労働審判を起こされ、答弁書の書き方がわからずにお困りではないでしょうか?
労働審判制度は、「第1回期日で、概ね、解決案の内容が決まる」という、非常にスピーディーな手続です。
企業側が第1回期日の前に出すのは、通常は、答弁書だけですので、答弁書は、その内容次第で流れが決まる非常に重要なものです。
今回は、労働審判の答弁書の書き方について、よくある労働審判のケースごとに解説します。この記事を最後まで読んでいただくことで、労働審判の答弁書作成の具体的なポイントと提出方法、注意点などについて理解し、自信をもって労働審判に対応していくことができるはずです。
それでは見ていきましょう。
労働審判の答弁書の作成には、反論のポイントを見極める実務的なノウハウやそれに伴う証拠の準備、労働法・労働判例の十分な理解が必須です。作成は弁護士に依頼しましょう。提出期限までに十分な準備をするためにはできる限り早く弁護士に相談して答弁書の作成を依頼してください。
労働審判の対応を弁護士に相談すべきかどうかや、弁護士費用についてなどは、以下の参考記事で詳しく解説していますので、ご参照ください。
▶参考記事:労働審判は弁護士に相談すべき?費用はどのくらい必要?相場などを解説
咲くやこの花法律事務所でも企業側での労働審判対応のご相談をお受けしていますのでお困りの際はご相談ください。咲くやこの花法律事務所の労働問題・労務トラブルに強い弁護士への相談サービスの内容は以下をご参照ください。
▶参考情報:労働問題に強い弁護士への相談サービスはこちら
また、労働審判に関する咲くやこの花法律事務所の解決実績なども以下でご紹介していますのであわせてご参照ください。
▼【関連情報】労働審判を起こされた場合に関わる情報は、こちらも合わせて確認してください。
・労働審判で会社が受けるダメージとは?会社側に不利?わかりやすく解説
▼労働審判の会社側対応について今スグ相談したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,労働審判の答弁書とは?
労働審判の答弁書とは、労働審判申立書に対する反論の書面です。労働審判の大半は労働者側が申し立てますので、事業者側が答弁書を提出することが通常です。「申立ての趣旨に対する答弁」「申立書に記載された事実に対する認否」「答弁を理由づける具体的な事実」「予想される争点及び争点に関連する重要な事実」「申立てに至る経緯の概要」等を記載します。
短期間の3回以内の期日で紛争解決を目指す手続である労働審判では、通常の訴訟とは異なり、事業者側からの書面での主張は答弁書での主張のみとなることが多いです。従って、充実した答弁書を作成することは事業者側にとって非常に重要です。
労働審判では、裁判官1名と労働関係の専門的な知識経験を有する労働審判員2名の合計3名で構成する労働審判委員会によって事件が審理されます。裁判所に答弁書を提出すると、担当裁判官だけでなく、2名の労働審判員にも事前に送付され、労働審判員らは答弁書の内容を確認したうえで、労働審判の期日に臨むことになります。
▶参考:労働審判の制度内容や流れについてなど全般的な解説は以下の参考記事をご参照ください。
2,労働審判の答弁書作成のポイント
今回の記事では、以下の5つのケースごとに「労働審判の答弁書の作成のポイント」についてご説明したいと思います。
- 未払い残業代トラブルのケース
- 不当解雇トラブルのケース
- 契約社員の雇止めトラブルのケース
- セクハラ(セクシャルハラスメント)トラブルのケース
- パワハラ(パワーハラスメント)トラブルのケース
以下で順番にみていきましょう。
(1)未払い残業代トラブルのケースの答弁書作成方法
まず、「未払い残業代トラブルに関する労働審判のケース」に関する答弁書作成のポイントについてご説明します。
残業代請求トラブルにおける答弁書作成のポイントは、以下の通りです。
- ポイント1:何が請求されているかを正確に把握する
- ポイント2:未払い残業代に関する反論のポイント
- ポイント3:付加金請求に関する反論のポイント
- ポイント4:遅延損害金に関する反論のポイント
以下で順番に内容を見ていきましょう。
ポイント1:
何が請求されているかを正確に把握する
労働審判の答弁書は「従業員側の請求に対する反論」として作成するものです。そのため、まずは従業員が何を請求しているのかを正確に把握しましょう。
未払い残業代トラブルの労働審判で請求されることが多いのは、「未払い残業代」、「付加金」、「遅延損害金」の3つです。
このうち、どれが請求されているかは、労働審判手続申立書に「申立ての趣旨」として記載されていますので、まずは、「申立ての趣旨」を確認して、何が請求されているのかを正確に把握することが必要です。
ポイント2:
未払い残業代に関する反論のポイント
未払い残業代に関する反論の方法は、ケースによってさまざまですが、主なものは以下のとおりです。
- 反論方法1:従業員が主張している労働時間に誤りがある。
- 反論方法2:残業を禁止していた。
- 反論方法3:管理監督者であり、残業代が発生しない。
- 反論方法4:固定残業手当により残業代は支払い済みである。
- 反論方法5:残業代について消滅時効が完成している。
これらの反論内容については、以下の記事で詳細を解説していますので、合わせて参照してください。
ポイント3:
付加金請求に関する反論のポイント
付加金制度は、残業代を含む賃金の未払いについて、未払い額とは別に裁判所が制裁金の支払いを命じることができる制度です。労働基準法上、未払いの賃金額と同額までを限度として、裁判所は企業に対して付加金の支払いを命じることができるとされています。
労働審判でも従業員側から付加金が請求されることがありますが、ここでポイントとなるのは、労働基準法114条で、付加金の支払いを命じることができるのは、「裁判所」であるとされている点です。
労働審判は、場所は裁判所で行われますが、厳密には裁判官だけでなく労働審判員も加わった「労働審判委員会」が行うものです。
そのため、この「労働審判委員会」は厳密な意味での「裁判所」にあたらず、付加金の支払いを命じることはできませんので、その旨を指摘することが付加金請求に対する反論のポイントとなります。
▶参考:労働基準法114条
第百十四条 裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から五年以内にしなければならない。
・参照元:「労働基準法」の条文はこちら
ポイント4:
遅延損害金に関する反論のポイント
「遅延損害金」とは、本来残業代を支払うべき日に支払わなかったことによる損害の賠償として法律上支払いを義務付けられている金銭です。
未払い残業代については、原則として以下の利率による遅延損害金を支払う必要があります。
- 1,本来残業代を支払うべき日の翌日から退職日までの期間については、年6%の遅延損害金
- 2,退職日の翌日以降の期間については年14.6%の遅延損害金
