こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
社内でパワハラを受けたという訴えがあったとき、どのようにしてそれが事実かどうかを判断するべきでしょうか?
被害を受けたという従業員の主張が必ずしも事実であるとは限らないため、無条件にそのまま事実として採用することは適切ではありません。
パワハラの有無を判断する際は、パワハラに該当するか否かの判断以前に、その問題となった発言、または行為が本当にあったのか否かを調査する必要があります。また、言動に至った経緯も確認する必要があります。
パワハラの事実認定において「どのようなものを信用できる証拠として採用すればよいかわからない」などと感じている方は多いのではないでしょうか。
パワハラの証拠のうち重要になりうるものとして以下のものが挙げられます。
- 1.録音データ
- 2.被害者と加害者のLINEやメールなどのやりとりの履歴
- 3.動画(店舗内防犯カメラの画像等)
- 4.被害者が病院を受診した場合は診断書
- 5.被害者の日記やメモ
十分な証拠を集めずに判断したり、証拠についての評価を誤ることにより、パワハラの有無の判断を誤ってしまい、後に従業員から訴訟を起こされたり、労働組合による団体交渉の申し入れを受けるなどして、企業の責任を問われるケースも少なくありません。
こういったトラブルを防ぐためにも、パワハラの事実認定を適切に行えるようにどのような証拠を判断材料とすべきか、心得ておく必要があります。
この記事では、パワハラについて、どのような種類の証拠があるかをご説明したうえで、その中でもどの証拠を採用すべきかを場面別に分かりやすく解説します。
この記事を読めば、社内でパワハラが発生したとの主張があったときに、どのような証拠をもとに事実認定をすればよいかが分かるはずです。
それでは見ていきましょう。
なお、パワハラの基礎知識をはじめとする全般的な説明については、以下の記事で詳しく解説していますので事前にご参照ください。
社内でパワハラ被害の主張や相談があった場合に、その後の調査の方法や証拠の集め方をめぐって、従業員と会社の間でトラブルに発展することがあります。
会社の誤った対応により感情的な対立が生じ、訴訟にまで発展するケースも少なくありません。特に初期段階での対応を誤らないことが重要です。従業員からパワハラ被害の主張や相談があったときは、早期に弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
パワハラに強い弁護士にトラブル解決を依頼する各種メリットや弁護士費用についてなどは、以下の記事で詳しく解説していますので、ご参照ください。
▼【関連動画】西川弁護士が「パワハラの証拠について!強い証拠と弱い証拠の違いとは?【前編】」「パワハラの証拠の集め方!被害申告があった場合の確認方法【後編】」を詳しく解説中!
▼パワハラの証拠に関して今スグ弁護士に相談したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
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※個人の方からの問い合わせは受付しておりませんので、ご了承下さい。
今回の記事で書かれている要点(目次)
1,パワハラ発生時は企業の迅速かつ適切な調査が求められる
パワハラの証拠についてご説明する前に、パワハラ発生時の基本的な対応を確認しておきたいと思います。
厚生労働省のパワハラ防止指針では、事業主に対し、従業員から職場におけるパワーハラスメントに関する相談があった場合において、事実関係を迅速かつ正確に確認することを義務付けています。これを怠ってしまうと、事業主の義務違反であるとしてパワハラ被害を受けたと主張する従業員から、損害賠償を請求される場合があります。
厚生労働省のパワハラ防止指針については、以下をご参照ください。
そのため、社内でパワハラ被害の主張が出た際は、以下の点が重要です。
- 1.相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること
- 2.相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり事実の確認が十分にできないときは、同僚などの第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずること
