こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
従業員を雇用している会社では、どの会社でも発生する可能性があるトラブルの1つが「解雇トラブル」です。
独立行政法人労働政策研究・研修機構が平成24年10月に行ったアンケート調査では、従業員に対する普通解雇を実施した企業のうち28パーセントが、「仕事に必要な能力の欠如」つまり「能力不足」を解雇の理由にあげています。
能力不足による解雇とは、事務的なミスを繰り返す、顧客に対する対応が不適切で苦情が相次ぐ、営業成績が上がらない、業務上必要なスキルに達しないなどの理由により従業員を解雇することをいいます。能力不足による解雇が有効とされるためには、企業が十分な指導を行い、それでも改善されない場合に限られることが原則です。
そして、能力不足を理由とする解雇は、従業員との裁判トラブルに発展するリスクがあり、しかも、裁判所が不当解雇と判断すれば、企業は多額の支払い命令を受けるリスクがあることに注意が必要です。
たとえば、不当解雇と判断された判例には以下のような事例があります。
事例1:松筒自動車学校事件判決
自動車教習所の運営会社による事務員の解雇を不当解雇と判断し、「332万円」の支払いを命令
事例2:ミリオン運輸事件判決
運送会社によるトラックドライバーの解雇を不当解雇と判断し、「約1180万円」の支払いを命令
事例3:森下仁丹事件
医療品等の製造販売会社による販売職従業員の解雇を不当解雇と判断し、「約600万円」の支払いを命令
この3つは能力不足を理由とする従業員解雇の事例ですが、いずれも企業に多額の支払いが命じられています。高額の支払いを命じる判決が出るのは、裁判所が不当解雇と判断すると、企業が従業員を解雇した時点にさかのぼってその従業員の給与の支払いを命じるためです。
しかし、このようなリスクを踏まえても、会社経営者として従業員を解雇しなければならない場面もあるでしょう。
そこで、今回は、どのような場面であれば能力不足を理由とする解雇が認められるかという点をご説明したうえで、解雇の具体的な手順をご説明します。また、企業が能力不足の従業員を解雇する前にリスク対策として、最低限、確認しておきたい5つのポイントについてもご説明したいと思います。この記事を読んでいただくことで、能力不足による解雇が認められる条件や具体的な解雇の手順、解雇前に確認すべき点などを理解していただくことができます。
それでは見ていきましょう。
従業員の解雇は、企業にとってリスクが高い場面です。解雇後に訴訟に発展して敗訴し、多額の支払を命じられる例が多数存在します。解雇については、必ず、事前に弁護士にご相談ください。
従業員の解雇について会社が弁護士に相談する必要性や弁護士費用などについては、以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
▶参考情報:従業員の解雇について会社が弁護士に相談する必要性と弁護士費用
筆者が所属する咲くやこの花法律事務所でもご相談をお受けしておりますので、お困りの場合はご相談ください。
▼【関連動画】西川弁護士が「能力不足の従業員を解雇できる?事前に確認すべき5つの注意点を弁護士が解説」を詳しく解説中!
▼能力不足の従業員問題で弁護士の相談を予約したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,能力不足の従業員を解雇できるか?