ただし、このうち、「2,退職日の翌日以降の期間については年14.6%の遅延損害金」の支払いについては、「未払い残業代の額について合理的な理由により裁判所で争っている場合」については、適用されません。
そのため、退職日以降の年14.6%の遅延損害金の支払いについては、「仮に未払い残業代があるとしても、その額について合理的な理由により裁判所で争っている」ことを理由に、14.6%の遅延損害金の適用外であることを主張することが反論のポイントとなります。
未払い残業代トラブルのケースの答弁書作成のポイントとして以上の4つをおさえておきましょう。
(2)不当解雇トラブルのケースの答弁書作成方法
次に、「不当解雇トラブルに関する労働審判のケース」に関する答弁書作成のポイントについても見ていきたいと思います。
不当解雇トラブルにおける答弁書作成のポイントは、以下の点をおさえておきましょう。
- ポイント1:何が請求されているかを正確に把握する
- ポイント2:復職請求に関する反論のポイント
- ポイント3:バックペイの請求に関する反論のポイント
- ポイント4:慰謝料請求に関する反論のポイント
以下で順番に内容を見ていきましょう。
▶【参考動画】西川弁護士が「解雇の労働審判!会社側の反論を弁護士が解説【前編】」と「解雇の労働審判!会社側の反論方法を弁護士が解説【後編】」を詳しく解説しています。
ポイント1:
何が請求されているかを正確に把握する
従業員側の請求に対する反論の答弁書を作るためには、まず、従業員が何を請求しているのかを正確に把握しておく必要があります。
不当解雇トラブルの労働審判では、一般的に、「復職請求」、「バックペイの請求」、「慰謝料請求」の3つのうち、1つまたは複数が請求されることがほとんどです。
この3つのうち、どれが請求されているかは、労働審判手続申立書に「申立ての趣旨」として記載されていますので、まずは、「申立ての趣旨」を確認して、何が請求されているのかを正確に把握することが必要です。
ポイント2:
復職請求に関する反論のポイント
復職請求とは、「解雇は不当で無効なので、現在も従業員であることの確認を求める」という請求です。
復職請求に対する反論としては、「解雇は正当である」という解雇の正当性に関する主張が必要になります。解雇の正当性について主張すべき内容は、ケースバイケースとなりますが、主なケースごとのポイントは以下の通りです。
1,能力不足による解雇の場合
「能力不足」の事実として、過去の具体的なミスの内容や成績不良の事実と、それに対して会社が再三指導しても改善されなかった事実を主張することがポイントとなります。
▶参考情報:なお、能力不足の従業員を解雇する際は、解雇前の注意点があります。以下で詳しく解説していますのでチェックしておいて下さい。
2,協調性欠如による解雇の場合
「協調性欠如」の事実として、過去の同僚、上司、部下とのトラブルの具体的な内容と、それに対して会社が再三指導しても改善されなかった事実を主張することがポイントとなります。
▶参考情報:なお、協調性欠如による解雇する際は、こちらも解雇前の注意点があります。以下で詳しく解説していますのでチェックしておいて下さい。
3,従業員の横領や不正による解雇の場合
本人が行った横領や不正行為の具体的内容を、証拠を挙げて主張することがポイントとなります。
4,病気を理由とする欠勤による解雇の場合
病気により就労不能であり、合理的な休職期間を経ても復職が困難であることを主張することがポイントとなります。
これらの「解雇の正当性について主張すべき内容」についておさえておきましょう。
ポイント3:
バックペイの請求に関する反論のポイント
バックペイの請求とは、「解雇は不当で無効なので、解雇により支払いがされなかった給与をさかのぼって支払うことを求める」という内容の請求です。「さかのぼって支払う」という意味で、「バックペイ」(back pay)と呼ばれます。
バックペイは不当解雇であることを前提とする請求ですので、これに対しても、解雇の正当性を主張して反論することが基本となります。
また、バックペイに関しては、仮に不当解雇であっても、他社に就職して給与を得ている場合は、その点を主張して減額を求めることができます。
そこで、万が一不当解雇と判断された場合に備えて、労働審判を申し立てた従業員が他社に就職してすでに給与を得ている場合は、その事実を主張することも重要なポイントとなります。
▶参考情報:バックペイについては、以下の参考記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
ポイント4:
慰謝料請求に関する反論のポイント
慰謝料請求とは、「不当解雇により被った精神的苦痛に対する賠償」を求めるものであり、バックペイとは別のものです。
この慰謝料請求も不当解雇であることを前提とする請求ですので、これに対しても、解雇の正当性を主張して反論することが基本となります。
また、慰謝料請求については、「万が一、不当解雇であるとしても慰謝料までは支払い義務がない」という主張も可能です。
例えば、東京地方裁判所平成18年9月29日判決は、「(解雇が不当解雇で無効であったとしても)不法行為を構成するかどうかはさらに慎重に検討を要するものである」としたうえで、「(解雇が)不法行為を構成するほど悪質であるとまでは評価できない」として慰謝料は認めていません。
そこで、万が一不当解雇と判断された場合に備えて、これらの判例も踏まえた反論もしておくことが必要です。
▶参考情報:不当解雇トラブルにおける損害賠償、慰謝料と裁判での会社の守り方については、以下を参考にして下さい。
不当解雇トラブルのケースの答弁書作成のポイントとして以上の4つをおさえておきましょう。
(3)契約社員の雇止めトラブルのケースの答弁書作成方法
続いて、「契約社員の雇止めトラブルのケース」に関する労働審判の答弁書作成のポイントについて見ていきたいと思います。
まず、「契約社員の雇止め(やといどめ)」とは、有期雇用契約で採用した契約社員について、会社が契約を更新せずに、雇用契約の期間満了により雇用を終了することを言います。雇止めについては以下の参考記事などで詳しく解説していますので、合わせてご覧ください。
そして、「契約社員の雇止めトラブル」とは、会社が契約社員に対して、雇用契約の期間満了により雇用の終了を通知した際に、契約社員が「雇止めは不当である」として、会社に雇止めの撤回等を求めて労働審判を起こすケースです。
この「契約社員の雇止めトラブルのケース」に関する労働審判の答弁書作成のポイントとしては、以下の点をおさえておきましょう。
- ポイント1:何が請求されているかを正確に把握する
- ポイント2:復職請求に対する反論のポイント
- ポイント3:バックペイの請求に対する反論のポイント
- ポイント4:正社員との待遇格差を理由とする賠償請求に対する反論のポイント
以下で順番に内容を見ていきましょう。
ポイント1:
何が請求されているかを正確に把握する
