こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士の西川暢春です。
パワハラに当たるかどうかが、どのような基準で判断されるかご存じでしょうか?
自分では部下のためを思って指導していたとしても、その指導が度を越えてしまいパワハラになってしまう、というケースは少なくありません。そのようなことを避けるためには、パワハラの判断基準について正しく理解しておくことが重要です。
パワハラの判断基準は、大まかにいえば以下のように整理できます。
- 判断基準1:言動が、従業員を育てる目的で行われたものか、それとも嫌悪の感情や退職に追い込む目的によるものか。
- 判断基準2:言動の内容が業務の改善のために合理的なものか。
- 判断基準3:言動の内容に被害者に対する人格的な攻撃を含んでいるかどうか。
ただし、より正確には、厚生労働省のパワハラ指針によって以下の要素を考慮すべきことが定められています。
- 1.言動の目的
- 2.言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度
- 3.言動が行われた経緯や状況、
- 4.業種・業態
- 5.業務の内容・性質
- 6.言動の態様・頻度・継続性
- 7.労働者の属性や心身の状況
- 8.行為者との関係性
このように、厚生労働省によって判断要素が示されているものの、考慮すべき内容が非常に多く、判断は簡単ではありません。加えてパワハラの事案は多岐にわたるため、その都度、上記の基準を考慮して判断しなければなりません。
パワハラかどうかの判断は、社内でパワハラ被害の訴えがあった場合に、その言動をした加害者を処分するかどうかにもかかわってきます。「言葉がきつかったから」とか「受け手がパワハラだと感じたから」などといったあやふやな理由でパワハラにあたるか否かを判断してしまうことは適切ではありません。
パワハラにあたるかどうかについて間違った判断をしてしまうと、パワハラ被害があったのに適切な対応をしなかった、あるいはパワハラにあたらないのに不当な処分をしたとして、後に従業員から会社に対して損害賠償を請求されてしまう可能性もあるでしょう。
このようなリスクを避けるためには、普段からパワハラの基準について、正しく理解しておくことが非常に重要となります。
この記事では、パワハラの定義を確認した上で、裁判例をご紹介しつつパワハラとなるかどうかの基準について分かりやすく解説します。この記事を最後まで読めば、パワハラとなるかどうかの基準をしっかりと理解できるはずです。
それでは見ていきましょう。
▶参考情報:なお、パワハラの基礎知識をはじめとする全般的な説明については、以下の記事で詳しく解説していますので事前にご参照ください。
パワハラかどうかの最終判断は上記の通り複雑です。パワハラ被害の訴えがあっても、弁護士が判断すればパワハラにあたらないと判断できるものも少なくありません。一方で、企業としてはパワハラにあたらないと判断していても、その判断が誤っていることもあります。判断を誤ると大きなトラブルになることもありますので、パワハラ被害の訴えがあったときは、必ず弁護士に相談して、正しい対応、正しい判断を確認してください。
なお、パワハラに強い弁護士にトラブル解決を依頼するメリットや弁護士の役割、弁護士費用についてを以下の記事で詳しく解説していますので、参考にご覧ください。
▶参考情報:パワハラに強い弁護士にトラブル解決を依頼するメリットと費用の目安
また、パワハラトラブルに関する咲くやこの花法律事務所の解決実績は以下をご参照ください。
▶参考情報:咲くやこの花法律事務所の解決実績はこちら
▼【関連動画】この記事の著者 弁護士 西川 暢春が「その発言「パワハラ」かも?判断基準について」を詳しく解説中!
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,パワハラの定義
厚生労働省のパワハラ防止指針によると、以下の3つの要素を全て満たす言動が、パワハラに該当します。
- 1.職場における優越的な関係を背景とした言動であること
- 2.業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
- 3.労働者の就業環境が害されるような言動であること
例えば、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、上記の「2.業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること」にあたらないため、パワハラに該当しません。
パワハラの定義については、以下の記事で詳しくご説明しておりますので、ご参照ください。
▶参考情報:西川弁護士の「パワハラの定義とは?裁判例をもとに弁護士が解説【前編】」動画を公開中!
2,指導とパワハラの違いは?