従業員を能力不足を理由に解雇することについては、以下の労働契約法のルールに基づく制限があります。
▶参考:労働契約法16条
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
解雇をめぐって訴訟になり、この条文により、解雇が無効(不当解雇)と判断されてしまうと、前述の通り多額の金銭の支払いを命じられてしまいます。そのため、解雇の前に慎重な検討が必要です。
そして、裁判例上、能力不足による解雇が有効と認められるための要件はおおむね以下の通りです。
要件1:改善のための具体的な指導をする
企業としてその従業員に求める業務水準を示したうえで、その従業員の実際の業務状況と比較し、改善すべき点を具体的に指摘して改善のための指導をしていること
要件2:改善のための期間を与える
一定期間内に改善できない場合は解雇になる可能生があることを具体的に伝えたうえで、改善のための期間を与え、その期間中の業務状況を踏まえても改善が難しいと判断できる場合であること
要件3:配置転換や降格による解決ができない
配置転換や降格の余地がある場合は、配置転換や降格によっても能力不足の問題を解決できなかったこと
これらの点については、以下の裁判例が参考になります。
▶参考裁判例
① 東京地方裁判所判決令和3年7月8日(Zemax Japan事件)
「能力不足を理由として解雇する場合、まずは使用者から労働者に対して、使用者が労働者に対して求めている能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力にどのような差異があるのかを説明し、改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし、一定期間の猶予を与えて、当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で、それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当である」
② 東京地方裁判所判決平成28年3月28日(日本アイ・ビー・エム事件)
「現在の担当業務に関して業績不良があるとしても、その適性に合った職種への転換や業務内容に見合った職位への降格、一定期間内に業績改善が見られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた上での業績改善の機会の付与などの手段を講じることなく行われた本件解雇①は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、権利濫用として無効というべきである。」
ただし、特別な職歴や特別な能力に着目して即戦力として採用された中途採用者については、新卒採用者で必要とされるほど指導のプロセスを踏まなくても、雇用契約上予定されていた業務能力を欠いている事実が認められれば、解雇が有効と認められる傾向にあります。この点については以下を参考にしてください。
2,解雇の具体的な手順
能力不足を理由とする解雇は、普通解雇により行うことが通常です。具体的な手順は以下の通りです。
(1)社内で解雇の方針を共有する
解雇にあたっては、会社の幹部や、解雇対象となる従業員の上司との間で、その従業員を解雇するという方針を共有し、理解を求めておくべきです。社内で意思統一しておくことで、解雇対象となる従業員に対して、解雇が社内の一部の個人的な意向で行われているわけではなく、会社全体の意思であることを示すことができます。それによって、仮に解雇対象者が解雇を争うような行動をしても、会社が受け入れる余地がないということを、解雇対象者に印象付けることができます。
(2)予告解雇か即日解雇かを決定する
普通解雇には、大きく分けて、予告解雇と即日解雇の2通りがあります。予告解雇は、解雇を伝えた日の30日以上後に解雇日を設定することで、解雇の30日以上前に解雇を予告する方法です。これに対して、即日解雇は、30日分の解雇予告手当を支払って解雇を伝える当日に解雇する方法です。解雇にあたっては、このどちらの方法で解雇を進めるかを決める必要があります。
▶参考情報:予告解雇と即日解雇については、以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご参照ください。
(3)解雇の理由を整理する
次に、解雇の理由を整理する作業が必要です。これは、従業員に解雇を言い渡す場面で、解雇の理由を伝える必要があるためです。具体的には、「会社の指導にもかかわらず問題点が改善されておらず、会社の求める業務水準を達成できる見込みがないこと」を解雇理由として伝えることになります。
以下の点を整理しておきましょう。
- 本人の業務上のミスや成績不良についての具体的エピソード
- それに対して、会社からどのように指導してきたのか
本人のこれまでの問題点や、それに対する会社の指導の履歴について、整理したメモを作成し、解雇の言い渡しの際に、本人に伝えることができるように準備する必要があります。
(4)解雇通知書を準備する
解雇の理由が整理できたら、解雇通知書を準備します。
▶参考情報:解雇通知書の書式や書き方については、以下の記事をご参照ください。
(5)従業員に解雇を伝える
以上の準備ができたら、従業員を別室に呼んで解雇を伝えることになります。解雇通知書のコピーを事前にとっておき、そのコピーに従業員の受領のサインをもらってください。解雇の具体的な伝え方については、以下でご説明していますのでご参照ください。
(6)解雇後の退職手続きを行う
解雇後は、社会保険の資格喪失手続を行い、離職票や源泉徴収票を解雇対象者に交付する必要があります。また、即日解雇の場合は、解雇予告手当の支払をする必要があります。
解雇後の手続の詳細は以下をご参照ください。
3,能力不足の従業員を解雇する前に確認しておきたい5つのポイントとは?