パワハラ発生時の対応については、以下の記事で詳しく解説していますので参考にご覧ください。
パワハラそのものを事前に防止する体制を整えておくことも非常に重要であり、事業主の義務とされています。事後的な対応だけでなく、日頃からパワハラを防止する対策を講じることで、トラブルを未然に防ぐことができます。
社内のパワハラ防止の対策については、以下の記事で詳しくご説明しておりますのでご参照ください。
2,証拠の種類
それでは、パワハラの証拠についてご説明していきたいと思います。パワハラについての証拠として、一般的には以下のようなものがあります。
- 1.録音データ
- 2.被害者と加害者のLINEやメールなどのやりとりの履歴
- 3.動画(店舗内防犯カメラの画像等)
- 4.被害者が病院を受診した場合は診断書
- 5.被害者の日記やメモ
(1)信用性が高いとされる証拠
これらの中でも、特に以下のような客観性のある証拠は、その分高い信用性が認められます。
- 1.録音データ
- 2.被害者と加害者のLINEやメールなどのやりとりの履歴
- 3.動画(店舗内防犯カメラの画像等)
(2)信用性に検討が必要な証拠
一方で、以下のような証拠は、信用性を全面的に認めることはできず、他の証拠との整合性や、その他の要素を総合的に考慮して、信用性を判断することが適切です。
- 1.被害者が病院を受診した場合の診断書やカルテの記載
- 2.被害者の日記やメモ
- 3.関係者の証言
3,場面別証拠の種類
厚生労働省によると、パワハラは以下の6類型に分類されます。
- (1)身体的な攻撃
- (2)精神的な攻撃
- (3)人間関係からの切り離し
- (4)過大な要求
- (5)過小な要求
- (6)個の侵害
以下では、上記の6類型について、それぞれどのような証拠を考慮すべきかご説明いたします。
なお、パワハラの6種類(6類型)については、以下の記事で詳しくご説明していますのでご参照ください。
(1)暴力があったとき(身体的な攻撃)
暴力があった場合、検討すべき証拠として以下のものがあげられます。
- 1.動画(店舗内防犯カメラの画像等)
- 2.録音データ
- 3.事件後の被害者と加害者のLINEやメールなどのやりとりの履歴
- 4.被害者が病院を受診した場合は診断書
- 5.被害者の日記やメモ
暴力は他のパワハラと違い、その頻度や経緯等は関係なく不法行為となります。
そのため、監視カメラ等にその暴力行為が映っていたり、動画が残っていれば、それは暴力がありパワハラがあったとする決定的な証拠となります。特に店舗や倉庫では防犯カメラが設置されていることが多く、防犯カメラに映っていないかどうかの確認が必要です。
また、動画がなかった場合でも、録音データが暴力の証拠となる可能性もあります。
暴力を振るわれている際に取られた録音で、被害者が「叩いたらだめでしょう」と発言し、加害者が何も反論しなかったということが確認されたため、暴力があったと認められ不法行為と判断した裁判例があります。(名古屋地方裁判所判決令和3年7月29日)
さらに、事件後の被害者と加害者のLINEやメールなどのやりとりの履歴も必ず確認しておくべきでしょう。事件後に加害者が被害者に対して謝罪したり、口止めのための連絡をしていることが確認できることがあります。
また、被害者がけがを負った際は、そのけがの写真や、診断書がないかを被害者に確認しましょう。
さらに、病院のカルテを取り寄せれば、被害者が病院を受診した際に、怪我の経緯についてどのように医師に報告したかを確認することができます。ただし、これらは単体でパワハラの証拠となるものではなく、証言や他の証拠と合わせて整合性等を検討することが必要です。
また、被害者が暴力について日記やメモをつけていないかも確認するべきでしょう。
日記やメモの信用性については、以下の「4,メモや日記の記載内容について」で詳しくご説明します。
暴力については、被害者が被害にあったと主張する時期と、被害者が被害を訴えた時期にどのくらいの間が空いているかも確認するべきポイントです。
暴力による被害にあったのに長期間被害報告をしないということは特別な事情がない限り不自然とも考えられ、被害報告を疑う事情の1つとなります。
(2)暴言など言葉によるパワハラ(精神的な攻撃)
言葉のパワハラは、先ほどご紹介したパワハラの6種類の内、最も相談や訴えが多いものです。
