こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
従業員の時間外労働や休日労働、深夜労働について、適切な割増賃金を支給できていますか?
割増賃金の支払いは、労働基準法第37条で定められた事業者の義務です。また、労働基準法の改正により、2023年4月以降は中小企業も月60時間を超える時間外労働に対して大企業と同様に50%以上の割増率での支払いが義務付けられます。
割増賃金を適切に支給していないと、従業員から未払賃金を請求される等の労使トラブルの原因になります。トラブルを未然に防ぐには、割増賃金についての労働基準法の規定をよく理解することが大切です。
この記事では、労働基準法に定められた割増賃金支払義務の内容や、その計算方法について具体的に解説します。この記事を最後まで読んでいたただくことで、割増賃金の計算方法や支払義務の内容についてよく理解していただくことができます。それでは見ていきましょう。
従業員に対して割増賃金を適切に支給していない場合、未払残業代請求などの労使トラブルの原因になります。万が一、従業員や退職者から未払い残業代を請求された場合は、決して放置せず、早急に弁護士に依頼して、訴訟になる前に対応することが重要です。咲くやこの花法律事務所でも未払い残業代請求をうけた事業者向けに専門的なサポートを提供していますのでご相談ください。また、未払い残業代請求への反論方法については、以下でも解説していますのでご参照ください。
▶参考情報:未払い残業代を請求されたら?従業員への企業側の反論方法を弁護士が解説
未払い残業代トラブルについての咲くやこの花法律事務所の解決実績は以下もご覧ください。
▶参考情報:この記事内で紹介している労働基準法の根拠条文については、以下をご参照ください。
▶参考情報:残業代に関する労働基準法のルールなど基本的な知識について詳しく知りたい方は、以下をご参照ください。
・残業代とは?労働基準法のルールや計算方法、未払いのリスクについて
▶関連動画:西川弁護士が「割増賃金(時間外労働・休日労働・深夜労働など)のルール」を詳しく解説中!
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,割増賃金とは?
割増賃金とは、事業者が従業員に時間外労働や休日労働、深夜労働をさせた場合に通常の賃金に割り増しして支払いを義務付けられる賃金です。この支払義務は労働基準法37条に定められています。これらの労働が特別の労働であることから、労働者に対する補償をし、また、経済的負担を事業者に課すことで時間外労働等を抑制する目的で設けられた制度です。
(1)割増賃金の一覧表
どのようなケースについて割増賃金の支払いが義務付けられるかや、割増賃金を計算する際に通常の賃金に加算しなければならない割合については、労働基準法37条やその関連法令で以下のとおり規定されています。
▶参考:割増賃金の一覧表
種類 | 支払う条件 | 割増率 |
時間外 | 法定労働時間(1日8時間・1週間40時間)を超えて勤務させたとき | 25%以上 |
法定労働時間(1日8時間・1週間40時間)を超える勤務が1か月60時間を超えたときの1か月60時間を超える部分 | 50%以上 | |
休日 | 法定休日に勤務させたとき | 35%以上 |
深夜 | 22時から5時までの間に勤務させたとき | 25%以上 |
2,割増賃金について定めた労働基準法第37条
労働基準法37条は以下の通り定めています。その主な内容は以下の通りです。
- 1項:時間外労働と休日労働の割増賃金の支払義務を定める規定
- 3項:一部の割増賃金の支払に代えて休暇を与える「代替休暇」について定める規定
- 4項:深夜労働の割増賃金の支払義務を定める規定
- 5項:割増賃金の計算の基礎から除外される「除外賃金」に関する規定です。
▶参考情報:労働基準法37条の条文
第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
② 前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
③ 使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
④ 使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
⑤ 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
(1)時間外労働の割増賃金と割増率
労働基準法では、1日8時間、1週40時間を原則的な法定労働時間と定めています(労働基準法32条)。そして、法定労働時間を超えて従業員を労働させるときは、従業員の過半数代表との間で、「時間外労働・休日労働に関する協定」という労使協定を締結することが必要です。この労使協定は「36協定(サブロク協定)」と呼ばれます。そして、事業者が従業員の過半数代表と36協定を締結して労働基準監督署長に届け出た場合は、従業員を法定労働時間を超えて労働させることができます。これを「時間外労働」といいます。