冒頭で述べたとおり、企業が解雇トラブルで敗訴した場合は、「不当解雇」と判断され多額の支払いを命じられる危険があります。そのため、能力不足の従業員を解雇しなければならない場合は、不当解雇と判断されて敗訴するリスクがないかを事前に十分検討することがとても重要なポイントです。
▶参考情報:不当解雇と判断される条件や、また判断された場合のどうなるのか等について、詳しく以下の参考記事で解説していますのであわせてご参照ください。
最低限、以下の5つのポイントを必ずチェックしておきましょう。
能力不足の従業員を解雇する前に確認しておきたい5つのポイント
- ポイント1:解雇の理由とした従業員のミスが本人のものであることを立証できるか
- ポイント2:「従業員の能力不足は会社の教育不足が原因である」と判断されるリスクはないか
- ポイント3:「待遇改善の要望や労働組合への加入を理由に解雇した」と判断されるリスクはないか
- ポイント4:「解雇が性急すぎる」と判断されるリスクがないか
- ポイント5:「解雇の前に配置転換すべきだった」と判断されるリスクがないか
それぞれのポイントについて順番に解説していきたいと思います。
ポイント1:解雇の理由とした従業員のミスが本人のものであることを立証できるか?
企業が能力不足の従業員を解雇する前に最低限、確認しておきたい5つのポイントの1つ目は、「解雇の理由とした従業員のミスが本人のものであることを立証できるか」という点です。
たとえば、従業員が重大な業務上のミスを繰り返すために能力不足を理由に解雇する場合、裁判で企業側がそのミスが本人のものであることを立証できなければ、裁判所に不当解雇と判断されます。
そして、敗訴したときは、従業員を復職させることに加え、冒頭でご説明したように解雇の時点にさかのぼって賃金の支払いを命じられることが通常です。
このケースの典型例ともいえる裁判例が、冒頭で「事例1」としてご紹介した「松筒自動車学校事件」です。
以下で、その内容を見てみましょう。
1,解雇理由としたミスが本人のものであることの立証に失敗し、不当解雇として企業が敗訴した事例
判例:松筒自動車学校事件判決(平成7年4月28日大阪地方裁判所判決)
●事案の概要:
この事件は、自動車教習所を運営する株式会社が、教習所の受付・レジを担当していた女性事務員を解雇したところ、この女性事務員から不当解雇であるとして訴訟を起こされたケースです。
●裁判の結論:
不当解雇と判断され、会社敗訴
●判断の理由:
会社は、女性事務員の能力不足の主張の1つとして、「レジの記録と現金の実際の額について食い違いが約6か月の間に53回も発生していた」という点を主張しました。
しかし、裁判所は、「レジを担当していた事務員は複数名おり、証拠によりこの女性事務員のミスであると認定できるのは、会社が主張する53回の食い違いのうち6回にすぎない」と判断しました。そして、6回のミスは軽微で解雇しなければならないほどの事情はなく、不当解雇であると判断しました。
この事例のように、企業側が解雇の理由として、従業員に頻繁なミスがあったことを裁判所で主張するケースの中には、そのミスが本人のものであることを企業が立証できずに、敗訴するパターンが多く見られます。
従業員のミスが気になる時は、少なくとも、以下の点をチェックしましょう。
2,従業員のミスが気になるときのチェックポイント
- ポイント1:その従業員以外の従業員がミスに関与している可能性がないか
- ポイント2:上司からの指示の方法に問題があって、ミスが発生した可能性がないか
- ポイント3:ミスについての本人の言い分を聴いたか
そして、解雇まで考えなければならないケースでは、必ず、解雇の前に弁護士に相談して、ミスが本人のものであることについて十分な証拠があるかどうかをチェックしておくことが必要です。
ポイント2:「従業員の能力不足は会社の教育不足が原因である」と判断されるリスクはないか?