従業員側の請求に対する反論の答弁書を作るためには、まず、従業員が何を請求しているのかを正確に把握しておく必要があります。
契約社員の雇止めトラブルの労働審判では、一般的に、「復職請求」と「バックペイの請求」の2つが請求されることがほとんどです。
また、最近は、この2つに加えて、「正社員との待遇格差を理由とする賠償請求」がされることも増えてきました。
これら3つのうちどれが請求されているかは、労働審判手続申立書に「申立ての趣旨」や「申立ての理由」として記載されていますので、まずは、「申立ての趣旨」や「申立ての理由」を確認して、何が請求されているのかを正確に把握することが必要です。
以下では「復職請求」、「バックペイの請求」、「正社員との待遇格差を理由とする賠償請求」の3つについて、労働審判における具体的な反論内容を順番に見ていきます。
ポイント2:
復職請求に対する反論のポイント
まず、「復職請求に対する反論のポイント」です。「復職請求」とは、「雇止めは不当で無効なので、現在も従業員であることの確認を求める」という請求です。
この請求は「労働契約法第19条」という法律の条文を根拠とするものですので、反論にあたっては、労働契約法第19条をよく理解しておくことがまず必要です。
労働契約法第19条は、一定の場合に契約社員について、雇用契約の期間満了による雇止めを認めないというルールを定めています。
労働契約法第19条の内容は、以下の通りです。
▶参考情報:労働契約法第19条
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
・参照元:「労働契約法」の条文はこちら
このようにかなり複雑な条文ですが、労働契約法第19条を要約すると、「1,有期雇用契約が過去に反復して更新され、実質的に見て正社員と変わらない場合」や「2,雇用契約が更新されるものと契約社員が期待することについて合理的な理由があった場合」には、「3,合理的な理由のない雇止めを認めない」というルールを定めています。
そのため、「契約社員の雇止めトラブル」に関する労働審判において、復職請求がされた場合には、企業側としては以下の3点を反論する必要があります。
- 反論1:雇止めした契約社員との雇用契約が「実質的に見て正社員と変わらない場合」とはいえない。
- 反論2:雇用契約の更新について契約社員に期待をもたせるような事情はなかった。
- 反論3:雇止めについて合理的な理由がある。
以下ではこの3つの反論についてさらに具体的な内容を解説していきたいと思います。
反論1:
「実質的に見て正社員と変わらない場合」とはいえない。
前述のとおり、「有期雇用契約が過去に反復して更新され、実質的に見て正社員と変わらない場合」には、契約社員といっても実質的には正社員と同じであり、その場合、雇止めは、正社員の解雇と同じように、「合理的な理由がなければ違法」と判断されてしまいます。
そこで、雇止めトラブルにおける復職請求に対する反論としては、「実質的に見て正社員と変わらない場合とはいえないこと」を主張して反論する必要があります。
この反論にあたってポイントとなる主な点として以下の2点があげられます。
1.更新の手続に関する反論のポイント
雇用契約の更新の際に、面談などを行って、更新の可否や更新後の待遇を実質的に審査していることを主張して、「実質的に見て正社員と変わらない場合とはいえないこと」を主張しましょう。
また、次のような資料があれば労働審判に証拠として提出しましょう。
- 更新の際に雇用契約書を作り直している場合は、毎回の雇用契約書
- 更新の可否を判断する面談時のメモが残っている場合はそのメモ
これらの資料は、更新について実質的な審査をしていたことを示す有用な資料となります。
▶参考情報:契約社員の雇用契約書については以下を参考にご覧ください。
・契約社員の雇用契約書を作成する際の5つの重要ルール【雛形ダウンロード付】
2.仕事の内容に関する反論のポイント
正社員と契約社員の仕事内容が異なる場合は、「そもそも臨時の仕事のために採用されており、正社員とは業務内容が異なること」や「採用時も臨時の仕事のための採用であることを説明していること」を主張して、「実質的に見て正社員と変わらない場合とはいえないこと」を主張しましょう。
以上が、反論1の「雇止めした契約社員との雇用契約が実質的に見て正社員と変わらない場合とはいえない。」についての具体的な反論内容の骨子になります。
反論2:
更新について期待をもたせるような事情はなかった。
反論1に成功して、「実質的にみて正社員と変わらない場合にはあたらない」と判断されても、「雇用契約の更新について契約社員に期待をもたせるような事情があった。」と判断されれば、雇止めは、正社員の解雇と同じように、「合理的な理由がなければ違法」と判断されてしまいます。
そこで、雇止めトラブルにおける復職請求に対する反論としては、「雇用契約の更新について契約社員に期待をもたせるような事情はなかったこと」も主張していく必要があります。
そして、この点については、採用の際に採用担当者から「最初は契約社員だが1年間頑張れば正社員になれる」とか「1年契約だが特別な事情がなければ更新される」などと言われたことが「雇用契約の更新について契約社員に期待をもたせるような事情」の典型例になります。
そこで、採用担当者から採用時に上記のような雇用契約の更新を期待させるような発言をしてないかをヒアリングしたうえで、更新について期待を持たせるような発言がなかったことを主張して、労働審判で反論してくことが必要です。
反論3:
雇止めについて合理的な理由がある。
仮に上記の「反論1」あるいは「反論2」が通らずに、契約社員との雇用契約が「実質的に見て正社員と変わらない場合」あるいは「雇用契約の更新について契約社員に期待をもたせるような事情があった場合」にあたると判断されたとしても、「合理的な理由があれば雇止めは可能である」というのが裁判所の考え方です。
そこで、「反論1」あるいは「反論2」が通らなかった場合に備えて、雇止めが合理的な理由によるものであることも反論しておきましょう。
雇止めが合理的な理由によるものであることの主張の内容は、「(2)不当解雇トラブルのケースの答弁書作成方法」の中で「解雇の正当性について主張すべき内容の具体例」として挙げた内容と同じです。
具体的には雇止めの理由に応じて以下のような内容を主張していくことになります。
1,能力不足による雇止めの場合
「能力不足」の事実として、過去の具体的なミスの内容や成績不良の事実と、それに対して会社が再三指導しても改善されなかった事実を主張することがポイントとなります。
2,協調性欠如による雇止めの場合
「協調性欠如」の事実として、過去の同僚、上司、部下とのトラブルの具体的な内容と、それに対して会社が再三指導しても改善されなかった事実を主張することがポイントとなります。
3,従業員の横領や不正による雇止めの場合
本人が行った横領や不正行為の具体的内容を、証拠を挙げて主張することがポイントとなります。
