労災によりうつ病などの精神疾患を患ってしまった場合の労災補償についてご存じですか?
従業員から、長時間労働やパワハラにより精神疾患になった旨の訴えがあったときに、気になるのが労災認定基準や補償の内容などだと思います。
精神疾患の労災とは、業務に起因して精神疾患を発症したと認められるケースです。認定されるためには以下の3つの要件を満たす必要があります。
- 要件1:発症前おおむね6か月以内に業務による強いストレスを受けたこと
- 要件2:うつ病やストレス反応など労災認定の対象となる精神疾患と診断されたこと
- 要件3:業務外のストレスや個体側要因により発症したとはいえないこと
そして、うつ病などの精神疾患が労災認定がされた場合に受給可能な給付は主に以下の通りです。
- 1.休業補償給付
- 2.療養補償給付
- 3.障害補償給付
これらの労災給付にはそれぞれ時効による期限があり、期限が過ぎてしまうと給付を受ける権利が消滅し、受け取ることができなくなってしまいます。
企業が従業員による労災請求を代行するケースでは、知らないまま権利が消滅してしまうといった事態を防ぐためにも、あらかじめ精神疾患の労災申請の手続きや労災認定基準、給付の内容についてよく把握しておくことが大切です。
この記事では、うつ病など精神疾患による労災についての給付内容や労災認定基準、申請の手続等について詳しく解説します。
この記事を読めば、うつ病など精神疾患による労災について詳しく知ることができるはずです。
それでは見ていきましょう。
最初に労災(労働災害)に関する全般的な基礎知識について知りたい方は、以下の記事で網羅的に解説していますので、ご参照ください。
筆者が所属する咲くやこの花法律事務所では、労災のトラブルについて、企業側の立場でご相談をお受けしています。
特にパワハラや長時間労働などを理由とするうつ病など精神疾患の労災申請が認められると、企業に安全配慮義務違反があったとして、企業が従業員に損害賠償責任を負うと判断される可能性が高まります。
パワハラの事実など、従業員の主張について疑義がある場合は、その点を労働基準監督署長に書面で申し出ることにより、労災認定について自社の主張を反映していくことが重要になります。労災認定の判断に企業が関与できる場面は限られており、タイミングを逃さずに自社の主張をしていくことが必要です。
従業員との労災トラブルへの対応にお困りの際は、できる限り早く弁護士にご相談ください。
労災に強い弁護士にトラブル解決を依頼するメリットと費用の目安などは、以下の記事で解説していますので参考にご覧ください。
▶参考情報:労災に強い弁護士にトラブル解決を依頼するメリットと費用の目安
また、咲くやこの花法律事務所の労災トラブルに関する解決実績を以下で紹介していますのであわせてご参照ください。
▼うつ病など精神疾患における労災に関して今スグ弁護士に相談したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
【お問い合わせについて】
※個人の方からの問い合わせは受付しておりませんので、ご了承下さい。
今回の記事で書かれている要点(目次)
- 1,パワハラや長時間労働によるうつ病など精神疾患についての労災認定基準
- 2,うつ病などの精神疾患による労災についての給付金額や補償の内容
- 3,精神疾患の労災申請の手続きについて
- 4,退職後の労災申請について【時効期限に注意】
- 5,労災によるうつ病の場合に当てはまる後遺障害の等級
- 6,精神疾患についての労災の認定率
- 7,会社が負担する損害賠償、慰謝料の相場
- 8,精神疾患の労災申請があった場合の会社の対応
- 9,うつ病など精神疾患の労災の事例についての重要判例
- 10,うつ病等の精神疾患での労災対応に関して弁護士に相談したい方はこちら(法人専用)
- 11,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
- 12,労災に関するお役立ち情報も配信中(メルマガ&YouTube)
- 13,【関連情報】労災に関するお役立ち記事一覧