まずはじめに、指導とパワハラは全く別のもの、というわけではありません。指導目的の言動であっても、度を越えているような場合はパワハラに該当すると判断されるためです。
これを踏まえたうえで、指導とパワハラの違いをご説明いたします。
(1)「相手がパワハラと感じたらパワハラ」は間違い
パワハラとなる基準として、「相手がパワハラと感じたらパワハラ」という発言をよく耳にします。しかしこれは間違いです。
たとえ相手がパワハラと感じたとしても、「1,パワハラの定義」でご説明した3つの要素を満たさない場合はパワハラにはあたりません。
特に、問題となるのは、2つ目の「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること」の要素であり、これは、相手がどう感じたかのみでは、判断されるわけではありません。
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること」の要素に該当するか否かについては、以下の「パワハラかどうかの判断において考慮すべき要素」でご説明する要素を総合的に考慮し、社会通念上相当な範囲内の指導といえるか否かを判断する必要があります。
(2)指導とパワハラの境界線
指導とパワハラの境界線については以下のように考えることができます。
1,適切な指導
部下が二度と同じミスをしないよう、具体的に問題点を指摘し、それに対する改善策を提示する、というような場合は、「適切な指導」となります。
また、度重なる遅刻や、著しい勤務態度不良等が見られるような場合は、ある程度強い叱責をしても、業務上必要かつ相当な範囲内とされることが多いです。
勤務成績や勤務態度に問題がある社員に対する適切な指導方法は以下で解説していますのでご参照ください。
2,指導にはあたらないパワハラ
気に入らない部下に対して、「新入社員以下だ」「雑魚」など、人格を否定するような発言をするような場合は、それが執拗に繰り返されればパワハラに該当することになります。
そして、このことは、勤務成績や勤務態度に問題があり、指導が必要な部下に対する言動であっても同じです。
「新入社員以下だ」「雑魚」などの言動は、それを聞いて業務の改善に活かせるような内容でないため、いかなる部下に対しても、指導にはなりません。
ただし、このような言葉も、1回きりであるような場合は、パワハラにあたらないという判断もあり得ます。
前述のパワハラの定義の3つ目の要素として、「労働者の就業環境が害されるような言動であること」が挙げられています。
これは、厚生労働省のパワハラ防止指針において「当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す」と説明されています。
不適切な人格否定的発言も、1回きりであれば、「労働者が就業する上で看過できない程度の支障」が生じるとまではいえないことがあります。
3,指導目的であるがパワハラに該当する行為
一方で、いくら部下のためを思った指導であったとしても、その態様が適切でないと、パワハラとなってしまうことに注意が必要です。
例えば、他の従業員の前で大声で叱責したり、長時間にわたる厳しい叱責を必要以上に繰り返ししたりするのは適切な方法とは言えません。このような場合は、指導目的の言動であっても、行き過ぎたものとして、パワハラに該当することがあります。
また、精神疾患等による休職から復職したばかり、などというような場合には、指導が行き過ぎていると判断されやすくなります。
このような場合は、従業員に対する叱責には、特に配慮が必要です。
3,厚生労働省が定めるパワハラかどうかの判断において考慮すべき要素
厚生労働省のパワハラ防止指針では、「1,パワハラの定義」でご説明した3つの要素について、以下の考慮要素を総合的に考慮したうえで、パワハラにあたるか否かを判断すべきであるとしています。
- ① 言動の目的
- ② 言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況
- ③ 業種・業態
- ④ 業務の内容・性質
- ⑤ 言動の態様・頻度・継続性
- ⑥ 労働者の属性や心身の状況
- ⑦ 行為者との関係性
厚生労働省のパワハラ防止指針は以下のURLからご覧いただけます。
以下で指針で示されている考慮要素について1つずつご説明します。
(1)言動の目的
従業員がミスを繰り返すような場合に、二度とそのミスをしないよう注意する、などといった場合、その言動の目的は、指導になります。
一方で、気に入らない社員を退職させるために仕事を与えなかったり、無視したり、侮辱的な発言をしたりするような場合は、嫌がらせ目的あるいは退職強要目的であるとしてパワハラに該当する可能性があります。
