後の給与の支払いを命じました。
裁判所は、会社が身体に相当な不自由があることを承知してこの従業員を採用したことを指摘して、そうである以上、文字を書くことに相当な困難がある、パソコンを使用した場合も作業の速度が相当に遅いなどの事情があるとしても、そうした事情のみで解雇する客観的に合理的な理由があるとはいえないと判示しています。
3,私傷病が悪化し従前の仕事に戻れない従業員に対する解雇を無効と判断した事例
中川工業事件(大阪地方裁判所決定 平成14年4月10日)
私傷病の悪化により右手指の機能障害等と診断された従業員に対し、会社が、従前と同じ業務を行うことは困難であるとして解雇した事例です。
裁判所は、医師から入院加療が必要と診断されている従業員に対して休職を命じることもなく、今後の就労について配置可能な業務があるかを検討することなく解雇を行っており、本件解雇には合理的な理由がなく解雇権の濫用であるとして解雇無効と判断しました。
なお、この事案では、会社は従業員に対して、同じ代表取締役が経営する別会社での単純作業を提案していましたが、業務内容や雇用形態について説明をしていなかったことから、会社が従業員に対して就労可能な業務を提供したとは言えないと指摘しています。
この裁判例は、前述の片山組事件最高裁判決の判示を踏まえた判断をしていますが、使用者側からも配置可能な業務を提案していたものの、それについての説明等が不十分であると評価され、会社が従業員に対して就労可能な業務を提供したとは言えないと評価されている点が注目されます。
6,【補足】新型コロナウイルス感染症の後遺症を理由とする解雇について
新型コロナウイルス感染症の後遺症で十分に業務をこなせない場合も、解雇を検討せざるを得ないことがあるでしょう。
その場合、労働基準法19条で、業務上の病気や怪我については、その治療のために休業する機関とその後30日間は解雇が禁止されることに注意してください。従業員が業務によって新型コロナウイルス感染症に罹患した場合は、その後遺症も含めて治療のために休業中の期間とその後30日間は、解雇が禁止されると考えるべきでしょう。医療機関において発熱者の対応をした職員が感染した場合や、一般企業においても接客対応を要する部署内でクラスターが発生して感染した場合等は、この点に注意すべきです。
一方、特に感染の危険の高いとはいえない業種、職種においては、仮に職場内でクラスターが発生し、新型コロナウイルス感染症の労災認定の基準を満たしていても、感染は業務に起因する危険によるものではないことから、上記の解雇禁止は適用されないと考える余地もあります。
▶参考情報:労働基準法に基づく解雇制限については以下で詳しく解説していますのでご参照ください。
これに対し、従業員が業務と無関係に感染した場合は、まずは、休職命令を出して私傷病休職制度を適用し、就業規則で定められた休職期間を満了しても復職ができない場合は、自動退職として雇用を終了することが通常の流れになります。この場合、復職できるかどうかの判断にあたっては、前述の片山組事件最高裁判決を踏まえ、後遺症によって、休職前に担当していた業務ができなくなったとしても、本人が本人の能力や経験等に照らして現実的に配置される可能性がある別の業務での就業を申し出ていて、その業務であれば就業できる場合は、復職を認める必要があることに注意してください。
▶参考情報:私傷病休職制度については以下で詳しく解説していますのでご参照ください。
7,解雇した場合のペナルティ
障害者を解雇した場合、企業は何らかのペナルティを受けるのでしょうか?