1,パワハラや長時間労働によるうつ病など精神疾患についての労災認定基準
まず、パワハラや長時間労働によるうつ病などの精神疾患についての労災認定基準について解説していきます。
労災認定基準とは、国が労働者に対して労災としての給付をするかどうかを判断する際の基準をいいます。
うつ病などの精神障害や過労死の労災認定では、発症前概ね6か月以内の業務によるストレスを評価して判断する基準が採用されています。
パワハラや長時間労働によるうつ病などの精神疾患について、労災が認定されるのは原則として以下の3つの要件を満たす場合となります。
要件1:
発症前おおむね6か月以内に業務による強いストレスを受けたこと
精神疾患の労災認定のためには、まず発症前おおむね6か月以内に業務による強いストレス(心理的負荷)を受けたことが要件となります。
この「強いストレス」を受けたかどうかは、「特別な出来事」または弱・中・強の3段階で評価される「具体的出来事」に分けられ、判断されます。内容は以下の通りです。
1,特別な出来事
特別な出来事と評価される出来事は、主に心理的負荷が過度のものと極度の長時間労働の2つの類型に分けられます。
具体例は以下の通りです。
▶参考:特別な出来事の2つの類型例
心理的負荷が極度のもの | ・生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした ・業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大な怪我を負わせた(故意によるものを除く) ・強姦や本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた ・その他、上記に準ずる心理的負荷が極度と認められるもの |
極度の長時間労働 | ・発病直前の1カ月に概ね160時間を超えるような、またはこれに満たない期間にこれと同程度の時間外労働を行った |
2,具体的出来事
上記のような特別な出来事がない場合は、発症前6か月以内の具体的な出来事を総合的に評価して、強いストレスを受けたかどうかを確認します。
ストレスの評価が「強」と判断される例
- 事故や災害の体験
- 仕事の失敗・過重な責任の発生
- 役割や地位の変化
- パワーハラスメント
- 対人関係のトラブル(同僚からのいじめ等)
ストレスの具体的な評価については、以下の厚生労働省の心理的負荷評価表により、行われますので、これを参照する必要があります。
詳細は以下に掲載されていますのでご参照ください。
要件2:
うつ病やストレス反応など労災認定の対象となる精神疾患と診断されたこと
認定基準の対象となる精神疾患は、国際疾病分類第5章「精神および行動の障害」に分類される精神疾患です。
なお、認知症や頭部外傷などによる障害、アルコール・薬物による障害(分類コードF0、F1)は除かれます。
▶参考:分類コード:疾病の種類
- F2:統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害
- F3:気分(感情)障害
- F4:神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
- F5:生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
- F6:成人の人格および行動の障害
- F7:知的障害(精神遅滞)
- F8:心理的発達の障害
- F9:小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害
中でも、業務に関連して発病する可能性があるのは「F3、F4」に分類される精神疾患であり、代表的なものは以下の通りです。
1,F3:気分(感情障害)
- 双極性感情障害(躁うつ病)
- うつ病
- 躁病
2,F4:神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
- 恐怖症性不安障害
- パニック(恐慌性)障害