4,病気を理由とする欠勤による雇止めの場合
病気により就労不能であり、合理的な休職期間を経ても復職が困難であることを主張することがポイントとなります。
このように雇止めの理由に応じて、その合理性や正当性を主張していくことが、反論3の「雇止めについて合理的な理由がある。」の具体的な反論内容になります。
ここまでは、「契約社員の雇止めトラブル」に関する答弁書作成のポイントのうち、復職請求に関する反論のポイントをご説明しました。「反論1」、「反論2」、「反論3」としてご説明した具体的な反論の内容をおさえておきましょう。
ポイント3:
バックペイの請求に対する反論のポイント
バックペイの請求とは、「雇止めは不当で無効なので、雇止めにより支払いがされなかった給与をさかのぼって支払うことを求める」という内容の請求です。
バックペイは「労働契約法第19条により雇止めが認められないケースであること」、つまり復職請求が認められるケースであることを前提とする請求ですので、まずは復職請求に対して緻密な反論を行うことが、バックペイの請求に対する反論にもなります。
その内容は先ほどの項目でご説明した通りです。
また、復職請求に対する反論と共通する部分とは別に、バックペイの請求に関する固有の反論内容もあります。
それは、バックペイの請求については、仮に不当な雇止めであって復職請求が認められるケースと判断されたとしても、契約社員が雇止めの後に他社でのアルバイトなどにより給与を得ている場合は、その点を主張して減額を求めることができる点です。
そこで、万が一「労働契約法第19条」により雇止めが認められないケースであると判断された場合に備えて、労働審判を申し立てた契約社員が雇止めの後に他社でのアルバイトなどにより給与を得ている場合は、その事実を主張することも重要なポイントとなります。
バックペイの請求に対する反論については、「復職請求に対して緻密な反論を行うことが、バックペイの請求に対する反論にもなること」、「労働審判を申し立てた契約社員が雇止めの後に他社でのアルバイトなどにより給与を得ている場合は、その事実を主張すること」の2点をおさえておきましょう。
ポイント4:
正社員との待遇格差を理由とする賠償請求に対する反論のポイント
正社員との待遇格差を理由とする賠償請求とは、雇止めになるまでの在職中の期間の契約社員としての労働条件について、正社員の労働条件と比べて格差があったことは不当であるとして、正社員との給与の差額等を請求するものです。
この請求は、パートタイム・有期雇用労働法第8条、第9条により、「同一労働同一賃金」のルールが定められていることに基づくものですので、反論にあたっては、これらの条文をよく理解しておくことが、まず、必要です。
パートタイム・有期雇用労働法第8条は、正社員と職務内容や人事異動の範囲等が同じ契約社員について、正社員と比較して差別的な賃金とすることを禁止するものです(「均等待遇原則」といいます)。
また、パートタイム・有期雇用労働法第9条は、正社員と職務内容や人事異動の範囲等が異なる契約社員について、正社員と比較して不合理な待遇差を設けることを禁止するものです(「均衡待遇原則」といいます)。
これらの条文は、やや複雑な内容ですが、次のようになっています。
▶参考情報:パートタイム・有期雇用労働法第8条
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
▶参考情報:パートタイム・有期雇用労働法第9条
事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
この同一労働同一賃金のルールは、契約社員であることを理由に不合理に低い労働条件を設定することを禁止したものですが、裏を返せば、有期雇用契約で採用した契約社員の労働条件と正社員の労働条件の間に格差がある場合も、その格差が、正社員と契約社員の間の「仕事の内容や責任の程度、配置転換の範囲等の違い」によるものであり、合理的なものであれば適法であるということです。
▶参考情報:同一労働同一賃金についての詳しい解説は、以下の記事を参考にご覧ください。
そのため、契約社員の雇止めトラブルにおいて、正社員との待遇格差を理由とする賠償請求がされた場合には、以下のような反論を検討する必要があります。
- 反論1:契約社員と正社員の労働条件の差は、「仕事の内容」の違いによるものであり合理的なものである。
- 反論2:契約社員と正社員の労働条件の差は、「責任の程度」の違いによるものであり合理的なものである。
- 反論3:契約社員と正社員の労働条件の差は、「配置転換の範囲」の違いによるものであり合理的なものである。
この3つの反論が、正社員との待遇格差を理由とする賠償請求に対する主な反論内容となりますのでおさえておきましょう。
(4)セクハラ(セクシャルハラスメント)トラブルのケースの答弁書作成方法
次に、「セクハラトラブルのケース」に関する労働審判の答弁書作成のポイントについて見ていきたいと思います。
「セクハラトラブルのケース」に関する労働審判の答弁書作成のポイントについては、以下の点をおさえておきましょう。
- ポイント1:何が請求されているかを正確に把握する
- ポイント2:セクハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論のポイント
- ポイント3:セクハラについての会社の事後対応をめぐる慰謝料請求に対する反論のポイント
- ポイント4:セクハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求に対する反論のポイント
以下で順番に内容を見ていきましょう。
ポイント1:
何が請求されているかを正確に把握する
従業員側の請求に対する反論の答弁書を作るためには、まず、従業員が何を請求しているのかを正確に把握しておく必要があります。
セクハラトラブルの労働審判では、一般的に以下の3つのうち、1つまたは複数が請求されることがほとんどです。
- セクハラ行為に関する慰謝料
- セクハラについての会社の事後対応をめぐる慰謝料
- セクハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求
この3つのうち、どれが請求されているかは、労働審判手続申立書に「申立ての趣旨」や「申立ての理由」として記載されていますので、まずは、「申立ての趣旨」や「申立ての理由」を確認して、何が請求されているのかを正確に把握することが必要です。
以下では上記3つの請求について、具体的な内容を順番に見ていきます。
ポイント2:
セクハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論のポイント
まず、「セクハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論のポイント」を見ていきましょう。