(2)言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況
従業員が普段から遅刻を繰り返していたり、上司からの業務命令を無視するなど、著しい勤務態度不良の事情があるといった場合は、強い叱責であってもパワハラに該当しないと判断されることが多いです。
また、お互いが口論となっている場合も、汚い言葉、厳しい言葉であっても、パワハラに該当しないと判断されることが多いです。
これは、前述のパワハラの定義の要素の1つ目の優越的な関係を背景とした言動であるといえないと考えることもできるでしょう。
一方、大きな問題点ではないのに度を越えた叱責をしたり、はじめてのミスに対して異常に厳しい叱責をすることは、指導目的であっても、行き過ぎたものとしてパワハラに該当すると判断される要素となります。
(3)業種・業態
例えば、運送会社の従業員が、飲酒運転したなどといった場合においては、仮にそれが私生活での行為であっても、厳しく叱責することは、業務上必要な範囲内と判断される可能性が高いです。
これは、運送会社が飲酒運転の撲滅に対して厳しい姿勢で取り組むべきことは当然であると評価されるからです。
また、労災の危険がある現場での危険な行動に対して、本人または他の従業員の安全の観点から指導するような場合は、厳しい指導であってもパワハラにあたらないとされることが多いでしょう。
このように、業種や業態がパワハラかどうかの判断に影響します。
(4)業務の内容・性質
例えば医療現場等では、人の健康にかかわる業種であり、正確性・安全性が求められることから、ある程度強い指導であってもパワハラと認められにくい傾向にあります。
(5)言動の態様・頻度・継続性
大勢の前で、長時間にわたり、何度も大声で叱責するといった指導であることは、パワハラにあたると判断される要素の1つになります。
逆に、ある程度強い叱責であっても、その時間が5分~10分程度であったり、一回きりであるような場合は、パワハラに該当しないと判断されやすくなります。
(6)労働者の属性や心身の状況
従業員がうつ病を発症しているような場合や、病気による休職明けなどである場合に、心身の不調を考慮せずに厳しい叱責をすることは、パワハラと判断されやすくなる要素の1つです。
また、立場の弱い派遣社員や新人社員に対する言動であることも、パワハラと判断されやすくなる要素の1つです。
(7)行為者との関係性
当事者間の普段からの関係性も、パワハラかどうかの判断にあたって考慮されます。
日頃から十分にコミュニケーションを取れていない部下に対して、厳しい叱責を行うことはパワハラに該当する可能性を高める要因になります。
また、𠮟責をした後の対応としてフォローがあったか否かについても確認することが大切です。
4,どこからパワハラかについての判例
以下では、パワハラに関する裁判事例について、「3,パワハラかどうかの判断において考慮すべき要素」を踏まえて、どのような判断がされているのかを、ご説明します。
(1)「あほ」「殺すぞ」といった発言が、弱い立場の派遣社員をいたぶる意図を有するものであるとして違法と判断された事例
大津地方裁判所判決 平成24年10月30日
事件の概要
派遣社員として勤務していたところ、業務上のミスに対して、派遣先の社員から「あほ」「殺すぞ」などと罵倒され、雑用を命じられたことについて、派遣先会社に対して慰謝料を請求した事件です。
裁判所の判断
当該発言は、派遣先の上司である社員らに対して、弱い立場にあった当該派遣社員に対する配慮をきわめて欠いたものであり、弱い立場にある者をいたぶる(軽蔑、軽視する)意図を有する言動であるとして、不法行為であると判断しました。
これを、「3,パワハラかどうかの判断において考慮すべき要素」にあてはめると、本件行為は、以下のようなことから、
- ① 言動の目的について、「弱い立場にある派遣社員をいたぶる意図があり」、
- ⑤ 言動の態様・頻度・継続性についても、「極めて配慮を欠くものであった」
ことから、不法行為であると判断されたといえるでしょう。
(2)業務態度改善命令に署名させた行為が違法ではないと判断された事例
東京地方裁判所判決 平成25年9月26日(雄松堂書店事件)
事件の概要
書籍販売の会社に勤務する社員が、「業務命令」と題する書面に署名させられ、続けてその数日後に「業務態度改善命令」と題する書面に署名するよう求められたことについて、その書面の記載事項の一部に心当たりがなく、不当な差別的取扱いに当たるとして会社に対して損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