- 対人恐怖症、社会恐怖症などの個別的恐怖症
- 急性ストレス反応
- 適応障害
要件3:
業務外のストレスや個体側要因により発症したとはいえないこと
3つ目の要件として、業務以外にうつ病などの精神疾患発症の原因がないことが必要となります。
そのため、以下のような事情がある場合は労災とは認定されない可能性が高いです。
- 離婚や重い病気、家族の死亡や多額の財産の損失、天災や犯罪被害の体験等、業務とは無関係のストレスにより、精神疾患を発症したと判断される場合
- 過去に精神疾患で通院歴があったり、アルコール依存などの問題があり、従業員側の要因によって、精神疾患を発症したと判断される場合
基本的にはこの3つの要件の通り、パワハラや極端な長時間労働といった業務による強いストレスがあり、その後おおむね6か月以内にうつ病等の精神疾患を発症したときは、離婚や家族の死亡、精神疾患の既往歴など、業務以外の原因で精神疾患を発症させるような事情がない限り、労災が認定されます。
パワハラや長時間労働による精神疾患についての労災認定基準については以下の記事などで詳しく解説していますので、ご参照ください。
2,うつ病などの精神疾患による労災についての給付金額や補償の内容
次に、うつ病等の精神疾患による労災についての給付金額や補償の内容についてご説明します。
受給可能な補償としては主に以下のものがあります。
(1)休業補償給付
休業補償給付は休業開始4日目から給付を受けることができ、その休まなければならない日数に応じて補償が給付されます。
給付金額は、休業特別支給金とあわせて、給付基礎日額の8割となります。
つまり、うつ病等の精神疾患の場合に1日あたりに支給される金額の目安は、労災による精神疾患について医師の診断を受けた診断日からさかのぼって3か月分の賃金を日割りした金額の80%となります。
労災の休業補償給付については以下の記事もご参照ください。
(2)療養補償給付
うつ病等の精神疾患を治療するためにかかった治療費や通院費、薬代等が支給されます。
治療により症状が完治するか、もしくはこれ以上治療を続けても症状の改善が見込めない状態(症状固定)になるまでにかかった費用が給付の内容になります。うつ病等の精神疾患は、症状固定まで7~8年かかることも珍しくありませんが、その期間中、継続して支給が行われます。
▶参考:労災の療養補償給付については以下で解説していますのでご参照ください。
(3)障害補償給付
うつ病等が完治せず、後遺障害が残ってしまうことがあります。その場合は、障害補償給付が支給されます。
うつ病等の後遺障害は、その症状に応じて、主に12級または14級の後遺障害等級が認定されることがあります。
それぞれの場合の障害補償給付の金額は、障害特別支給金とあわせて、以下の通りです。
- 12級:給付基礎日額の156日分+算定基礎日額の156日分+20万円が支給
- 14級:給付基礎日額の56日分+算定基礎日額の56日分+8万円が支給
上記の給付基礎日額とは、原則として医師の診断により認定対象となる精神疾患の発生が確定した日の、直前3カ月間被災労働者に対して支払われた賃金の総額(ただし賞与等の臨時に支払われる賃金は除く)を、その期間の暦日数で割った1日あたりの賃金額です。
また算定基礎日額とは、医師の診断により精神疾患に罹ったことが判明した日以前の1年間に、労働者が事業主から受けた特別給与(いわゆるボーナス)の総額を365で割った額のことです。
ただし、算定基礎日額には上限があり、「①上記の方法で計算された額の他に、②給付基礎日額の20%、③4410円(算定基礎年額の限度額である150万円を365で割った数)」の3つのうち、最も低い額が認定されます。
労災についての補償の内容や金額については以下の記事で詳しく解説していますので、ご参照ください。
3,精神疾患の労災申請の手続きについて
次に、うつ病などの精神疾患の労災申請の手続きや退職後の申請についてご説明します。
(1)労災申請の手続き
給付の種類ごとに申請期限などが異なりますが、基本的な申請の流れは以下のとおりです。
1,労災の請求書を労働基準監督署長に提出する