この点については、解雇そのものについてのペナルティはありませんが、解雇の結果、法律で決められている障害者の雇用率を下回った場合、障害者雇用納付金を徴収されることがあります。
「43.5人」以上の従業員を雇用している事業主は、障害者を1人以上雇用することが義務付けられています(障害者雇用促進法第43条第1項)。これを障害者雇用率制度といいます。
この障害者雇用率を達成していない場合、不足1人あたり月額5万円の障害者雇用納付金が徴収されます。
現時点では、雇用納付金の徴収対象となるのは、常用労働者が100人を超える企業のみであり、常用労働者が100人未満の中小企業は徴収対象外です。ただし、常用労働者が100人以下の企業も、法定雇用率を下回った場合は、ハローワークからの行政指導の対象となるので注意が必要です。
特に、雇用している障害者の人数が法定雇用率ギリギリの企業では、障害者を解雇することによって法定雇用率を下回ってしまう可能性があります。解雇によって法定雇用率が未達成となってしまう企業は、解雇した従業員の代わりに、新たに障害者を採用する等して障害者雇用率を達成するか、障害者雇用納付金を負担する必要があります。
▶参考情報:障害者雇用促進法第43条第1項
第四十三条 事業主(常時雇用する労働者(以下単に「労働者」という。)を雇用する事業主をいい、国及び地方公共団体を除く。次章及び第八十一条の二を除き、以下同じ。)は、厚生労働省令で定める雇用関係の変動がある場合には、その雇用する対象障害者である労働者の数が、その雇用する労働者の数に障害者雇用率を乗じて得た数(その数に一人未満の端数があるときは、その端数は、切り捨てる。第四十六条第一項において「法定雇用障害者数」という。)以上であるようにしなければならない。
・出典:障害者の雇用の促進等に関する法律
▶参考情報:障害者雇用納付金制度については、以下の記事もご参照ください。
8,解雇した場合の会社のリスク
障害者に限りませんが、従業員を解雇した場合に会社に生じるリスクとして、以下のものがあります。
- 解雇の撤回を求めて訴訟や労働審判を起こされることがある
- 従業員が労働組合に加入して団体交渉を申し入れ、解雇の撤回を求めてくることがある
- 不当解雇であるとして訴訟を起こされ、敗訴した場合、多額の金銭の支払いが必要になる
解雇は、従業員の同意なく、会社からの一方的な通知によって雇用契約を終了させるため、従業員としては納得がいかないと感じることが多く、トラブルに発展しやすいものです。また、障害者の解雇に特有の点として、障害者差別の解雇だという非難を受けることがあることにも注意すべきでしょう。
訴訟や労働審判、団体交渉に発展した場合、これらの対応のために、金銭的に労力的にも大きな負担がかかることになります。
また、裁判で不当解雇と判断された場合、解雇は無効となり、会社は従業員を復職させ、解雇期間中の給与をさかのぼって支払わなければならなくなります。1000万円を超える金額の支払いを命じられるケースも珍しくなく、会社は大きなダメージを受けることになります。
▶参考情報:不当解雇と判断された場合のリスクについては、以下で詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
9,障害者を解雇した場合は届出が必要
障害者を解雇した場合、会社は、その旨を、以下の障害者解雇届で、ハローワークへ届け出ることが義務付けられています(障害者雇用促進法第81条第1項)。
届出に必要な「障害者解雇届」の書式は以下をご参照ください。
障害者解雇届には、以下の内容を記載します。
- 解雇した障害者の氏名、住所、生年月日、雇用保険被保険者番号等
- 解雇年月日及び解雇理由
- 障害の種類や障害の程度
この届出は、障害のある従業員に解雇を通知した後すみやかに管轄のハローワークへ提出します。フルタイムで勤務している障害者だけでなく、週所定労働時間が20時間未満の障害者を解雇する場合も提出が必要です。
例外として、解雇の理由が以下の場合は提出しなくてもよいことになっています。
- 労働者の重大かつ悪質な故意または過失によるものである場合
- 震災や火災といった突発的な出来事で事業の継続が不可能となった場合
一般の求職者に比べて障害者の再就職は困難であることが多いため、ハローワークが障害者の再就職の支援を行うために、このような届出が義務付けられています。
▶参考情報:障害者雇用促進法第81条第1項
第八十一条 事業主は、障害者である労働者を解雇する場合(労働者の責めに帰すべき理由により解雇する場合その他厚生労働省令で定める場合を除く。)には、厚生労働省令で定めるところにより、その旨を公共職業安定所長に届け出なければならない。
10,助成金が受け取れなくなる可能性がある
もう1つ注意しておきたいのが、障害者の解雇かどうかにかかわらず、従業員を解雇した場合、解雇によって助成金を受け取ることができなくなる可能性があるということです。
事業主が受給できる雇用関連の助成金には、それぞれ受給のための条件があり、多くの助成金で、「会社都合による解雇等をしていないこと」という条件が設けられています。
例えば、障害者や高齢者を雇用した時に受け取ることができる特定求職者雇用開発助成金では、「対象労働者の雇入れ日の前後6ヶ月間に事業主の都合による従業員の解雇をしていないこと」が、受給の条件になっています。そのため、従業員を解雇した日の前後6ヶ月間は助成金を受けることができなくなり、既に支給されている助成金があれば、助成金の返還を求められる場合もあります。
▶参考情報:特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)の助成内容や支給要件について詳しくは以下の厚生労働省のホームページもご参照ください。
助成金を受給しているあるいは申請を検討している企業は、解雇によって、助成金の支給制限にかかる可能性を考慮しておく必要があります。
11,障害者を解雇した場合の失業保険の扱い