裁判所は、当該書面の記載内容は、業務命令として社会的に相当性を欠くものではなく、また当該社員の勤務態度に改善すべき点があり、それを認識させる趣旨であったこと、また当該社員が署名を拒否した等の事情から、本件行為は相当な指導の範囲を逸脱するものではなく、不当な差別的取り扱いや嫌がらせ行為ということはできないとして、不法行為には当たらないと判断しました。
この裁判例では、
- ① 言動の目的が、「勤務態度について改善すべき点を認識させること」であったこと、
- ② 言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況について、「当該社員が普段から、上司の指示を聞かない、マナーを守らない等の勤務態度に問題があったこと」
- ⑤ 言動の態様・頻度・継続性について、「業務命令の内容が社会的に相当性を欠くものではなかったこと」
から、相当な指導の範囲内であると判断されたといえるでしょう。
(3)運送会社の従業員が飲酒運転をして出勤したことに対して「そういった行為は解雇にあたる」と叱責したことは違法ではないと判断された事例
東京地裁判決 平成25年6月25日
事件の概要
運送会社に勤務する従業員が、飲酒したうえで出勤したところ、上司から「そういった行為は解雇にあたる。」と言って厳しく叱責され、その翌日に自殺しました。この発言が違法な退職勧奨であるとして遺族が会社に対して損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
飲酒をしたうえで車を運転し出勤するような行為は、社会人として相当に非難されるべき行為であるのに加え、当該会社が運送会社ということからすれば、会社の信用を大きく失墜させかねない行為であることから、当該叱責が業務上の指導として許容される範囲を逸脱するとはいえず、違法ではないと判断しました。
この裁判例の事案は、ある程度厳しい叱責であったものの、
- ② 言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況について、「飲酒運転をして出勤するという行為は社会人として相当に非難されるべき行為」であり、
- ③ 業種・業態が、「運送会社であることからすると、飲酒運転という行為は会社の社会的信用を大きく失墜させかねない行為」である
として、それに対して厳しく叱責することは業上の指導として許容される範囲内であると判断されたといえるでしょう。
(4)病院においてミスについて厳しく𠮟責したことが違法ではないと判断された事例
東京地方裁判所 平成28年10月7日
事件の概要
病院に勤務する看護師が、上司から長時間にわたり指導を受けたり、「人間的に無理」と発言されたことについて、パワハラであるとして病院に損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
裁判所は、看護師は、普段から基本的な業務でもミスや不手際を繰り返し、他の看護師が毎回確認せねばならないという状況であり、それらが直ちに重大な医療事故につながる性質がないにしても、正確性、安全性が要請される医療機関においては軽視できないものであるとしました。そしてこの看護師に対して、自立してひとりで業務ができるようにする目的でなされた本件指導は、その手段こそ配慮に欠ける点があったものの、直ちに違法とは言えないとして不法行為ではないと判断しました。
この裁判例では、
- ②言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況について、「普段から基本的な業務でもミスや不手際を繰り返しており、他の看護師の業務にも支障が出ていた」という事情があり、
- ④業務の内容・性質について、「そのようなミスの多発は、正確性、安全性が要請される医療機関においては軽視できないものである」とし、
- ①言動の目的について、「その手段こそ配慮に欠ける点があったものの、自立してひとりで業務ができるようにする目的でなされたものである」
として違法ではないと判断されたといえるでしょう。
(5)部下に対する指導が典型的なパワハラに該当すると判断された事例
名古屋高等裁判所判決 平成22年5月21日
事件の概要
市役所の職員が、厳しい指導で知られていた部長の課に配属となり、その部長が自分の部下に対して度を越えた厳しい指導をしていたことから、自らのこととして責任を感じ、心理的負荷により自殺に至ったとして遺族が市に対して損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