労災保険給付の請求書を作成して労働基準監督署長へ提出します。これは会社を通じて提出することも、従業員が直接労働基準監督署長に提出することも可能です。
会社を通じて提出する場合、会社の担当者は、労災給付の請求書を作成する際に必要になるので、以下の内容を記録しておくようにすると良いでしょう。
- 従業員の氏名
- 精神疾患について医師の診断を受けた日
- 病気の状態
- 通院している医療機関
また、請求の必要書類については、以下で解説していますのでご参照ください。
2,労働基準監督署長において調査が行われる
請求書提出後は労働基準監督署長により、認定基準に照らして、労災に該当するかどうかの調査が行われ、労災に認定されると保険給付を受けることができます。
以下で給付の種類ごとのより詳しい流れを見ていきたいと思います。
1.休業補償給付
休業補償給付の申請の流れは以下の通りです。
なお、休業補償給付の時効期限は2年となっています。
▶参考:休業補償給付の手続き流れ
・参照元:厚生労働省「労災保険 請求(申請)できる保険給付等」(5頁)(pdf)
2.療養補償給付
療養補償給付については、労災病院や労災指定病院を受診した場合と、それ以外の病院を受診した場合で請求・受給の流れが異なります。
●ア:労災病院、労災指定病院を受診した場合(療養の給付の請求)
労災病院、労災指定病院を受診した場合は、被災従業員が病院の窓口で治療費を支払う必要はありません。
受診した医療機関へ労災の請求書を提出すれば、医療機関が労働基準監督署長へ請求手続きを行います。
●イ:労災指定病院以外を受診した場合(療養の費用の請求)
労災指定病院以外の医療機関を受診した場合は、被災従業員は一旦治療費を全額支払います。このとき、健康保険を使うことはできません。
支払後に、労働基準監督署長へ請求書と治療費の領収書を提出し、労災認定後に立替えた治療費の金額の給付を受けることになります。
▶参考:療養補償給付の手続き流れ
・参照元:厚生労働省「労災保険 請求(申請)できる保険給付等」(3頁)(pdf)
なお、労災病院、労災指定病院については以下でも解説していますのでご参照ください。
(3)障害補償給付
障害補償給付は、労災によるうつ病等の精神疾患の症状が、一定以上の障害を残したまま、これ以上治療しても良くなる見込みがない(症状固定)状態になった場合に請求できます。
主治医の作成した後遺障害の診断書と請求書を労働基準監督署長に提出し、後遺障害の認定手続きがなされ、調査の結果、後遺障害等級が決定すれば障害補償給付が支給されます。
▶参考:障害補償給付の手続き流れ
・参照元:厚生労働省「労災保険 請求(申請)できる保険給付等」(14頁)(pdf)
労災申請の手続きについては以下の記事でより詳しく解説していますので、ご参照ください。
4,退職後の労災申請について【時効期限に注意】
退職後でもうつ病等の精神疾患について労災申請をすることは可能です。
申請の手続き方法は基本的に上記で説明した流れと同じです。ただし、給付にはそれぞれ時効期限があるので注意が必要です。休業補償給付と療養補償給付の時効期限は2年、障害補償給付の時効期限は5年となっています。
労災申請の時効期間を過ぎてしまうと遡って請求することはできないため、できるだけ速やかに請求の手続きを進めましょう。
5,労災によるうつ病の場合に当てはまる後遺障害の等級
うつ病等の精神疾患が治療を経ても完治しない場合、その症状に応じて、9級、12級または14級の後遺障害等級が認定されることがあります。
後遺障害として以下のような精神症状が残った場合に、以下の「能力に関する判断項目」について、「できない」、「しばしば助言・援助が必要」、「時に助言・援助が必要」、「適切又は概ねできる」の4段階の判定結果を踏まえて認定が行われます。
また、認定においては主治医等からの意見書(様式3:非器性質精神障害の後遺障害の状態に関する意見書)の結果も踏まえて認定がなされます。
(1)障害等級認定の対象となる精神症状
- 抑うつ状態
- 不安の状態
- 意欲低下の状態
- 慢性化した幻覚・妄想性の状態