企業が能力不足の従業員を解雇する前に最低限、確認しておきたい5つのポイントの2つ目は、「従業員の能力不足が会社の教育不足が原因であると判断されるリスクはないか」です。
企業が従業員の能力不足を理由として行う解雇のケースでは、「能力不足は会社の教育不足が原因である」として、裁判所に不当解雇と判断されることが少なくありません。
このケースの典型例ともいえる裁判例として、「セガ・エンタープライゼス事件」という事例を見てみましょう。
1,能力不足は会社の教育不足が原因であると判断されて、企業が敗訴した事例
判例:セガ・エンタープライゼス事件判決(平成11年10月15日東京地方裁判所決定)
●事案の概要:
この事件は、ゲーム機メーカーが、従業員のうち考課順位の下位10%の従業員に退職勧奨を行ったところ、1名のみ応じなかったために、この1名を解雇した事件です。解雇された従業員が「不当解雇である」として会社に仮処分の手続をとりました。
●裁判の結論:
不当解雇と判断され、会社敗訴
●判断の理由:
会社は、「従業員には業務を担当するために必要な英語力が不足していた」、「取引先からも苦情が多かった」などの点を解雇の理由として主張しました。
しかし、裁判所は、「従業員に対して教育、指導が行われた形跡がなく、適切な教育、指導を行えば、能力向上の余地があった」と判断し、不当解雇であると判断しました。
この事例で解雇された従業員は新卒採用されて約10年が経過した正社員でした。
特に、新卒採用の従業員については、「能力不足は会社の教育不足が原因である」として不当解雇と判断した裁判例が多く見られます。「新卒採用した従業員の能力が不足しているのであれば、解雇するのではなく、まずは十分な指導、教育を行うことが会社の責任である」と裁判所は考えています。
解雇まで考えなければならないケースでは、自社の指導、教育が足りなかったと判断される危険がないか、事前にチェックしておくことが必要です。
▶参考情報:退職勧奨についての詳しい解説
退職勧奨とは、会社側から従業員に退職を促すことを指します。あくまで従業員に退職について了解してもらい、同意の上、退職届を提出してもらって退職してもらうことを目指す方法です。退職勧奨についても解雇と同様に、事前に必ずおさえておくべき注意点などがありますので、以下も合わせてご確認下さい。
ポイント3:「待遇改善の要望や労働組合への加入を理由に解雇した」と判断されるリスクはないか?
企業が能力不足の従業員を解雇する前に最低限、確認しておきたい5つのポイントの3つ目は、「待遇改善の要望や労働組合への加入を理由に解雇したと判断されるリスクはないか」です。
企業が能力不足を理由に従業員を解雇したときも、「能力不足という理由は表向きのもので、解雇の真の理由は従業員からの待遇改善の要望や労働組合への加入である」と裁判所に判断されると、不当解雇として敗訴します。
このケースの典型例ともいえる裁判例が、冒頭で「事例2」としてご紹介した「ミリオン運輸事件」です。
以下でその内容を見てみましょう。
1,従業員の待遇改善の要望や組合加入が解雇の真の理由であるとして、不当解雇と判断され、企業が敗訴した事例
判例:ミリオン運輸事件(大阪地方裁判所平成8年7月31日判決)
●事案の概要:
運送会社が、寝過ごしによる延着事故を起こしたドライバーを解雇したところ、ドライバーから不当解雇であるとして訴訟を起こされたケースです。
●裁判の結論:
不当解雇と判断され、会社敗訴
●判断の理由:
裁判所は、他の従業員が同様の延着事故を起こした際は会社は処分を行わなかったことなどを指摘し、この従業員が組合に加入して賃金引き上げの要望をするなどの積極的な組合活動をしていたことが解雇に至る理由になっているとして、不当解雇と判断しました。
この事例のように、能力不足を理由とする解雇のケースであっても、「従業員による待遇改善の要望や労働組合への加入が解雇の真の理由である」と裁判所に判断されてしまうと、企業側が敗訴します。
そのほかにも、「残業代の要求」や「労働基準監督署への相談」などを理由に解雇したと判断されて、会社側が敗訴した事例もみられます。
待遇面についてトラブルがあった従業員を解雇する際には、「待遇改善の要望をされたことが解雇の理由である」と裁判所に誤解される危険がないかを、事前に十分検討しておく必要があります。
ポイント4:「解雇が性急すぎる」と判断されるリスクがないか?
企業が能力不足の従業員を解雇する前に最低限、確認しておきたい5つのポイントの4つ目は、「解雇が性急すぎると判断されるリスクがないか」という点です。
この点は「ポイント2」にも関連しますが、解雇はほかの手段がないときの最後の手段であり、十分な成長の機会を与えないまま解雇すると、「解雇が性急すぎる」として不当解雇と判断されます。
この点については、以下の京新学園事件を見ていきましょう。
1,従業員に対する解雇が性急すぎると判断され、不当解雇として企業が敗訴した事例
判例:京新学園事件(大阪地方裁判所昭和60年12月25日決定)
●事案の概要:
この事件は、幼稚園を経営する学校法人が、プール主任として採用した従業員を解雇したところ、この従業員から不当解雇であるとして仮処分を起こされたケースです。
●裁判の結論:
不当解雇と判断され、学校法人側敗訴
●判断の理由:
学校法人側は従業員によるプール指導には問題があり、能力を欠いていると主張しましたが、裁判所は、従業員は就労していまだ一か月に満たず、解雇が性急にすぎることを理由に、不当解雇と判断しました。
この事例のように、採用後間もなく解雇するケースでは、十分な指導や教育をしておらず成長の機会も与えていないと判断されて、不当解雇とされる可能性が高いです。
ポイント5:「解雇の前に配置転換すべきだった」と判断されるリスクがないか?