部長の指導は、「このままでは自殺者が出る」と人事部に直訴する職員がいたほどのものであり、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというものであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えるパワハラであったとしました。
この裁判例では、⑤言動の態様・頻度・継続性について、「人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないといった、部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えるものであった」として、典型的なパワハラにあたるとの評価につながったといえるでしょう。
(6)精神疾患による休職明けの職員に対して与えた業務量が過大であったと判断された事例
鹿児島地方裁判所判決 平成26年3月12日
事件の概要
精神疾患による休職明けすぐの中学教員が、校長に専門外の国語教科の担当を命じたり、指
導力不足教員に実施する研修への受講を命じられたことにより精神疾患が悪化し自殺に至ったとして、遺族が県に対して損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
当該教員が精神疾患による休職明けであったのにもかかわらず、教員免許外科目である国語を担当させ、その他の業務を減らさなかったこと、また、精神疾患の状態が良好でないことを認識し得たのにもかかわらず当該教員の素質に問題があると決めつけ、指導力不足教員向けの研修に参加させたことは、当該教員にとって大きな心理的負荷を与えるものであったとして、損害賠償の支払いを命じました。
この裁判例では、⑥労働者の属性や心身の状況について、「当該教員が精神疾患による休職明けすぐであり」、「その状態が良好でないことが十分に認識し得た」ことから、相当な心理的負荷をあたえるものであったとして不法行為にあたるとする評価につながったといえるでしょう。
(7)普段から親しくしていた上司の「俺が拾ってやったんだから感謝しろ」等の発言が違法ではないと判断した事例
大阪地方裁判所判決平成20年10月21日(損保ジャパン調査サービス事件)
事件の概要
上司から度々「俺が拾ってやったんだから感謝しろ。」「現場で使い物にならないからここに置いてやっているんだ。」と威圧交じりの言葉を浴びせられ、精神的苦痛を受けて精神疾患を発病したとして、会社と上司に対して損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
上司と当該従業員が顔を合わせる頻度はせいぜい月に1回程度であり、度々本件発言があったということはあり得ないと言えるし、また、両者は普段から普通以上に親しくしていたことから、そのような発言が仮にあったとしても、威圧混じりにとか、精神的苦痛を感じるような態様で述べることはなおさら考え難いとして、請求を認めませんでした。
本件行為は、そもそも発言があったこと自体考えにくいとされた上、⑦ 行為者との関係性において、「平社員の当該従業員にとって、雲の上の人であってもおかしくないような地位にある上司と普段から直接会話したり、メールを送るなど、むしろ普通以上に親しくしていた」ことから、もしその発言があったとしても、精神的苦痛を感じさせるような態様であったとは考え難いと判断したと評価できるでしょう。
(8)生命・健康を預かる医療現場において繰り返される単純ミスに対して厳しく指摘することは違法ではないと判断された事例
東京地方裁判所判決 平成21年10月15日
事件の概要
病院の事務総合職として採用された従業員が、職場でのパワハラにより精神疾患に罹患したとして、病院に対して損害賠償請求をした事案です。
従業員は、パワハラの内容として、「病院が必要な指導・教育を行わないまま職務に就かせたことが原因で業務上の間違いを誘発させたにもかかわらず、これを理由に叱責した」、「面談での退職強要が行われた」などと主張しました。
裁判所の判断
当該従業員に対する業務に関する教育・指導が不十分であったということはできないとした上で、医療機関において単純ミスを繰り返すのは見過ごせないものであり、それに対して厳しい指導を行うことは当然なすべき業務上の指示の範囲内であるとし、パワハラには該当しないと判断しました。
また、面接においても、当該従業員に対する勤務態度及び勤務成績等に関する評価がなされ、その評価は厳しいものではあったが合理性を有しており、また、それを踏まえてさらに頑張るように伝えるものであったことから、違法な退職強要であったとは言えないと判断しました。