- 記憶又は知的能力の障害
- 衝動性の障害、不定愁訴(原因不明の体調不良)などその他の症状
(2)等級認定の基準となる能力に関する判断項目
・身辺日常作業
→ 入浴や更衣など清潔保持を適切にできるか、規則的に十分な食事がとれるか
・仕事・生活に積極性・関心を持つこと
→ 日常生活(仕事やテレビ、娯楽など)に対する意欲や関心があるか
・通勤・勤務時間の遵守
→ 規則的な通勤や出勤時間など、約束時間の遵守が可能かどうか
・普通に作業を持続すること
→ 就業規則に則った就労が可能か、通常の集中力や持続力をもった業務が可能か
・他人との意思伝達
→ 職場で上司や同僚に対し自主的な発言が可能か、他人と適切にコミュニケーションがとれるか
・対人関係・協調性
→ 職場において上司や同僚と円滑な共同作業、社会的行動ができるか
・身辺の安全保持、危機の回避
→ 職場における危険などから適切に身を守れるか
・困難・失敗への対応
→ 職場において新たな業務上のストレスを受けたとき、極度の緊張や混乱なく対処できるか、どの程度適切に対処できるか
うつ病などの精神疾患の後遺障害の認定や判断項目・基準について、詳しくは以下をご参照ください。
6,精神疾患についての労災の認定率
次に、うつ病などの精神疾患についての労災の認定率についてみていきましょう。
(1)平成30年〜令和3年までの精神疾患についての労災の認定率
平成30年から、令和3年までの認定率は以下の通りです。
▶参考:うつ病等の精神疾患についての労災の認定率(平成30年〜令和3年)
平成30年度 | 令和元年度 | 令和2年度 | 令和3年度 | |
請求件数 | 1,820 | 2,060 | 2,051 | 2,346 |
決定件数 | 1,461 | 1,586 | 1,906 | 1,953 |
支給決定件数 | 465 | 509 | 608 | 629 |
認定率 | 31.8% | 32.1% | 31.9% | 32.2% |
また、上記のうち自殺・自殺未遂の認定率は以下の通りです。
平成30年度 | 令和元年度 | 令和2年度 | 令和3年度 | |
請求件数 | 200 | 202 | 155 | 171 |
決定件数 | 199 | 185 | 179 | 167 |
支給決定件数 | 76 | 88 | 81 | 79 |
認定率 | 38.2% | 47.6% | 45.3% | 47.3% |
うつ病等の精神疾患についての労災の認定率は全体的に31~32%程と低く、そのうちの自殺・自殺未遂における認定率は全体の数字と比べると高いものの50%には届いておらず、認定におけるハードルの高さが窺えます。
精神疾患についての労災の認定率については、以下の厚生労働省ホームページの情報も参考にご覧ください。
(2)うつ病等の精神疾患について労災が認められにくい理由
うつ病等の精神疾患についての労災認定例で最も多いのはパワハラが原因の1つであると認定されるケースですが、パワハラに該当しないにもかかわらず従業員がパワハラがあったとして労災申請するケースも多いことが認定率の低さにつながっていると思われます。
また、原則として、発症前おおむね6か月以内の業務による負荷のみが判断材料とされ、強い負荷があっても、6か月以上経過後の発症であれば認定されないことも認定率の低さにつながっていると思われます。
7,会社が負担する損害賠償、慰謝料の相場
従業員が業務に起因してうつ病等の精神疾患になった場合は、会社も損害賠償責任を負担することになります。
以下では会社が負担する損害賠償責任についてご説明します。
(1)慰謝料
労災によるうつ病などの精神疾患についての慰謝料については、基本的に2つあり、それらの合計額が支払うべき慰謝料となります。
- 「入通院慰謝料」+「後遺障害慰謝料」= 慰謝料の金額
1,入通院慰謝料とは?
「入通院慰謝料」は、通院期間中や入院期間中の苦痛に対する賠償です。
入通院慰謝料は、原則として、入院期間と通院期間、それぞれの長さに応じて次の計算表が適用されます。
▶参考:入通院慰謝料の計算表
2,後遺障害慰謝料とは?