企業が能力不足の従業員を解雇する前に最低限、確認しておきたい5つのポイントの5つ目は、「解雇の前に配置転換すべきだったと判断されるリスクがないか」という点です。
従業員の能力不足を理由とする解雇では、「解雇の前に配置転換をして、他の職種での就業の機会を与えていないこと」を理由に不当解雇と判断されるケースがあります。
これについては、最近話題になった、日本IBMの敗訴事例を見ていきましょう。
1,解雇の前に配置転換すべきだったとして、不当解雇と判断され、企業が敗訴した事例
判例:日本IBMロックアウト解雇事件(東京地方裁判所平成28年3月28日判決)
●事案の概要:
この事件は、日本IBMが、営業やシステム運用を担当していた従業員5名を能力不足を理由に解雇したところ、この従業員らから不当解雇であるとして訴訟を起こされたケースです。
●裁判の結論:
不当解雇と判断され、会社敗訴
●判断の理由:
裁判所は、日本IBMが「従業員を適性のある業種に配転したり、解雇の可能性を伝えて業績改善の機会を与えたりせずに解雇した」ことを理由に不当解雇であると判断しました。
この事例からもわかるように、従業員が現在配属されている業種について適性がなくても、配転等により他の業種にチャレンジさせ、従業員の適性に応じた仕事の場を与えることが必要です。配転等により従業員の適性にあう仕事を探す努力をしないまま解雇したと判断されると、不当解雇として敗訴することになります。
従業員の解雇を検討する際は、他の業種でその従業員の適性を試す余地がなかったか、十分に検討が必要です。
▶参考情報:従業員の他の業種への配転命令や職種変更についての注意点について
上記でご紹介してきた従業員の配転や職種変更などにより適正に応じた仕事の場を与えることについても、安易に命令を出すとトラブルにつながります。従業員の職種変更についてもおさえておくべき注意点がありますので、詳しくは以下の「従業員に職種変更を命じる際におさえておくべき注意点」をご覧下さい。
4,試用期間中の解雇や試用期間満了後の解雇について
試用期間中の従業員の解雇については、試用期間満了後に本採用された後の従業員の解雇よりも緩やかに認められます。このことは、三菱樹脂事件という事件の最高裁判所判決(最高裁判所判決昭和48年12月12日)でも判示されています。最高裁判所は、「留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇とまったく同一に論ずることはできず、前者については後者よりも広い範囲における解雇の事由が認められてしかるべき」としています。
ただし、だからといって試用期間中の従業員の能力不足を理由とする解雇が自由に認められるわけではなく、試用期間中の従業員の解雇が不当解雇と判断され、企業が多額の支払いを命じられたケースも数多く存在します。
試用期間中の従業員の解雇についての基礎知識や注意点などは、以下の参考記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
また、試用期間満了後に本採用を拒否する形で行う解雇(本採用拒否)の注意点などは、以下の参考記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
5,契約社員やパート社員の解雇について
契約社員の解雇については、契約期間の途中での解雇はよほどのことがない限り違法とされていることに注意が必要です。
労働契約法第17条1項により、契約社員の期間途中での解雇は「やむを得ない事由」がある場合でなければできない、とされています。そして、この「やむを得ない事由」があるとして、期間途中の解雇を認めた判例はごく少数にとどまります。能力不足を理由とする解雇は、経歴詐称等採用時の虚偽申告を伴うようなものでない限り、「やむを得ない事由」とは認められないと考えるべきです。
従って、契約社員の能力面に問題がある場合でも、期間途中での解雇は避け、雇用契約の期間満了のタイミングで次の契約を更新しないことにより雇用を終了することを検討しなければなりません。ただし、その場合も、「雇止め法理 」が適用されることにより、自由に雇用を終了することができるわけではないケースが多くなっています。