言葉のパワハラについても証拠の確認が不可欠です。
被害報告を受けた場合は、以下の証拠について確認しましょう。
- 1.録音データ
- 2.被害者と加害者のLINEやメールなどのやりとりの履歴
- 3.日記やメモ
- 4.同僚など関係者の証言
被害者が暴言を録音しているケースは多いです。暴言について録音データがあれば、偽造等の疑いがない限り、その発言の存在が認められます。ただし、いつどのような手段で録音したものなのかを確認することが必要です。
録音データの確認については、「5,録音データの確認について」で説明します。
また、暴言の内容がLINEやメールで残っているケースでは、少なくともそのようなメッセージが送信されたことは事実と判断でき、有力な証拠となります。
被害者からヒアリングするときは、加害者との最近のLINEやメールのやりとりを提出してもらうべきですし、加害者からヒアリングする場合も同じことがいえます。
さらに、暴言によるパワハラの中には、他の従業員の面前で罵倒したり、度を越えた叱責をするというパターンのものもあります。
このようなパワハラについては、目撃者がいるはずなので、目撃者にも確認するべきでしょう。ただし、他の従業員の面前で叱責したというだけで直ちにパワハラに該当するわけではありません。叱責が行われた経緯や頻度を確認する必要があります。
また、叱責された被害者が反論し口論になっていた状況なのか、それとも一方的に叱責されていたのかといった点も確認するべきでしょう。
(3)人間関係からの切り離し(無視されたとき)
隔離部屋で一人で業務をさせたり、会社の飲み会に一人だけ参加させない、などといった場合は、人間関係からの切り離しのパワハラに該当する可能性があります。
以下では、実際に隔離された席で業務をさせたことが、不法行為に当たると判断された裁判例をご紹介いたします。
東京地方裁判所判決 平成14年7月9日
事件の概要
旅行事業を営む会社に勤務していた従業員が、他にも空いている席があるのにも関わらず、資料置場として使用されていた、他の従業員に背を向けて座らせ、後ろの席との間が極端に狭いデスクに席替えをさせられたことについて、「いじめ」であるとして、会社に対して損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
この行為は、当該従業員を孤立させ退職に追い込むための嫌がらせであるとして、不法行為であると判断しました。
このように、嫌がらせ目的で、隔離された席へ席替えさせることは、パワハラに該当する可能性があります。
そのような場合は、席替えがあったこと、そしてその席が隔離されているような場所であったことを証明する写真等の証拠がないかを確認するべきです。また、同じ部署の他の従業員からも話を聞き、事実確認を行うべきでしょう。
(4)過大な要求(達成不可能なノルマを強制された時など)
達成不可能なノルマを課したり、過度に業務量を増やしたりした場合は、過大な要求であるとしてパワハラに該当する可能性があります。
鹿児島地方裁判所判決 平成26年3月12日
事件の概要
精神疾患を持っている市立中学の教員が、病気休暇を明けた直後に、業務量を増やされたことによって精神状態が悪化し、自殺したとして教員の遺族が市に対して損害賠償を請求した事件です。
裁判所の判断
市は、業務量は過大ではなかったと主張しましたが、当該教員が精神疾患を有しており、それによる病気休暇が明けた直後であったことから、業務量の軽減が必要であったとして、市に責任があると認め、市に対して損害賠償の支払いを命じました。
このような事例では、精神疾患を有していて業務量の軽減が必要な状況であったことを証明する診断書や、実際に命じられた業務の内容を証明する証拠を確認することが必要となります。
実際に命じられた業務の内容を示す証拠としては以下のようなものが考えられます。
- SNSやメールなどでのやり取り
- 業務命令や辞令等の書面
- 日記やメモ
- 関係者の証言
(5)仕事を与えない「過小な要求」のパワハラ
仕事を与えなかったり、能力とかけ離れた程度の低い仕事を命じることは、過小な要求であるとしてパワハラとなります。
実際に、管理職を肉体労働へ配置転換したことについて、違法と判断された裁判例をご紹介いたします。
大阪地方裁判所判決 平成12年8月28日
事件の概要