この裁判例は、業務遂行について教育・指導が不十分であったとは言えないとした上で、④ 業務の内容・性質について、「医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実であり、それがゆえ正確性を要請される医療機関において、単純ミスを繰り返す当該従業員に対して厳しい指摘・指導を行うことは、当然なすべき業務上の指示の範囲内にとどまる」としてパワハラにはあたらないと判断されました。
また、当該従業員は退職強要であると主張する面談については、当該従業員に対する評価は厳しいものではあったが合理性を有しているとしたうえで、① 言動の目的が、「当該従業員にさらに頑張るように伝えるものであり、退職させる意思を有していなかった」ことから、違法な退職強要とはいえないという判断につながったといえるでしょう。
5,パワハラについての労災認定の基準
パワハラの被害に遭い、うつ病等の精神疾患を発症した際に、労災認定がされるかどうかについては、精神障害に関する労災認定基準を確認する必要があります。
パワハラがあれば直ちに労災が認定されるわけではなく、労災が認定されるためには以下の3つの基準を満たす必要があります。
- 基準1:発症前おおむね6か月以内にパワハラ等による強いストレスを受けたこと
- 基準2:うつ病やストレス反応など労災認定の対象となる精神疾患と診断されたこと
- 基準3:業務外のストレスや個体側要因により発症したとはいえないこと
以下のような事情が認められる場合は、労災と認定されないことがあります。
- 強い指導・叱責を受けた場合でも、業務指導の範囲内であり、パワハラにあたらないと判断される場合
- 離婚や重い病気、家族の死亡や多額の財産の損失、天災や犯罪被害の体験等、業務とは無関係のストレスにより、精神疾患を発症したと判断される場合
- 過去に精神疾患で通院歴があったり、アルコール依存などの問題があり、従業員側の要因によって、精神疾患を発症したと判断される場合
パワハラにより精神疾患を発症した場合の労災認定の基準については、以下の記事で詳しく解説しておりますので、ご参照ください。
6,慰謝料の相場
ここまでご説明した判断基準をもとにパワハラであると判断された場合も、その慰謝料、損害賠償の金額は、以下のような事案の程度によって大きく異なります。
- 暴行や傷害などの場合
- 侮辱的暴言などの精神的なパワハラの場合
- 違法な退職勧奨の場合
- 被害者が自殺した場合
- 被害者がうつ病や適応障害を患った場合
比較的軽微なものであれば、「20万~30万円程度」となり、被害者が自殺に追い込まれてしまった重大なケースでは「1億円」を超える損害賠償が命じられる例もあります。
パワハラがあった場合に企業が負担する慰謝料の相場については、以下の記事や動画で事例ごとに詳しく解説しておりますので、ご参照ください。
▶【関連動画】西川弁護士の「パワハラの慰謝料ケースごとに相場を弁護士が解説【前編】」動画を公開中!
7,パワハラの加害者への懲戒処分について
ご説明した判断基準をもとにパワハラであると判断された場合、加害者に対する懲戒処分を検討する必要が生じることもあるでしょう。
一般に懲戒処分の種類は、軽い順から、「戒告・譴責・訓告」、「減給」、「出勤停止」、「降格処分」、「諭旨解雇」、「懲戒解雇」などが就業規則に定められています。
ただし、「事案の内容と比較して重すぎる懲戒処分は無効となる」という点に注意が必要です。
パワハラ加害者に対する懲戒処分は、事案の内容を十分に考慮して、軽すぎず、重すぎないものを選択することが重要となります。
パワハラに対する懲戒処分については、以下の記事で事案ごとに詳しくご説明しておりますので、ご確認ください。
8,パワハラトラブルについての咲くやこの花法律事務所の解決実績
咲くやこの花法律事務所におけるパワハラトラブルに関する企業向けのサポートの解決実績の一部を以下でご紹介しております。
あわせてご参照ください。
▶パワハラ被害を受けたとして従業員から会社に対し300万円の慰謝料が請求されたが、6分の1の慰謝料額で解決した成功事例
▶教職員が集団で上司に詰め寄り逆パワハラが発生!学校から弁護士が相談を受けて解決した事例
▶内部通報窓口に匿名で行われたハラスメントの通報について、適切な対処をアドバイスし、解決まで至った事例
9,パワハラの判断基準に関して弁護士に相談したい方はこちら
咲くやこの花法律事務所では、パワハラのトラブルについて、企業の人事担当者や経営者の方から、企業側の立場でのご相談を多くいただいております。最後に、咲くやこの花法律事務所のパワハラトラブルについてのサポート内容をご紹介いたします。
(1)パワハラトラブルへの対応方法に関するご相談
咲くやこの花法律事務所では、社内でパワハラトラブルが発生した際の対応方法についてのご相談を承っております。
パワハラトラブルは、発生時においていかなる対応をとるかが非常に重要です。間違った対応をしてしまうと、当事者とトラブルになり、法的な紛争に発展してしまう可能性があります。