契約社員の解雇の注意点については、以下の参考記事で詳しく解説していますのでご参照ください
そして、ここでご説明した点は、有期雇用されているパート社員の解雇にもあてはまります。パート社員には期間の定めなく雇用されるパート社員(無期パート社員)と1年契約など期間を定めて有期雇用されているパート社員(有期パート社員)があります。有期パート社員の解雇については、契約社員の解雇と同様のルールが適用されます。一方、無期パート社員の解雇については正社員の解雇と同様のルールが適用されます。
6,障害者雇用した従業員の能力不足解雇について
障害者雇用した従業員について、能力不足を理由とする解雇を検討しなければならないケースもあるでしょう。
しかし、障害者雇用した従業員は、障害により業務について一定のハードルがあることや、企業側も就業のために必要な合理的配慮をすることが雇用契約の前提となっていることに注意する必要があります。また、障害者雇用促進法において、「障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない」とされていることにも留意する必要があります(障害者雇用促進法第36条の3)。
一方で、障害者雇用した従業員の能力不足を理由とする解雇が全く認められないわけではなく、解雇を有効と認めた例もあります(東京地方裁判所判決 平成26年3月14日富士ゼロックス事件等)。
障害者雇用した従業員の解雇についての判断基準や注意点などは、以下の参考記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
7,能力不足を理由とする解雇は会社都合か?自己都合か?
では、能力不足で従業員を解雇する場合、これは会社都合退職になるのでしょうか?自己都合退職になるのでしょうか?
結論から言えば、これは能力不足が著しいという事情があったとしても、企業側から能力不足を理由に解雇する場合は、会社都合退職として扱う必要があります。
会社都合退職というのは、雇用保険の受給において自己都合退職よりも有利に扱われる「特定受給資格者」のことを言います。そして、ハローワークは、解雇により離職した労働者については、「自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇」の場合を除き、この「特定受給資格者」に該当するという判断基準を採用しています。
長期間の正当な理由のない無断欠勤で解雇された場合や、社内での金銭の横領等を理由に解雇された場合は、「自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇」にあたりますが、能力不足についてはこれに該当せず、特定受給資格者として扱われます。
そのため、能力不足で解雇された場合、従業員としては会社都合退職と扱われて雇用保険の受給において、他の会社都合退職の場合と同様に有利な扱いを受けることができます(なお、能力不足を理由に会社から退職勧奨され、これに応じて辞める場合も同様に「会社都合退職」となります)。
一方で、会社としては、雇用関係の助成金を利用している場合、能力不足を理由に従業員を解雇することにより会社都合退職者を出すと、助成金の利用が一定期間認められないことがあり、注意が必要です。
8,能力不足を理由とする解雇の検討は必ず弁護士に事前相談を!
ここまで能力不足の従業員を解雇する前に確認しておくべきポイントについてご説明しました。
従業員を解雇することを考えるケースでは、今回ご説明したポイントを確認していただくこととともに、事前に必ず弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
解雇について弁護士に事前相談した方がよい理由は以下の3つです。
- 理由1:解雇が不当解雇と判断されると、数百万円から場合によっては1000万円以上の支払いを命じられるリスクがある。
- 理由2:解雇後の相談では対応に制限が生じることが多い。
- 理由3:解雇は思わぬ理由で不当解雇と判断されることも多い。
以下で順番にご説明したいと思います。
▶参考動画:この記事の著者 弁護士 西川 暢春が「会社が従業員を解雇する場面で弁護士に事前に相談すべき理由を解説」を動画で解説しています!