失業保険とは、労働者が失業した時に支給される手当のことです。一般的に失業保険と呼ばれていますが、正式名称ではなく、正式には雇用保険といいます。
障害者が解雇等により失業した場合も失業保険を受給することができ、一定の条件を満たす障害者は「就職困難者」として、一般の受給者と比べて有利な条件で受給することができます。
就職困難者に該当するのは、障害者手帳(身体障害者手帳、精神障害者保険福祉手帳、療育手帳)の交付を受けている障害者です。統合失調症・躁うつ病・てんかんの場合は、障害者手帳の交付を受けていなくても、医師の診断書によって対象となる場合があります。
就職困難者の場合は、失業保険の受給において、以下のような優遇措置があります。
- 1.雇用保険の加入期間が離職前の1年間で6ヶ月以上あれば受給できる(一般の受給者は離職前の2年間で12ヵ月以上)
- 2.一般の受給者よりも長い期間受給することができる
- 3.失業保険の給付要件である求職活動実績が、通常は2回以上必要なところ、就職困難者の場合は1回以上で受給できる
- 4.常用就職支度手当(就職が決まった時に支給される一時金)が受給できる
12,障害者の解雇について弁護士へ相談したい方はこちら
咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場で、解雇に関するトラブルについてご相談をお受けしております。
咲くやこの花法律事務所の弁護士によるサポート内容をご紹介します。
(1)障害者の解雇に関するご相談
障害者の解雇が有効と認められるためには、通常の解雇の要件に加え、会社が症状や障害の程度に配慮し、適切な指導を行い、能力に見合った業務に従事させる等の適正な雇用管理をしていることが重要なポイントになります。逆にこれらの要件を満たさないのに解雇した場合、後日解雇が無効と判断されて、復職させることや多額の金銭の支払いを余儀なくされ、問題の解決になりません。
しかし、実際にどこまで対応すれば、障害者に対して十分な配慮をしたといえるのかは、障害の内容や程度、職種、業務内容等によって左右されるため、自社で判断することは簡単ではありません。そのため、弁護士に相談のうえ、過去の裁判例や現時点の証拠関係も踏まえて、もし裁判になった時にどのように判断されるかという視点で、適切な配慮の方法や解雇の妥当性について検討することが必要です。
弁護士にご相談いただきながら対応することで、解雇後に訴訟トラブル等に発展することを防いだり、裁判で不当解雇と判断されてしまうリスクを減らすことができます。
咲くやこの花法律事務所では、障害者の解雇についての事前のご相談、または解雇後のトラブルへの対応のご相談を企業の経営者、人事担当者からお受けしています。早めの相談が良い解決の鍵になることも多いため、早めのご相談をおすすめします。
咲くやこの花法律事務所の労働問題に強い弁護士への相談費用
- 初回相談料:30分5000円+税
(2)顧問弁護士サービスのご案内
咲くやこの花法律事務所では、解雇トラブルの対応や予防はもちろん、企業の労務管理全般をサポートするための顧問弁護士サービスを提供しております。
解雇のようなトラブルに発展しやすい処分は、解雇の有効性や手続きの進め方等を事前に弁護士にご相談いただき、専門的な助言を受けて対応することが重要です。また、日頃からこまめに顧問弁護士に相談いただき、社内の労務管理を整備していくことで、トラブルの発生を予防することができます。
咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場で数多くの事案に対応してきた経験豊富な弁護士が、トラブルの予防、そしてトラブルが発生してしまった場合の早期解決に尽力します。
咲くやこの花法律事務所の顧問弁護士サービスのご案内は以下をご参照ください。
13,まとめ
この記事では、どのような場合に障害者の解雇が認められるのかや、障害者を解雇する際に注意するべきポイント等について解説しました。
解雇には、普通解雇、懲戒解雇、整理解雇の3つの種類があり、それぞれの解雇の要件を満たしている必要があります。
そして、特にミスが多い、作業が遅いといった能力面を理由に障害者を解雇する場合は、会社が障害を知って採用したのかどうかによって判断基準が異なってきます。
会社が障害を知ったうえで採用している場合は、障害を前提とした雇用契約であるという判断になるため、障害を原因とする業務への支障を理由とする解雇は通常認められないと考える必要があります(東京地方裁判所判決 平成28年5月18日等)。解雇が有効とされるのは、「1.従業員の問題点が障害とは無関係な内容である場合」や、「2.会社が障害に配慮して業務を選択し、かつ配慮された指導を行ったうえでもなお就業が困難な場合」等に限られます。
一方、入社後に障害を負ったという場合は、通常の従業員としての業務能力が雇用契約の前提となっているということができます。しかし、その場合でも、業務を特定せずに採用された従業員については、現在の担当業務をこなせない場合でも配置可能な他の業務の有無を検討する必要があることに留意しなければなりません(中川工業事件等)。
障害者の解雇は、訴訟や労働審判、団体交渉に発展したり、裁判で不当解雇と判断された場合に多額の金銭の支払いを命じられる可能性がある等、会社にとってリスクが大きい場面です。解雇にともなうリスク軽減のためにも、解雇の前に弁護士へご相談いただくことをおすすめします。
14,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
懲戒解雇に関するご相談は、下記から気軽にお問い合わせください。今すぐのお問い合わせは以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
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記事作成日:2023年8月1日
記事作成弁護士:西川 暢春