ソフトパウチ製造の会社に勤務する管理職の従業員が、退職勧奨に応じなかったことを理由に、「インキ担当」という肉体労働の上経験不要のポストに配置転換されたことは、権利の濫用であるとして、配置転換の無効と慰謝料を請求した事件です。
裁判所の判断
「インキ担当」のポストは、当該従業員が離れた後誰もそのポストについていないこと、肉体労働であり経験不要であること、などを理由に、この配置転換は退職勧奨を断ったことへの嫌がらせ目的であり、権利の濫用であるとして無効と判断し、会社に対して慰謝料の支払いを命じました。
こういった事例の場合は、配置転換された事実はもちろん、配置転換先のポストが、能力とかけ離れている業務内容であることを証明する証拠を確認することが必要となります。
(6)私的なことに過度に立ち入る行為(個の侵害)
私的なことに対して過度に立ち入る行為についても、「(2)暴言など言葉によるパワハラ(精神的な攻撃)」の暴言があったときと同様です。
以下の証拠がないかを確認しましょう。
- 1.録音データ
- 2.被害者と加害者のLINEやメールなどのやりとりの履歴
- 3.日記やメモ
- 4.同僚など関係者の証言
4,メモや日記の記載内容について
パワハラがあったとして、被害者から、作成したメモや日記が証拠として提出されることがあります。以下では、メモや日記がパワハラの証拠とされる場合について、どのような点を考慮して、信用性をチェックしていけばよいかをご説明したいと思います。
(1)メモや日記の信用性は一般的にはあまり高くない
メモや日記には、虚偽の記載が可能であり、また、時間が経ってから書いたものについては記憶があいまいであったり抽象的な表現になってしまうこともあります。そのため、信用性については十分な検討が必要です。
以下のような場合は、証拠としての価値は低くなります。
- 被害があってからかなり時間が空いてから書かれている
- 時間が経ってからまとめて書かれている
- 箇条書きで簡単に書かれていて具体的でない
- 鉛筆で書かれている
- パソコンでメモしている
詳細が十分に書かれていなかったり、作成した日付が特定できなかったり、鉛筆で書くなど後に修正できてしまうようなものは、証拠としての信用性が弱くなります。
(2)信用性が高いと判断できる場合の例
一方で、以下のような場合は信用性が高いと判断できることもあります。
- 日時や内容が詳細に書かれている
- 紛争になる前から継続的に書かれている
- 業務のこと以外にも、日常に関することも日記に書かれている
- 修正できないペンで書かれている
- 毎日書かれている
実際に、日記が証拠となりパワハラが認定された裁判例をご紹介いたします。
福岡高等裁判所判決 平成25年7月30日
事件の概要
市役所で勤務する職員が、市営団地の建物の前で交際相手の職員と抱き合っているという通報を市民から受け、それについて上司が当該職員を、「危険人物」「たくさんの女性を泣かせてきた」などと中傷しました。職員は、上司によるこれらの言動により、うつ病を発症したとして市に対して損害賠償を請求しました。
この事案では、交際相手の職員が、日記に上司の発言を記録していました。これが紛争が発生する前に作成され、また、継続的な記録の一環として作成されたものであることを理由に信用性が肯定され、上司による中傷発言があったと認められました。
パワハラ被害を訴える従業員からヒアリングを行うときは、メモや日記を残していないか、必ず確認することが必要です。
5,録音データの確認について
録音データの確認におけるポイントは、以下の点です。
- 切り取られていない全てのデータを提出してもらう
- 問題とされている発言があったかどうかだけでなく、その発言に至る前後関係まで確認する
被害者にパワハラについてのヒアリングを行う際に、録音データを提出された場合は、被害者の都合のいい様に切り取られないよう、録音を始めた最初の部分から、録音を止めた最後の部分まで全てを提出してもらう必要があります。
また、パワハラの有無は、発言の言葉のみで判断できるものではなく、経緯等の様々な要素から総合的に判断する必要があります。
そのため、前後関係の確認ができるように、全ての録音データを提出してもらうようにしましょう。
パワハラに該当する言葉については、以下の記事で詳しくご説明していますので、ご参照ください。
6,証拠の集め方
では、従業員からパワハラ被害の相談や被害の訴えがあった場合に、どのように証拠を集めていけばよいのでしょうか?