「セクハラ行為に関する慰謝料請求」とは、「飲食を共にした際に無理やりキスをされた」とか「社内で性的な風評を流された」などのセクハラ行為自体による精神的苦痛について慰謝料を求める請求です。
セクハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論としては、以下のような反論があります。
- 反論1:被害者が主張するようなセクハラの事実は存在しない。
- 反論2:被害者が主張しているような行為は不法行為には該当しない。
- 反論3:セクハラ行為があるとしても会社は責任を負わない。
以下ではこの3つの反論についてさらに具体的な内容を解説していきたいと思います。
反論1:
被害者が主張するようなセクハラの事実は存在しない。
セクハラの被害申告があった場合には、社内でも加害者に事情聴取するなどしてセクハラの事実の有無を調査する必要があります。
そして、セクハラで加害者とされた従業員が被害申告された事実を否定しているケースで、会社としても「セクハラの事実がない」、あるいは「疑わしい」と思われる場合は、労働審判でも「被害者が主張するようなセクハラの事実は存在しない」という反論をする必要があります。
この場合、反論にあたってポイントとなる点として以下の2点があげられます。
1.被害者の社内調査の際の被害申告の内容と労働審判で主張している被害内容に矛盾がないか。
社内調査時のセクハラ被害申告の内容と、被害者が労働審判で主張しているセクハラ被害の内容を比較した場合に、その内容の重要部分に矛盾がある場合は、被害者の主張が虚偽であり、実際にはセクハラ行為がなかったことを基礎づける重要なポイントとなります。
2.セクハラ被害があったとされる後の被害者の行動が、セクハラ被害の主張と矛盾していないか
セクハラ被害があったとされる後に、被害者が加害者と行動を共にしていたり、あるいは親しいメールのやり取りをしている場合は、被害者が主張しているようなセクハラ行為がなかったという主張を基礎づける重要なポイントとなります。
この点については以下の裁判事例が参考になります。
裁判例:
東京地方裁判所(平成24年4月26日判決)
事案の概要:
女性従業員がキスを強制されるなどのセクハラ被害があったと主張して会社にセクハラ行為による慰謝料等を請求した事案です。
裁判所の判断:
裁判所は、女性従業員がセクハラ被害にあったと主張する時期の後も、加害者と主張する男性社員に対して親しげな調子でメールを何回も送ったり、食事をともにしたり、ボクシングの試合観戦に共に出かけるなどしていたことを指摘して、セクハラの事実を認めませんでした。
このように、セクハラ被害があったとされる後の被害者の行動が、セクハラ被害にあった者の行動として通常考えられないものである場合、裁判所でもセクハラ行為の存在は認められない傾向にあります。
例えば、セクハラ被害にあったとされる時期以後も被害者と加害者が親しいメールのやり取りを続けている場合は、メールの内容を証拠として労働審判で提出することも有用です。
以上、「被害者が主張するようなセクハラの事実は存在しない。」と反論していく場合のポイントをおさえておきましょう。
反論2:
「不法行為には該当しない」という反論
不適切な言動であっても被害者が不快に思えばすべてセクハラとして、慰謝料が発生するわけではなく、一定の限度を超えたもののみが慰謝料の賠償の対象となります。
被害者が主張する事実自体はあるとしても、その内容が軽微で慰謝料を支払うほどの違法性はないという場合は、「被害者が主張しているような行為は不法行為には該当しない」という反論をしていくことになります。
この点については以下の裁判事例が参考になります。
裁判例:
横浜地方裁判所(平成17年7月8日判決)
事案の内容:
この裁判例は、管理職が女性職員と食事を共にした際に、自分の忙しさを説明する内容として、「あのころは忙しさのピークで、家に帰ってもチンポが立たなくってな。女房がにじり寄ってくるんだけど駄目なんだ。」などと卑猥な発言をしたことがセクハラに該当するとして、女性職員が慰謝料を請求した事案です。
裁判所の判断:
裁判所は、卑猥で不適切な発言があったこと自体は認められるが、その後同様の発言が繰り返されていないことなどから、典型的なセクハラとまでは評価できないなどとして、被害者からの慰謝料請求を認めませんでした。
このように、被害者が主張しているセクハラ行為が、客観的に見て軽微なものであれば、不法行為には該当せず慰謝料は発生しない旨の反論が可能です。
反論3:
セクハラ行為があるとしても会社は責任を負わない。
そもそも、セクハラ行為については本来、加害者個人が責任を負うべきあり、法律上、会社がセクハラについて慰謝料の支払い義務を負うのは、「セクハラ行為が事業の執行について行われた場合」に限られます。
そこで、会社の業務と無関係にセクハラ行為が行われた場合は、「加害者によるセクハラ行為があるとしても会社は責任を負わない」という反論が可能です。
この点については以下の裁判事例が参考になります。
裁判例:
津地方裁判所(平成9年11月5日判決)
事案の概要:
この事案は、病院に勤務していた女性職員が、深夜勤務中に病院内の休憩室で仮眠していた際に、男性職員から胸や腰を触られるなどしたセクハラ行為について、女性職員が病院を経営していた協同組合に慰謝料を請求した事案です。
裁判所の判断:
裁判所は、このセクハラ行為は加害者の個人的な行為であり、「業務を契機としてなされたものではない」として、病院を経営していた協同組合に対する慰謝料請求を認めませんでした。
また、次のような裁判例もあります。
裁判例:
東京地方裁判所(平成25年9月25日判決)
事案の概要:
この事案は、男性上司により職場の女性更衣室で行われた盗撮行為について、盗撮された女性従業員が会社に慰謝料等の請求をした事案です。
裁判所の判断:
裁判所は、盗撮行為は、事業とは無関係であり、また上司としての権限や地位を利用したものともいえないことを理由に「事業の執行につき行われたと認めることはできない」として会社に対する慰謝料請求を認めませんでした。
このように、セクハラ行為が会社の事業と無関係に行われ、また上司としての権限や地位を利用して行われたものでないときは、「セクハラ行為があるとしても会社は責任を負わない」ことを指摘して反論していきましょう。
ポイント3:
会社の事後対応をめぐる慰謝料請求に対する反論のポイント
会社には、セクハラが起こったときに正しい事後対応を行うことが法律で義務付けられています。(男女雇用機会均等法第11条)
そのため、セクハラトラブルに関する労働審判では、セクハラ行為自体についての慰謝料の請求とは別に、セクハラについての会社の事後対応に問題があったとして、会社の事後対応について慰謝料が請求されることがあります。
このような、セクハラについての会社の事後対応をめぐる慰謝料請求については、会社が正しい事後対応を行ったことを主張して反論することになります。