咲くやこの花法律事務所では、パワハラ問題に強い弁護士が、これまでの経験を活かして、最適な対応を行います。トラブル発生時の早期にご相談いただくことで、とれる手段が多くなるため、早期解決につながります。早めにご相談ください。
弁護士へのご相談費用
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(2)パワハラに関する事実関係の調査のご依頼
社内でパワハラ被害の訴えがあったときは、パワハラの事実があったかどうかを調査することが法律上義務付けられています。当事者、関係者へのヒアリングを適切に行ったうえで、これを記録化し、証拠収集についてもタイミングを逃さずに行っていく必要があります。
咲くやこの花法律事務所では、パワハラ被害の訴えへの対応が必要になった企業から、パワハラに関する事実関係の調査のご依頼を承っております。
経験豊富な弁護士が、適切な方法で調査を行い、法的な判断をサポートします。
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(3)パワハラのトラブルに関する裁判、労働審判への対応
パワハラについては、裁判や労働審判に発展してしまうケースも少なくありません。
咲くやこの花法律事務所でも、パワハラトラブルについて、多くの裁判、労働審判の対応を企業側の立場でお受けし、実際に解決してきました。労働裁判、労働審判に強い、経験豊富な弁護士が真摯に対応し、依頼者にとってベストな解決を導きます。
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(4)顧問契約による労務管理サポート
咲くやこの花法律事務所では、企業の労務管理を継続的に改善し、また法改正への対応、新しい裁判例への対応を万全のものにするために、顧問契約による労務管理のサポートを提供しております。トラブルがあったときも大きな問題に発展させることなく適切に解決できるようにするためには、日頃の継続的な労務管理改善が最も重要です。
咲くやこの花法律事務所の顧問弁護士サービスについては、以下をご参照ください。
また、顧問弁護士の役割や必要性、弁護士費用の相場などについては、以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
(5)「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
パワハラの判断に関する相談などは、下記から気軽にお問い合わせください。今すぐのお問い合わせは以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
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10,【関連情報】パワハラに関するお役立ち記事一覧
この記事では、パワハラの判断基準とは?裁判例をもとにわかりやすく解説しました。社内でパワハラトラブルが発生した際は、パワハラかどうかの判断はもちろん、初動からの正しい対応方法を全般的に理解しておく必要があります。
そのためにも今回ご紹介したパワハラの判断基準に関する正しい知識をはじめ、他にもパワハラトラブルを正しく対応するためには基礎知識など知っておくべき情報が幅広くあり、正しい知識を理解しておかなければ重大なトラブルに発展してしまいます。
以下ではこの記事に関連するパワハラのお役立ち記事を一覧でご紹介しますので、こちらもご参照ください。
・パワハラ防止法とは?パワハラに関する法律のわかりやすいまとめ
・パワハラの種類はいくつ?6つの行為類型を事例をもとに徹底解説
・パワハラ発生時の対応は?マニュアルや対処法、流れについて解説
・パワハラの証拠の集め方と確認すべき注意点などをわかりやすく解説
・パワハラやハラスメントの調査方法について。重要な注意点を解説!
・職場のパワハラチェックまとめ!あなたの会社は大丈夫ですか?
・パワハラの相談まとめ!企業の窓口や労働者の相談に関する対応について
・パワハラ防止の対策とは?義務付けられた10項目を弁護士が解説
・パワハラ(パワーハラスメント)を理由とする解雇の手順と注意点
注)咲くやこの花法律事務所のウェブ記事が他にコピーして転載されるケースが散見され、定期的にチェックを行っております。咲くやこの花法律事務所に著作権がありますので、コピーは控えていただきますようにお願い致します。
記事作成弁護士:西川暢春
記事更新日:2024年8月25日
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