(1)当事者へのヒアリング時に証拠を提出してもらう
パワハラがあったとの訴えがあったとき、会社は当事者双方にヒアリングを実施する必要があります。
その際、メールや録音データ、日記など、パワハラの有無を立証できるような証拠があれば、それを提出してもらいましょう。
この場合、証拠を隠さずに全部出してもらうことを目指す必要があります。
一番困るのは、当事者が、社内での事情聴取の際に決定的な証拠があるのにそれを提出せず、裁判などになってから証拠を出してくるケースです。
そのようなことがないように、パワハラの相談を受けた際、相談担当者はしっかりと当事者と信頼関係を作ったうえで、証拠がある場合は全部出してもらうように依頼することが大切です。
(2)何も証拠がないときどう対応すべきか?
しかし、必ずしも被害者が証拠を持っているとは限りません。
そのような場合には、「当事者の主張」と、「関係者の証言」が重要となってきます。
まずは、当事者の双方にヒアリングを行い、事実関係を確認します。当事者間で争いのない事実関係については、通常は事実と認めることができます。
一方で、両者の主張が食い違う場合は、その点について再度ヒアリングを行います。
その際に当事者のどちらかが、自分の主張を不自然に変更した点はないか、被害者に虚偽を供述する動機がないかなどの点を考慮して、パワハラの有無を判断します。
また、関係者の証言も重要となってきます。ただし、その関係者と、当事者との人間関係によって、証言がゆがめられる可能性があることを意識しておく必要があります。
例えば被害者のことを嫌っている人が、被害者の事実関係の主張に対して否定的な説明をしたり、加害者のことを嫌っている人が、被害者側の主張に迎合するような説明をすることが起こり得ます。
そのため、関係者からのヒアリングは、当事者と近い立場の人だけでなく、幅広く聞き取りを行うことが重要です。そうすることで、調査の信用性を高めることができます。
実際に、当事者の部署以外の従業員からも聞き取りを行ったことで、調査の報告書が信用できるものであると判断された裁判例を紹介します。
(3)パワハラ調査の信用性を肯定した裁判例
東京地方裁判所判決 令和元年11月7日
この事例は、大手税理士法人が、法人内に設置したコンプライアンス室に匿名でパワハラの通報があったため、法人がパワハラの調査を弁護士に依頼して、調査の結果、パワハラがあったとされた人事課長に訓戒処分を行った事件です。
これに対し、人事課長が調査結果は誤りであるとして、訓戒処分の無効の確認を求める訴訟を起こしました。
人事課長は、訴訟において、人事課長と、パワハラを受けたとされる被害社員はいずれも従業員5名で構成される人事部に所属しており、このような少人数の人事部内の人間関係によって間違った調査結果になっていると主張しました。具体的には、弁護士によるパワハラ調査の際のヒアリング対象者の中に、人事課長を人事部から異動させたがっている人事部長や、被害社員と親しい人事部内の従業員が含まれており、彼らが被害社員のパワハラの訴えに同調する虚偽の供述をしたことで調査結果がゆがめられていると主張しました。
しかし、裁判所は、この人事課長の主張を採用せず、パワハラがあったという結論を出した調査結果の信用性を肯定しています。
裁判所はその理由として、パワハラ調査を担当した弁護士が、人事部内だけでなく他部署の従業員からも事情聴取を行っている点を評価して、「人事部における人間関係にとらわれない調査がされている」とし、調査結果が部署内の人間関係によってゆがめられたという指摘はあたらないとしています。
小さい部署内でのハラスメント調査では、その部署内でヒアリング調査をすれば十分と考えがちです。
しかし、この裁判例のように、加害社員から、部署内の人間関係によって調査結果がゆがめられているという主張がされることがありますので、他部署も含めて関係者のヒアリング調査をするなどして、調査の信用性を高めることが必要です。
7,訴訟や労働審判で重要になる証拠とは?