具体的には、以下のような措置を会社が事後対応として行ったことを主張しましょう。
会社のセクハラの被害申告後の事後対応として主張するべき措置の内容
- 1,配置転換等により、被害者と加害者を隔離したこと。
- 2,被害者、加害者の双方からの事実関係のヒアリングと調査を実施したこと。
- 3,会社がセクハラの事実が認められると考えた場合は、加害者に対する適切な懲戒処分を行ったこと。
- 4,セクハラ防止に関する研修を行うなど、再発防止措置を実施したこと。
セクハラについての会社の事後対応をめぐる慰謝料請求については、会社が上記のような正しい事後対応を行ったことを主張して反論することになります。
ポイント4:
セクハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求に対する反論のポイント
「セクハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求」は、セクハラが原因で被害者が休職あるいは退職せざるを得なかったとして、休職あるいは退職により本来得ることができたはずの給与が得られなかったことを理由に、給与相当額を請求するケースです。
このような逸失利益の請求については、「休職や退職の原因がセクハラを原因とするものではないこと」を主張して反論していくことになります。
この点については以下の裁判事例が参考になります。
裁判例:
東京地方裁判所(平成18年 5月12日判決)
事案の概要:
この事案は、女性従業員が胸を触る、スカートの上から股間付近を触るなどのセクハラ行為により退職を余儀なくされたとして、退職後再就職までの間の逸失利益を請求した事件です。
裁判所の判断:
裁判所は、セクハラ行為の存在については認められるが、セクハラ行為から1年以上たってからの退職であることや、セクハラとは別にこの被害女性の勤務成績不良が退職の原因であった可能性もあることなどから、セクハラ行為が原因で退職したとはいえないとして、逸失利益の請求を認めませんでした。
このように「セクハラから退職まで期間が空いている場合」や、「セクハラが退職を余儀なくさせるほど強度のものだったとはいえない場合」、あるいは、「セクハラ以外に退職の原因があったと推測されるケース」では、退職の原因はセクハラではないことを主張して、逸失利益の請求に反論していくことが必要です。
以上、「セクハラトラブルのケース」に関する労働審判の答弁書作成のポイントについてご説明しました。
(5)パワハラ(パワーハラスメント)トラブルのケースの答弁書作成方法
次に、「パワハラトラブルに関する労働審判のケース」に関する答弁書作成のポイントについても見ていきたいと思います。
パワハラトラブルにおける答弁書作成のポイントは、以下の点をおさえておきましょう。
- ポイント1:何が請求されているかを正確に把握する
- ポイント2:パワハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論のポイント
- ポイント3:パワハラによる精神疾患罹患を理由とする治療費の請求に対する反論のポイント
- ポイント4:パワハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求に対する反論のポイント
以下で順番に内容を見ていきましょう。
ポイント1:
何が請求されているかを正確に把握する
従業員側の請求に対する反論の答弁書を作るためには、まず、従業員が何を請求しているのかを正確に把握しておく必要があります。
パワハラトラブルの労働審判では、一般的に以下の3つのうち、1つまたは複数が請求されることがほとんどです。
- パワハラ行為に関する慰謝料
- パワハラによる精神疾患罹患を理由とする治療費の請求
- パワハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求
この3つのうち、どれが請求されているかは、労働審判手続申立書に「申立ての趣旨」や「申立ての理由」として記載されていますので、まずは、「申立ての趣旨」や「申立ての理由」を確認して、何が請求されているのかを正確に把握することが必要です。
以下では上記3つの請求について、具体的な内容を順番に見ていきます。
ポイント2:
パワハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論のポイント
まず、「パワハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論のポイント」を見ていきましょう。
「パワハラ行為に関する慰謝料請求」とは、パワハラに該当するような「暴言や侮辱」、あるいは、「仕事の取り上げ」、「退職の強要」などのパワハラ行為自体による精神的苦痛について慰謝料を求める請求です。
パワハラ行為に関する慰謝料請求に対する反論としては、以下のような反論があります。
- 反論1:「被害者が主張するようなパワハラの事実は存在しない」という反論
- 反論2:「被害者が主張しているような行為は不法行為には該当しない」という反論
- 反論3:「パワハラ行為について被害者の態度も一因になっている」という反論
具体的な反論の内容としては以下の通りです。
反論1:
「被害者が主張するようなパワハラの事実は存在しない」という反論
パワハラの被害申告があった場合には社内でも加害者にヒアリングするなどしてパワハラの事実の有無を調査する必要があります。
そして、パワハラについて加害者とされた従業員が被害申告された事実を否定しているケースで、会社としても「パワハラの事実がない」と思われる場合は、「被害者が主張するようなパワハラの事実は存在しない」という反論をする必要があります。
反論にあたっては、加害者とされている従業員(上司)から事実関係を詳細にヒアリングし、その結果を、時系列にまとめて、答弁書に記載することが、まず重要になります。
それに加えて、「労働審判の前の段階で被害者から会社に申告されたパワハラの内容」と「労働審判で被害者が主張しているパワハラの内容」の間に矛盾がないかについて、検証が必要です。
労働審判の前の段階で被害者から会社に申告されたパワハラの内容と、被害者が労働審判で主張している内容を比較した場合に、その内容の重要部分に矛盾がある場合は、被害者が主張しているようなパワハラ行為がなかったという主張を基礎づける重要なポイントとなります。
▶参考情報:パワハラの調査方法については、以下のお役立ち情報も参考にご覧下さい。
反論2:
「被害者が主張しているような行為は不法行為には該当しない」という反論
叱責や退職勧奨がすべてパワハラになるわけではなく、一定の限度を超えた不法行為のみが慰謝料の賠償の対象となります。
業務上必要な指導は、仮に被害者の立場からは「過度な叱責」と受け取られたとしても、パワハラには該当せず慰謝料は発生しません。