理由1:解雇が不当解雇と判断されると、数百万円から場合によっては「1000万円」以上の支払いを命じられるリスクがある
解雇前の事前相談が必要な理由の1つ目は、解雇が不当解雇と判断されると、数百万円から場合によっては「1000万円」以上の支払いを命じられるリスクがあるという点です。
冒頭でもご説明した通り、下記のような例があり、多額の金銭支払いが命じられるケースは珍しくありません。
- 事例1:松筒自動車学校事件判決 「332万円」の支払いを命令
- 事例2:ミリオン運輸事件判決 「約1180万円」の支払いを命令
- 事例3:森下仁丹事件 「約600万円」の支払いを命令
解雇は会社にとっての重大なリスクになる場面ですので、慎重を期し、必ず弁護士に事前に相談しておくべきです。
理由2:解雇後の相談では対応に制限が生じることが多い
解雇前の事前相談が必要な理由の2つ目は、解雇後の相談では対応に限界があるためです。
例えば、「ポイント2:「従業員の能力不足は会社の教育不足が原因である」と判断されるリスクはないか?」でご説明した通り、解雇については「従業員の能力不足は会社の教育不足が原因である」と判断されるリスクに常に注意する必要がありますが、既に解雇してしまった後では、教育不足のおそれがあっても、もはや教育を行うことができません。
また、解雇後は、能力不足についての証拠の収集についても大きな制約が生じます。能力不足についての証拠は、従業員在職中のほうが集めやすいためです。
さらに、会社による「解雇の伝え方」や「解雇理由書」など会社が作成する書面の内容も、裁判所の判断に直結しますが、既に弁護士に相談せずに解雇してしまった後では、「解雇の伝え方」や「解雇理由書」などの書面を最もリスクの低い適切な内容にする機会を失ってしまいます。
このように、解雇後の相談では対応に限界があるため、必ず解雇前に弁護士に相談する必要があります。
理由3:解雇は思わぬ理由で不当解雇と判断されることも多い
解雇前の事前相談が必要な理由の3つ目は、解雇については思わぬ理由で不当解雇と判断されることも多いということがあります。
今回、ご説明した5つのポイント以外にも、解雇前に検討すべきポイントは、個別の事案ごとに多岐にわたります。検討不足のまま解雇して、後で思わぬ理由で不当解雇と判断されるケースは非常に多いです。
能力不足のテーマとは少し離れますが、例えば、従業員を横領を理由に解雇したケースで、逆に会社側が「約1198万円」の支払いを命じられたケースもあります。(平成22年9月7日東京地方裁判所判決)
このような思わぬ結果を招くことも多く、解雇が適切かどうかを会社が自己判断することは非常に困難ですので、必ず解雇前に弁護士に相談しておきましょう。
以上、解雇の検討は必ず弁護士に事前相談してくべき理由についてご説明しました。
9,解雇トラブルに関する咲くやこの花法律事務所の解決実績
咲くやこの花法律事務所では、解雇に関して多くの企業からご相談を受け、サポートを行ってきました。
咲くやこの花法律事務所の実績の一部を以下でご紹介していますのでご参照ください。
▶成績・協調性に問題がある従業員を解雇したところ、従業員側弁護士から不当解雇の主張があったが、交渉により金銭支払いなしで退職による解決をした事例
10,能力不足の従業員の対応について弁護士に相談したい方はこちら
最後に、解雇相談に関する「咲くやこの花法律事務所」のサポート内容をご説明します。
咲くやこの花法律事務所では、従業員解雇に関して、企業向けに以下のサポートを行っています。
- (1)解雇前の事前相談
- (2)解雇の方法に関するご相談
- (3)解雇通知書、解雇理由書の作成
- (4)解雇後の弁護士による交渉
- (5)解雇トラブルに関する労働審判、裁判、団体交渉等
以下で順番にご説明していきます。
(1)解雇前の事前相談
「咲くやこの花法律事務所」では、解雇してよいかどうか、解雇前に集めるべき証拠は何があるか、解雇した場合のリスクがどの程度か、解雇した場合のリスクを減らす方法には何があるか、などの解雇に関する事前相談を企業のお客様から、常時承っています。
解雇は「咲くやこの花法律事務所」においても、最も相談の多い分野の1つです。
解雇トラブルに精通した実績豊富な弁護士が、相談企業の事情を詳細にヒアリングしたうえで、ご相談にダイレクトに回答し、また、リスクを減らすための適切な助言を行います。
(2)解雇の方法に関するご相談
解雇をする場合、「解雇の伝え方」や、「懲戒解雇か普通解雇かの選択」、「予告解雇か即時解雇かの選択」などが非常に重要なポイントになります。