パワハラのトラブルが訴訟や労働審判に発展することがあります。
この場合、ここまでご説明した証拠に加え、以下のものも証拠として重要となります。
- 被害報告があった時の調査の際に会社がヒアリングにより作成した調書(本人の署名押印があるもの)
- パワハラの調査報告書(ヒアリング結果や調査の際に収集した証拠を踏まえて会社が作成したもの)
(1)被害者の主張の信用性が低いと判断される時はどんな時?
実際の裁判においても、被害者の日記やメモが証拠として提出されることがあります。その際は、その証拠が信用できるものであるかどうか判断されます。
以下では、被害者の作成したメモに信用性が認められなかった裁判例を紹介します。
東京地方裁判所判決 平成22年1月26日
事件の概要
派遣先の病院に清掃員として勤務していた従業員が、上司からパワハラ及びセクハラを受けたとして損害賠償を請求した事件です。この事件では、証拠として提出された、従業員が作成したメモの信用性が問題となりました。
裁判所の判断
裁判所は、そのメモが、病院に勤務していた頃から3年も後に作成されていること、それにもかかわらず年月日及び時刻までが詳細に記載されているのは不自然であること、作成されたときには既にメモが重要な証拠となりえると予測可能であったこと等を理由に、従業員のメモは信用できないと判断し、ハラスメントの存在を認めませんでした。
8,パワハラを認定した場合に企業が取るべき対応
証拠の確認をして事実調査をした結果、パワハラがあったと判断した場合、会社は以下の対応を取る必要があります。
- 加害者の処分
- 再発防止措置
- 被害者のケア
(1)加害者の処分
パワハラをした従業員には、少なくとも再発防止のための注意、指導をする必要があります。また、パワハラの程度が重大な場合や繰り返している場合は懲戒処分も検討する必要があります。
その時、懲戒処分の内容が重すぎると、後日、従業員から不当な処分であると訴えられて、裁判所で懲戒処分が無効と判断されることがあることに注意してください。
パワハラの程度によっては、被害者に謝罪させる程度にとどめることが適切です。
一方で、加害者に対する懲戒処分の内容が軽すぎた場合は、後に被害者の方から適切な対応を取らなかったとして、被害者と会社の間でトラブルになることがあります。
こういったことがないように、懲戒処分を決定する際は、問題となったパワハラの程度を踏まえ、軽すぎず重すぎない適切な処分を決定する必要があります。
処分の内容によっては、被害者、加害者のどちらか一方あるいは双方が不満をもつということも考えられますが、会社としてはあまり当事者の意向にとらわれることなく、正しい判断をする姿勢が必要です。そのうえで、処分の内容や理由を当事者に説明することも重要になります。
パワハラ加害者に対する懲戒処分については以下の記事でも解説していますのでご参照ください。
(2)再発防止措置
再発防止措置として、加害者をハラスメント防止に関する研修に参加させたり、社内で氏名を伏せた状態で処分を公表し注意喚起をすることで、再発防止措置を講じることも重要です。
加害者だけでなく、従業員全体を対象にハラスメント防止研修を行うことも検討するべきです。
(3)被害者のケア
被害者への配慮も忘れてはいけません。被害者から精神疾患や体調不良の訴えが出ている場合は、医師の意見を考慮しつつ、職場の状況に応じて就業場所や作業内容を変更することも大切です。
また、被害者と加害者の部署を別にするなどして、できるだけ接触させないための配慮をするべきでしょう。
加害者への懲戒処分は判断を誤ると、紛争化し、訴訟に発展することも少なくありません。
また、被害者からの損害賠償請求への対応についても同様のことがいえます。訴訟を回避し、迅速に解決できるように、できるだけ早い段階で労働問題に強い弁護士にご相談していただくことをおすすめします。
労働問題に強い弁護士については、以下をご参照ください。
▶参考情報:労働問題に強い弁護士への相談サービスはこちら
9,労働者からよくある質問
以下では、労働者の立場からよくある質問について参考までにご説明します。
(1)録音は犯罪か?