また、退職勧奨についても、過度に執拗であったり、あるいは「退職しなければ解雇する」などの退職強要につながる発言を伴わない場合は、パワハラには該当せず慰謝料は発生しません。
この点については以下の裁判事例が参考になります。
裁判例:
東京地方裁判所(平成21年10月15日判決)
事案の概要:
この事案は、病院の事務総合職として採用された従業員が、職場で不当な叱責などのパワハラにより精神疾患に罹患したとして、病院に対して損害賠償請求をした事件です。
裁判所の判断:
裁判所は、叱責はこの従業員のミスが原因であるとしたうえで、「従業員を責任ある常勤スタッフとして育てるため時には厳しい指導をしたことが窺われるが、当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまる。」として不法行為には該当せず、慰謝料も発生しないと判断しました。
このように、被害者が主張しているパワハラの内容として主張している叱責や退職勧奨が、正当な指導や通常の態様による退職勧奨であれば、不法行為には該当せず慰謝料は発生しない旨の反論が可能です。
▶参考情報:パワハラに該当するかどうかの判断基準については、以下のお役立ち情報も参考にご覧下さい。
反論3:
「パワハラ行為について被害者の態度も一因になっている」という反論
パワハラに該当しうる行為があったとしても、その原因の一端が被害者の態度にもあるという場合は、その点を指摘して、反論することが必要です。
この点については以下の裁判事例が参考になります。
裁判例:
広島高等裁判所松江支部(平成21年5月22日判決)
事案の概要:
この事案は、従業員が、上司から大声で罵倒された行為がパワハラに該当するとして、上司に秘密で録音した録音テープを証拠として提出するなどして、会社に慰謝料の請求をした事案です。
裁判所の判断:
一審の裁判所は会社に「慰謝料300万円」の支払いを命じました。
しかし、広島高等裁判所は、上司が大声を出し人間性を否定するかのような不相当な表現を用いて叱責した点については不法行為にあたるが、その原因としては、叱責の途中、被害者がふて腐れて横を向くなどの不遜な態度を取り続けたことが多分に起因しているなどとして、慰謝料額を10万円に減額しました。
この裁判例の事案では、上司に秘密で録音した録音テープが裁判所に証拠として提出されました。
このようにパワハラの被害を主張する者が、上司に秘密で録音を行い、その際に、わざと上司の怒りをあおり、叱責を誘発して、パワハラの証拠として労働審判に提出することは、珍しいことではありません。
このようなケースでは、上司が、感情的な発言をするに至った原因は、パワハラの被害を主張する者の態度や誘発行為にある点を指摘して、反論することが必要です。
▶参考情報:パワハラ行為による慰謝料については、以下のお役立ち情報も参考にご覧下さい。
ポイント3:
パワハラによる精神疾患罹患を理由とする治療費の請求に対する反論のポイント
パワハラによる精神疾患を理由とする治療費の請求とは、パワハラが原因で精神疾患に罹患し、通院せざるを得なかったとして、通院に必要となった治療費を会社に請求するケースです。
このようなパワハラによる精神疾患を理由とする治療費の請求については、以下のような反論をしていくことになります。
- 反論1:パワハラ行為の内容が精神疾患を発症させるほど強度のものではない。
- 反論2:精神疾患の罹患はパワハラではなく、別のストレスが原因である。
具体的な反論の内容としては以下の通りです。
反論1:
パワハラ行為の内容が精神疾患を発症させるほど強度のものではない。
パワハラ行為があったとしても、継続的なものではなく一時的なものである場合や、パワハラの内容が精神疾患を発症させるようなものではない場合はその旨を指摘して反論していきましょう。
反論2:
精神疾患の罹患はパワハラではなく、別のストレスが原因である。
パワハラ被害による精神疾患の罹患を訴える従業員について、精神疾患の原因となるような別の要因がなかったかを検討し、別の要因があればその点を指摘して反論していきましょう。
例えば、以下のようなことがないかチェックすることが重要です。
- 本人や家族の事故や病気
- 過去の精神疾患の罹患歴
- 離婚
- 借金その他経済的な困難
- 家族の死亡
- 仕事上の重大なミス
- 取引先からの強いクレーム
これらの出来事が、心療内科への通院の直近に起こっているときは、少なくともパワハラ以外の要素も精神疾患の罹患の原因になっていると思われますので、その点を指摘して反論することが必要です。
ポイント4:
パワハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求に対する反論のポイント
「パワハラによる休職あるいは退職を理由とする逸失利益の請求」は、パワハラが原因で休職あるいは退職せざるを得なかったとして、休職あるいは退職により本来得ることができたはずの給与が得られなかったことを理由に、給与相当額を請求するケースです。
このような逸失利益の請求については、「休職や退職の原因がパワハラを原因とするものではないこと」を主張して反論していくことになります。
この点については以下の裁判事例が参考になります。
裁判例:
鳥取地方裁判所米子支部(平成21年10月21日判決)
事案の概要:
この事案は、上司による度を越えた叱責などのパワハラ行為により、退職を余儀なくされたとして、退職により得ることができなかった定年までの給与に相当する額の逸失利益を会社に請求した事案です。
裁判所の判断:
裁判所は、この従業員が通院した心療科の診療録には職場での叱責によるストレスの記載だけでなく、家庭生活によるストレスについての記載もあることや、パワハラの内容が重篤な症状を引き起こすほど強度の内容でないことなどを指摘して、逸失利益の請求を認めませんでした。
このようにパワハラが退職を余儀なくさせるほど強度のものだったとはいえない場合、あるいは、パワハラ以外に退職の原因があったと推測されるケースでは、退職の原因はパワハラではないことを主張して、逸失利益の請求に反論していくことが必要です。
パワハラトラブルのケースの労働審判の答弁書作成のポイントとして以上の3つをおさえておきましょう。
▶参考情報:またパワハラに関する全体的な知識についてや、パワハラで訴えられた時の対応などパワハラトラブルについては、以下のお役立ち情報も参考にご覧下さい。
3,答弁書の書式
・参照元:裁判所ホームページ「記載例」より
答弁書はA4用紙に横書きで作成します。裁判所の記録に綴じる際の綴じしろが必要にあるため、左側3㎝程度は余白としましょう。
用紙は片面のみ使用し、12ポイントの文字を使用し、1行の文字数は37字、1ページの行数は26行とするのが通常です。余白は、上35㎜、下端27㎜、左側30㎜、右端15~20㎜とすることが標準です。
▶参考:労働審判の答弁書の書式や記載例については、以下の裁判所のホームページを参考にしてください。
4,労働審判の答弁書の作成は弁護士に依頼すべき?