「後遺障害慰謝料」は、通院期間終了後も後遺症や障害が残る場合の後遺症や障害に対する賠償です。
後遺障害慰謝料は労災で認定される後遺障害等級に応じて金額の基準が決まっています。
うつ病などの精神疾患について認定されることのある後遺障害等級は主に12級もしくは14級です。
12級・14級の後遺障害慰謝料の基準は下記の通りとなります。
後遺障害等級 | 後遺障害慰謝料 |
第12級 | 280万円 |
第14級 | 110万円 |
労災の慰謝料については以下の記事でより詳しく解説していますので、ご参照ください。
(2)その他の損害賠償項目
「(1)慰謝料」で解説した慰謝料の他には、損害賠償項目として「逸失利益」や「治療関係費」、「休業損害」などがあります。
1,逸失利益
「逸失利益」は「業務に起因する精神疾患により今までどおり働けなくなった」ことにより今後発生する損害を賠償の対象とするものです。
逸失利益は、労災による精神疾患についてひととおりの治療を終えても後遺症が残り、労災保険において後遺障害の等級が認定された場合に賠償の対象となります。
逸失利益は、67歳までの就業への支障について請求できるとされることが一般的です。例えば、30歳の従業員であれば37年分の逸失利益について賠償の対象となります。
2,治療関係費
入院雑費や通院のための交通費、入通院の付添費などの治療関連費が対象となります。
ただし、治療関係については、労災の療養補償給付として補償されるため、実際には損害賠償の対象とはならないことが通常です。
3,休業損害
従業員の休業により会社から給与、賞与等を支給されなかった場合は、それによる損害が損害賠償の対象となります。
(3)労災による補償との調整
従業員に対する会社の賠償責任の項目は上記の通りですが、従業員が労災保険からの補償を受けている場合は、会社は従業員に対する損害賠償額から労災保険からの支給分の一部を差し引くことが認められています。
労災保険からの支給のうち、損害賠償額から差し引くことが認められているものと、認められていないものは以下の通りです。
労災給付の内容 | 損害賠償額から差し引くことが認められているもの | 損害賠償額から差し引くことが認められていないもの |
治療中の給付 | 療養補償給付 休業補償給付 傷病補償年金 |
休業特別支給金 傷病特別支給金、傷病特別年金 |
後遺障害が残った場合の給付 | 障害補償年金 障害補償一時金 |
障害特別年金 障害特別一時金 障害特別支給金 |
精神疾患による自殺等の場合の給付 | 遺族補償年金、 遺族補償一時金、葬祭料 |
遺族特別年金、 遺族特別一時金、遺族特別支給金 |
労災により会社が従業員に対して負担する損害賠償責任については以下の記事でより詳しく解説していますので、ご参照ください。
8,精神疾患の労災申請があった場合の会社の対応
次に、精神疾患の労災申請があった場合の会社の対応について解説します。
(1)会社としては労災とは考えていない場合の対応
従業員から精神疾患の労災申請があったが、会社としては労災と考えていない場合、誤った労災認定がされないように、労働基準監督署長に意見書を提出したうえで、精神疾患が業務に起因するものでないことを労基署に説明していく必要があります。
そして、このような意見書に記載する意見は、前述の精神疾患の労災認定基準を踏まえた意見とする必要があります。
精神疾患が労災であると一度認定されてしまうと、会社が従業員に対して損害賠償責任を負うという判断につながりやすくなりますので、会社の意見をしっかりと労基署に伝え、正しい判断がされるように活動していく必要があります。
弁護士に相談のうえ、自社でも独自に調査を行い、その結果を踏まえた意見書を弁護士名義で作成して、精神疾患が業務によるものではないことを説明していくことが大切です。
(2)助力義務には注意が必要
一方、従業員が労災申請を希望するときに、従業員が自分で手続をすることが難しい場合、会社が労災であると考えるかどうかにかかわらず、会社には「助力義務」があります。
この点については、労災保険法施行規則23条1項には、以下の通り定められています。
「保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。」
このことから、労災申請は、会社が窓口となって申請の事務手続をサポートすることが通常になっています。
会社としては労災とは考えていない場合でも、助力は法律上の義務として行ったうえで、会社の意見を労基署に伝えていくべきです。
(3)事業主証明は事前に弁護士に必ず相談する