社内で録音することは、たとえ無断であったとしても、直ちに違法となることはありません。犯罪になることもありません。
ただし、社内での録音を辞めるように指示されていたにもかかわらず、それを何度も無視したとして懲戒処分を下したことについて、「他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らか」であるとして、懲戒処分は有効であると判断された裁判例もあります(東京地方裁判所立川支部判決 平成30年3月28日)。
会社から録音禁止命令がでているときは、録音は控えるべきでしょう。
(2)録音の取り方
録音の取り方としては、上司から呼び出しがあったときや、上司の面談を受けるときなど、パワハラに当たる発言がありそうな場面で、会話のやり取りを録音する方法が一般的です。
パワハラに当たるような発言のみの録音データでは、証拠としてあまり価値は高くなりません。
(3)パワハラを立証できなかった場合、名誉棄損で訴えられるか
パワハラの被害を訴えた結果、相手から名誉棄損で逆に訴えられるという可能性は皆無ではありません。ただし、パワハラを立証できなかったからと言って、それだけで名誉棄損になるわけではありません。
名誉棄損は、「公然と事実を摘示ないし意見論評を表明することにより他人の名誉を毀損すること」が要件とされています。
例えば、相手方や会社の調査担当者に対して、パワハラ被害を訴えたとしても、それは通常は「公然と」とはいえません。
結果的にパワハラ被害を立証できなくても、パワハラ被害を不特定多数に知られる可能性のある方法で主張したわけでなければ、通常は名誉毀損にはあたりません。
同様の理由を述べて、名誉棄損の訴えを認めなかった例として、東京地方裁判所判決平成31年3月28日があります。
一方、パワハラについて加害者名を特定してSNSに書き込んだり、ブログに書いたり、あるいは報道関係者に訴えるということをした場合は、「公然と」に該当し、名誉棄損が成立することがあります。
10,パワハラの証拠に関して弁護士に相談したい方はこちら
咲くやこの花法律事務所では、パワハラトラブルの対応について、企業側、事業者側の立場で、ご相談をお受けしています。
以下では、咲くやこの花法律事務所のサポート内容をご紹介いたします。
(1)パワハラのトラブル関する対応方法のご相談
咲くやこの花法律事務所では、社内の従業員からパワハラがあったと主張された際、どのように対応すればよいかの対応方法のご相談を承っております。
社内の従業員からパワハラがあったとの訴えがあった際、会社側が誤った対応をしたり、対応方法がわからずに放置してしまったりして、被害者の従業員から適切な対応を取らなかったとして損害賠償を請求されてしまうケースが少なくありません。
また、加害者側の従業員に対して、重すぎる懲戒処分に科してしまい、会社に対して懲戒処分の無効を求める訴訟を提起されたり、懲戒処分の撤回を求める団体交渉を申し入れられるケースもあります。
このようなことを防ぐためには、自己流で対応せず、初期段階で弁護士に相談して正しい対応をすることが重要です。相談が遅れてしまうと、自己流の誤った対応を後でリカバリーすることが必要になってしまい、対応が困難になったり、紛争が泥沼化してしまいます。
咲くやこの花法律事務所では、パワハラトラブルの企業側の対応について、多数の実績があり、その豊富な経験に基づいて、トラブル解決のためにベストな対応方法を助言します。
弁護士への相談費用例
- 初回相談料:30分5000円+税(顧問契約ご利用の場合は相談料はかかりません。)
- 調査費用:30万円+税~
(2)パワハラの調査のご依頼
パワハラ被害の訴えがあったときは、会社はパワハラが本当にあったかどうかの調査を実施し、事実認定をする必要があります。
パワハラに該当するか否かは、提出された証拠をもとに、その経緯や言動の頻度、当事者間の関係性など、様々な点を考慮したうえで判断しなくてはなりません。
また、当事者に対して適切なヒアリングを行って、その内容を証拠化し、かつ目撃者等がいればその従業員にもヒアリングを行う必要があります。
パワハラに該当するか否かの判断は、考慮すべき要素も多く、とても複雑であり、間違った判断をしてしまい、後にトラブルに発展してしまうケースも多くなっています。