このような解雇の方法についても、「咲くやこの花法律事務所」の弁護士が、相談企業の個別の事情を踏まえ、最も適切な方法をアドバイスします。
(3)解雇通知書、解雇理由書の作成
解雇通知書や解雇理由書は、後日、解雇トラブルが裁判になった場合に、証拠として提出されることがほぼ確実な非常に重要な書面です。
解雇に関する裁判対応の経験が豊富な「咲くやこの花法律事務所」の弁護士が裁判を見据えて書面を作成することで、企業のリスクを最小限におさえることができます。
(4)解雇後の弁護士による交渉
万が一、解雇後にトラブルになったときも、解雇トラブルの対応経験が豊富な「咲くやこの花法律事務所」の弁護士におまかせください。
詳細なヒアリングの上、徹底交渉を行い、企業にとって最も有利な解決に導きます。
(5)解雇トラブルに関する労働審判、裁判、団体交渉等
「咲くやこの花法律事務所」では、解雇トラブルに関する労働審判、裁判、団体交渉についても多くの実績を積み重ねてきました。実績ある弁護士による裁判対応、団体交渉対応により、解決結果は大きく変わります。ぜひ「咲くやこの花法律事務所」におまかせください。
(6)「咲くやこの花法律事務所」の弁護士へのお問い合わせ方法
咲くやこの花法律事務所の労働問題に強い弁護士のサポート内容は「労働問題に強い弁護士への相談サービス」をご覧下さい。弁護士の相談を予約したい方は、以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
【お問い合わせについて】
※個人の方からの問い合わせは受付しておりませんので、ご了承下さい。
11,まとめ
今回は、企業が能力不足の従業員を解雇する前、不当解雇のリスク対策として、最低限確認しておきたい5つのポイントについてご説明しました。
従業員を解雇しなければならないときは、事前に以下の5つのポイントを必ずチェックしておきましょう。
- ポイント1:解雇の理由とした従業員のミスが本人のものであることを立証できるか
- ポイント2:「従業員の能力不足は会社の教育不足が原因である」と判断されるリスクはないか
- ポイント3:「待遇改善の要望や労働組合への加入を理由に解雇した」と判断されるリスクはないか
- ポイント4:「解雇が性急すぎる」と判断されるリスクがないか
- ポイント5:「解雇の前に配置転換すべきだった」と判断されるリスクがないか
解雇トラブルは、多額の支払い命令につながるケースも多く、企業の重大なリスク要因になりますので、解雇検討時は、今回ご説明したポイントを確認したうえで、必ず事前に弁護士に相談しましょう。
12,【関連情報】能力不足の従業員の解雇に関する他のお役立ち記事一覧
問題社員や能力不足の従業員に対して解雇を検討しなければならないケースは会社を経営していると発生します。しかしその反面、今回の記事でご紹介したように「大きなリスク」もあるということも理解しておく必要があります。そのため、今回の「能力不足の従業員を解雇する前に確認しておきたいチェックポイント」の記事内でご紹介した解雇に関する情報以外も、おさえておくべき大切な情報が多数あります。下記では、能力不足の従業員への対応や解雇に関するお役立ち情報を一覧で掲載していますので、必ず合わせてご確認しておいて下さい。
(1)能力不足の問題社員についてのお役立ち関連情報
・モンスター社員とは?問題社員の対応を事例付きで弁護士が解説
(2)解雇についてのお役立ち関連情報
▶正当な解雇理由とは?解雇理由例ごとに解雇条件・解雇要件を解説
▶労働基準法による解雇のルールとは?条文や解雇が認められる理由を解説
また、今回の記事のテーマにもなっている「能力不足の従業員の解雇」については、「労働問題に強い弁護士」に相談するのはもちろん、普段から就業規則など自社の労務環境の整備を行っておくために「労働問題に強い顧問弁護士」にすぐに相談できる体制にもしておきましょう。顧問弁護士に関する具体的な役割や必要性、相場などの費用については、以下の記事をご参照ください。
▶参考情報:顧問弁護士とは?その役割、費用と相場、必要性について解説
また、労働問題に強い「咲くやこの花法律事務所」の顧問弁護士サービスについては、以下をご参照ください。
▶参考情報:【全国対応可】顧問弁護士サービス内容・顧問料・実績について詳しくはこちら
▶参考情報:大阪で顧問弁護士サービス(法律顧問の顧問契約)をお探しの方はこちら
記事作成弁護士:西川 暢春
記事更新日:2024年11月6日
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