労災の申請にあたっては、一定の項目について事業主の証明を受けたうえで申請することが求められており、例えば、労災で仕事を休む場合に支給される休業補償給付については、「発病の年月日」や「原因及びその発生状況」等について事業主の証明を受けなければならないとされています(労災保険法施行規則13条2項)。
そして、労災保険法施行規則は、事業主は、「必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない」としています(労災保険法施行規則23条2項)。
具体的には、労災申請のための請求書の「事業主証明欄」に、「証明日」「事業の名称」「事業主の電話番号」「事業場の所在地」「法人名」「代表者名」等を記入して証明することになります。
▶参考:事業主証明欄
しかし、労災の請求書に記載されている内容について会社として疑問がある場合、つまり、会社としては労災ではないと考えている場合は、証明してはいけません。
▶参考例:
例えば、パワハラによりうつ病になったと従業員が主張しているケースで、会社による調査の結果パワハラ行為を確認できなかった場合などがこれにあたります。
その場合は、会社としては事業主証明を行わず、事業主証明をしないことについての理由書を労働基準監督署長に提出して、事情を説明してくことが重要になります。
事業主証明や理由書の提出は、精神疾患について労災認定がされるかどうかの重要なポイントとなる場面の1つですので、必ず弁護士に相談したうえで行ってください。
従業員が主張する精神疾患が業務によるものかどうか疑問があるのに、事業主証明欄を訂正しないで、そのまま会社として証明すると、労災の請求書に書かれている内容を会社が認めたことになってしまいますので、十分注意してください。
また、請求書が白紙の状態で従業員から事業主証明を依頼された場合も、当然、証明してはいけません。
労災申請があった場合の会社の対応については、以下の記事でより詳しく解説していますので、ご参照ください。
9,うつ病など精神疾患の労災の事例についての重要判例
うつ病など精神疾患の労災についての企業の責任についての重要な判例として、東芝事件(最高裁判所判決平成26年3月24日、東京高等裁判所判決平成28年8月31日)があります。
(1)東芝事件(最高裁判所判決 平成26年3月24日、東京高等裁判所判決 平成28年8月31日)
この事件では、うつ病が治癒せず休職期間満了で解雇された従業員が、うつ病発症は会社の過重労働によるものだと主張したのに対し、会社側は、「従業員が精神科への通院歴などを申告しなかったため、会社はうつ病の発症回避などの対応を取れなかったという面があり従業員側にも落ち度があるから、それを考慮して賠償額を減額すべきだ」と主張しました。
最高裁の判決:
しかし、最高裁判所は、この会社側の主張を認めませんでした。
その理由として、裁判所は、この従業員が頭痛等の体調不良を訴えて欠勤を繰り返し、重要な会議も欠席するようになっていたこと、上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申し出をしていたことなどを指摘して、「会社も業務が過重であることは認識できたはずであり、会社が業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であった」と判断しています。
また、「メンタルヘルスに関する情報はプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる」と指摘し、「(企業は)労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある」と判断しました。
この判例は、従業員から通院歴等の申告がなくても、従業員の体調不良がうかがわれる事情があれば、会社として、配慮し、業務を軽減しなければならないことを示しており、企業の労務管理においてもこの点を留意すべきです。
東芝事件(最高裁判所判決平成26年3月24日)の判決全文は以下をご参照ください。
10,うつ病等の精神疾患での労災対応に関して弁護士に相談したい方はこちら(法人専用)
「パワハラでうつ病になった」「長時間労働で精神疾患になった」など従業員からの労災による精神疾患の主張については、対応を誤ると労使トラブルに発展してしまう可能性が高いため、慎重な対応が必要です。咲くやこの花法律事務所でも、企業側の立場から、精神疾患に関する労災について以下のご相談を承っています。
(1)従業員からのうつ病等の精神疾患についての労災主張に対する対応のご相談
従業員からうつ病などの精神疾患について労災の主張が出てきたときは、初動の段階で会社として正しく対応することが必要です。