ここまで答弁書の作成についてご説明してきましたが、労働審判における答弁書の作成は、企業側の労働審判対応に精通した弁護士に依頼することが通常です。
弁護士に依頼しないで自社で対応することも可能ですが、その場合、本来主張すべきことが主張から抜け落ちる一方で、主張してもあまり意味がないことについて分量を割いて記載している例が多く見られます。
どのような要件がそろえば請求が認められ、どのような要件がそろえば請求が妨げられるのかを整理したものを「要件事実」と呼びますが、答弁書の作成も、この「要件事実」を常に意識して行う必要があります。
また、解雇トラブルの労働審判で解雇の有効性を企業側から主張する場合や、ハラスメントトラブルの労働審判でハラスメントに当たらないことを企業側から主張する場合、解雇の有効性やハラスメント該当性についての裁判例を十分に検討したうえで主張していくことが重要になります。また、残業代を請求する労働審判の中で企業側から「管理監督者」に該当することを主張して反論したり、「裁量労働制」の適用を主張して反論する場面でも、「管理監督者」や「裁量労働制」についての裁判例を十分に検討したうえで主張していくことが重要になります。
これらの点を踏まえると、答弁書の作成を労働問題に精通した企業側弁護士に委任することは必須であるといっても良いでしょう。
5,答弁書の提出期限について
労働審判について裁判所から届いた封筒の中に「労働審判手続期日呼出状及び答弁書催告書」という用紙が入っていると思います。
この用紙に答弁書の提出期限が記載されていますので、答弁書は提出期限までに提出しましょう。申立書が会社に届いてから、答弁書の提出期限までは、3週間程度しか期間がないことが通常です。
この期間中に素早く、充実した答弁書を作成して提出することが、労働審判で会社側の主張を認めてもらうための重要なポイントです。そのため、申立書が届いたら早急に弁護士に答弁書作成を依頼することが必要です。
6,提出期限に間に合わない場合の対応
答弁書が提出期限に間に合わない場合も、できる限り早く仕上げて提出するほかありません。
ただし、その場合、第1回期日までに裁判官や担当する労働審判員に十分に答弁書を読んでもらえない恐れがあります。特に労働審判員は普段から裁判所にいるわけではありませんので、答弁書提出後に裁判所から労働審判員に答弁書が送付されることになります。
このように答弁書が労働審判員の手元に届くまでのタイムラグがあるので、答弁書の提出が遅れると労働審判員に会社側の主張を理解してもらうことが難しくなってしまいます。
しかし、それでも提出しないよりはましなので、できる限り早く仕上げて提出するようにしてください。
7,答弁書の提出方法と必要部数
答弁書は以下の部数を郵送で提出します。反論の根拠となる証拠書類があれば、証拠も一緒に郵送しましょう。
(1)裁判所宛てに郵送する分
答弁書4部(正本1部、写し3部)+ 証拠書類1部
(2)申立人または申立人弁護士に郵送する分
答弁書1部 + 証拠書類1部
裁判所に4部提出するのは、労働審判を担当する労働審判員や裁判官の分も提出する必要があるためです。
8,提出しないとどうなるか?
答弁書を提出しなくても、労働審判の期日に出廷して、口頭で企業側の主張を行うことは可能です。ただし、そのような方法では、裁判官や労働審判員に、十分に自社の主張を理解してもらうことが難しくなり、不利益を受けることは避けられないでしょう。
また、答弁書を提出せず、労働審判の期日も欠席した場合は、労働者側の主張と証拠だけを根拠に審判が出されることがありますので注意が必要です。
9,労働審判の答弁書が「嘘だらけ」「虚偽」と反論されないためには証拠の提出が重要
答弁書に対して、労働者側から、労働審判の期日当日に「嘘だらけである」等と反論されることもあります。
労働審判で自社の主張を認めてもらうためには、答弁書での主張だけでなく、それを根拠づける証拠を提出しておくことが重要です。そうでなければ、労働者側から「答弁書は嘘だらけである」などと主張されたときに、明確な根拠を示して反論することができなくなってしまいます。
証拠書類を集めたら、その写しをとって、答弁書の提出の際に答弁書と一緒に提出することが通常です。その際、証拠については、書類ごとに、右上部欄に乙1、乙2、乙3などと番号を振り、あわせて証拠説明書を作成して提出することが必要です。
▶参考:証拠説明書の記載例
・参照元:裁判所ホームページ「証拠説明書の記載例」(pdf)
そのうえで、証拠書類の原本を労働審判期日の当日に持参し、裁判官の確認を受けることになります。
10,咲くやこの花法律事務所の労働審判に関する解決実績
咲くやこの花法律事務所では、これまで多くの企業から労働審判についてご依頼を受け、解決してきました。咲くやこの花法律事務所の解決実績の一部を以下の記事でご紹介していますのであわせてご参照ください。
▶試用期間満了後に本採用せずに解雇した従業員から復職を求める労働審判を起こされたが退職による解決をした事例
▶雇止め無効を主張する契約社員から起こされた復職を求める労働審判に対応し、復職を認めない内容での和解を成立させた事例
▶従業員に対する退職勧奨のトラブルで労働審判を起こされたが、会社側の支払いなしで解決した事例
▶解雇した従業員から不当解雇であるとして労働審判を起こされ、1か月分の給与相当額の金銭支払いで解決をした事例
11,労働審判の対応について弁護士に相談したい方はこちら
咲くやこの花法律事務所でも、年間を通して多くの労働審判に関する会社側のご相談をいただいており、労働審判制度の経験豊富な弁護士がスピーディーに対応しております。
咲くやこの花法律事務所におけるサポート内容は以下の通りです。
(1)労働審判に関するご相談
咲くやこの花法律事務所では、労働審判を申し立てられてお困りの企業様から、常時ご相談をお受けしています。
咲くやこの花法律事務所では労働審判について経験豊富な弁護士がそろっており、ご相談の中でお客様にとってベストな解決策を明示し、ご提案します。
弁護士費用
●初回相談料:30分5000円+税
(2)弁護士による労働審判対応
咲くやこの花法律事務所では、ご相談後に労働審判の対応のご依頼を受け、答弁書の作成、裁判所への出頭から事案の最終解決までを弁護士が行っております。
労働審判について経験豊富な弁護士による対応で、迅速かつ有利に労働審判のトラブルを解決します。
労働審判対応は咲くやこの花法律事務所においても最も重点をおいて取り組んでいる分野です。企業側弁護士としての労働審判での力量や対応能力には自信をもっており、全国の企業から咲くやこの花法律事務所に多くのご相談をいただいております。ぜひ、早めにご相談ください。
弁護士費用
●初回相談料:30分5000円+税
●弁護士による労働審判対応着手金:45万円+税程度~
(3)「咲くやこの花法律事務所」の弁護士へのお問い合わせ方法
今すぐお問い合わせは以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
【お問い合わせについて】
※個人の方(労働者側)からの問い合わせは受付しておりませんので、ご了承下さい。
12,まとめ
今回は、労働審判を申し立てられた場合の答弁書の書き方や提出期限、提出方法についてご説明しました。
労働審判は、「第1回期日で、概ね、解決案の内容が決まる」という、非常にスピーディーな手続です。労働審判の申立書が会社に届いた場合は、迅速に対応する必要がありますので、すぐに弁護士にご相談いただくことが重要です。
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記事作成弁護士:西川 暢春
記事更新日:2024年7月10日
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