咲くやこの花法律事務所では、パワハラの調査のご依頼を承っています。弁護士が豊富な経験に基づき、当事者のヒアリングへの立ち合いや、パワハラに該当するかの判断、加害者に対する懲戒処分等の対応についてサポートいたします。
弁護士への相談費用例
- 初回相談料:30分5000円+税(顧問契約ご利用の場合は相談料はかかりません。)
- 調査費用:30万円+税~
(3)ハラスメント防止措置に関するご相談
咲くやこの花法律事務所では、ハラスメント防止措置に関するご相談も承っております。
いわゆるパワハラ防止法により、2022年4月にすべての企業に対してハラスメント相談窓口の設置が義務化されました。それに伴い、企業はパワハラの防止についてより適切な措置を講じることが求められています。
咲くやこの花法律事務所では、パワハラに関する研修や、就業規則の整備、相談窓口の整備等についてのご相談をお受けすることができます。日頃からそういった対策を講じておくことで、パワハラトラブルに強い会社にしていくことが大切です。
弁護士への相談費用例
- 初回相談料:30分5000円+税(顧問契約ご利用の場合は相談料はかかりません。)
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11,パワハラトラブルについての咲くやこの花法律事務所の解決実績
最後に、咲くやこの花法律事務所におけるパワハラトラブルに関する企業向けのサポートの解決実績の一部を以下でご紹介しております。
あわせてご参照ください。
▶パワハラ被害を受けたとして従業員から会社に対し300万円の慰謝料が請求されたが、6分の1の慰謝料額で解決した成功事例
▶教職員が集団で上司に詰め寄り逆パワハラが発生!学校から弁護士が相談を受けて解決した事例
▶内部通報窓口に匿名で行われたハラスメントの通報について、適切な対処をアドバイスし、解決まで至った事例
12,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
パワハラに関する相談などは、下記から気軽にお問い合わせください。今すぐのお問い合わせは以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
【お問い合わせについて】
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13,パワハラに関する法律のお役立ち情報も配信中(メルマガ&YouTube)
パワハラに関する法律のお役立ち情報について、「咲くや企業法務.NET通信」のメルマガ配信や「咲くや企業法務.TV」のYouTubeチャンネルの方でも配信しております。
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14,【関連情報】パワハラに関するお役立ち関連記事
この記事では、「パワハラの証拠の集め方と確認すべき注意点などについて」をわかりやすく解説しました。社内でパワハラトラブルが発生した際は、パワハラの事実認定を適切に行えるようにどのような証拠を判断材料とすべきか、心得ておく必要があります。
また、その他にもパワハラトラブルを正しく対応するためには基礎知識など知っておくべき情報が幅広くあります。特にパワハラ発生時の判断基準や対応方法などについても正しく知識を理解しておかなければ重大なトラブルに発展してしまいます。
そのため、以下ではこの記事に関連するパワハラのお役立ち記事を一覧でご紹介しますので、こちらもご参照ください。
・パワハラ防止法とは?パワハラに関する法律のわかりやすいまとめ
・パワハラやハラスメントの調査方法について。重要な注意点を解説
・職場のパワハラチェックまとめ!あなたの会社は大丈夫ですか?
・パワハラの慰謝料の相場はどのくらい?5つのケース別に裁判例をもとに解説
・パワハラの相談まとめ!企業の窓口や労働者の相談に関する対応について
・パワハラ(パワーハラスメント)を理由とする解雇の手順と注意点
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記事更新日:2023年6月29日
記事作成弁護士:西川暢春