従業員の主張するうつ病等の精神疾患の原因となるパワハラや長時間労働の事実等が会社の事実認識と違っていたり、過大主張であるといった場合には、要所要所で会社側の主張を適切に反映させていく工夫が必要です。
特に、従業員から求められる「事業主証明」について適切に対応することや、「事業主の意見申出」制度(労災保険法施行規則23条の2)を利用して労災認定について会社側の主張を、労働基準監督署による調査に反映させていくことが重要なポイントです。
これらの活動は、労災認定についての結果が出るまでのできるだけ早い時期に行わなければ意味がないため、できる限り早くご相談いただくことが極めて重要です。
咲くやこの花法律事務所では以下のようなご相談を企業からお受けしています。
- 労働基準監督署長への企業側弁護士による意見書提出のご相談
- 従業員からの主張への対応方法についてのご相談
- 労働基準監督署からの事情聴取に関するご相談
- 従業員から事業主証明を求められた場合の対応に関するご相談
咲くやこの花法律事務所の労災対応に精通した弁護士へのご相談費用
- 初回相談料:30分5000円+税(顧問契約の場合は無料)
(2)従業員からの労災によるうつ病などの精神疾患についての損害賠償請求への対応
咲くやこの花法律事務所では、従業員のうつ病等の精神疾患が業務に起因するものであるとして、従業員から慰謝料などの損害賠償の請求をされた場面における対応について、企業の立場からご相談をお受けしています。
労災によるうつ病などの精神疾患についての慰謝料(入通院慰謝料や後遺障害慰謝料など)は金額の基準がある程度決まっています。
会社としても、精神疾患が業務によるものであると考える場合は、従業員に対する補償を円滑に進めるために、正しい知識に基づき正しい提案をすることが重要です。
一方、従業員からの請求が過大であったり、不当であるというケース、あるいは精神疾患が業務に起因するものではないと考えられるケースでは、会社として必要な反論を早期にしていくことが重要です。
咲くやこの花法律事務所では、うつ病などの精神疾患についての労災に関する補償の対応に精通した弁護士がご相談をお受けし、対応します。
咲くやこの花法律事務所の労災対応に精通した弁護士へのご相談費用
- 初回相談料:30分5000円+税(顧問契約の場合は無料)
(3)顧問弁護士サービス
咲くやこの花法律事務所では、事業主の労務管理全般をサポートするための、顧問弁護士サービスも提供しております。
トラブルが起こったときの正しい対応、迅速な解決はもちろんのことですが、平時からの労務管理の改善によりトラブルに強い会社を作っていくことがなによりも重要です。日ごろから顧問弁護士の助言を受けながら、労務管理の改善を進めていきましょう。
咲くやこの花法律事務所の顧問弁護士サービスのご案内は以下をご参照ください。
11,「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
労災についてなど労働問題に関するご相談は、下記から気軽にお問い合わせください。今すぐのお問い合わせは以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
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13,【関連情報】労災に関するお役立ち記事一覧
この記事では、「うつ病など精神疾患の労災について補償や認定要件などを解説」について、わかりやすく解説いたしました。
うつ病など精神疾患などによる労災トラブルが発生した際は、労災かどうかの判断はもちろん、初動からの正しい対応方法を全般的に理解しておく必要があります。
そのため、他にも労災に関する基礎知識など知っておくべき情報が幅広くあり、正しい知識を理解しておかなければ重大なトラブルに発展してしまいます。
以下ではこの記事に関連する労災のお役立ち記事を一覧でご紹介しますので、こちらもご参照ください。
・労災保険とは?保険料の金額や加入条件、手続きなどを徹底解説
・労災事故とは?業務中・通勤中の事例を交えてわかりやすく解説
・ぎっくり腰は労災にならない?仕事で発症した腰痛の労災認定について
・労災が発生した際の報告義務のまとめ。遅滞なく届出が必要な場合とは?
・労災の休業補償の期間は?いつからいつまで支給されるかを詳しく解説
・労災隠しとは?罰則の内容や発覚する理由などを事例付きで解説
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記事作成日:2023年5月23日
記事作成弁護士:西川 暢春