従業員に時間外労働をさせる場合は36協定の締結だけでなく、時間外労働の割増賃金の支払も必要になります。時間外労働に対する賃金の計算方法は就業規則等で定めることになりますが、通常の賃金の25%以上の割り増しをすることが義務づけられています。
例えば、通常の賃金が1時間あたり1,000円の労働者が時間外労働をした場合、1時間あたり1,250円以上を支給する必要があります。
一方、所定労働時間を超えていても法定労働時間を超えていない残業は法内残業と呼ばれます。これは「時間外労働」にはあたらないため、法律上、割増賃金を支払う必要はありません。
なお、時間外労働には、1か月45時間、1年360時間以内という原則的上限が設けられています。この原則的上限を超える時間外労働に対する割増率は、25%より高い率とするよう努めることが事業者に義務付けられています。ただし、この点は現時点ではあくまで努力義務とされています。
(2)休日労働の割増賃金と割増率
労働基準法では、会社は従業員に対して毎週少なくとも1回、または、4週間で4回以上の休日を与えなければならないと定めています(労働基準法35条)。これを法定休日と言います。
従業員を法定休日に労働をさせることを「休日労働」といい、休日労働には休日労働の割増賃金の支払いが必要です。休日労働に対する賃金の計算方法は就業規則等で定めることになりますが、通常の賃金の35%以上の割り増しをすることが義務づけられています。
なお、法定休日は労働基準法で規定された最低限度の休日ですので、事業者は従業員に対して法定休日以外にも休日を与えることができます。例えば、週休2日制を採用している事業者においては、週2日の休みのうち1日が「法定休日」にあたり、もう1日は「法定外休日」です。法定外休日の労働については、労働基準法上の「休日労働」にはあたらないため、休日労働の割増賃金を支払う必要はありません。ただし、法定外休日の労働時間は、1週40時間までの法定労働時間の計算に含まれます。そのため、法定外休日に勤務させた結果、1週間の労働時間が40時間を超える場合は、その超過分は「時間外労働」に該当し、時間外労働の割増賃金(割増率25%以上)を支払う必要があります。
▶参考情報:休日労働については、以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
(3)深夜労働の割増賃金と割増率
22時から翌5時までの時間帯の労働を深夜労働といいます。深夜労働に対する賃金の計算方法は就業規則等で定めることになりますが、通常の賃金の25%以上の割り増しをすることが義務づけられています(労働基準法37条4項)。これは深夜労働の割増賃金と呼ばれます。
(4)時間外・休日・深夜労働の重複の場合の割増率
労働時間の長さに着目した時間外労働規制や休日労働規制と、労働する時間帯に着目した深夜労働規制とは、その趣旨や目的が異なるため、重複して適用されます。つまり、次の場合はそれぞれの割増率が合算されます(労働基準法施行規則20条)。
1.時間外労働と深夜労働とが重複した場合の割増率
- =時間外労働の割増率25%以上+深夜労働の割増率25%以上
- =50%以上
2,休日労働と深夜労働とが重複した場合の割増率
- 休日労働の割増率35%以上+深夜労働の割増率25%以上
- 60%以上
これに対して、時間外労働と休日労働はどちらも法定外労働にあたるとして規制されているため、それぞれの割増率は合算されません。例えば、法定休日に8時間を超える労働をしたとしても、それが深夜労働にあたらない限り、割増率は休日労働の割増率である「通常の賃金の35%以上」が適用されます。
3,月60時間を超える時間外労働の場合
時間外労働のうち、月60時間を超える部分については、法律上義務付けられる割増率が50%以上に引き上げられています(労働基準法37条1項ただし書)。この割増率の引き上げは、2023年3月までは中小企業については猶予されていましたが、2023年4月以降は中小企業も月60時間を超える時間外労働に対して50%以上の割増率での支払いが義務付けられています。
▶参考例:月80時間の時間外労働をした場合
- 月60時間までの時間外労働に対する割増率 → 25 %以上
- 月60時間から80時間までの時間外労働に対する割増率 → 50%以上
(1)月60時間を超える時間外労働のうち深夜労働に該当する部分の扱いについて
月60時間を超える時間外労働のうち深夜労働に該当する部分については、時間外労働の割増率と深夜労働の割増率が合算され、以下のように計算します(労働基準法施行規則20条1項)。
▶参考例:月60時間を超える時間外労働と深夜労働とが重複した場合の割増率
- =時間外労働の割増率50%以上+深夜労働の割増率25%以上
- =75%以上
(2)代替休暇について
時間外労働のうち月60時間を超える部分については、割増賃金の引き上げ分の支払いに代えて、「代替休暇」と呼ばれる有給の休暇を与えることもできます(労働基準法37条3項)。代替休暇制度を導入するには、従業員の過半数代表との間で労使協定を結ぶ必要があります。また、割増賃金の代わりに代替休暇を取得するかどうかは従業員の判断によります。従業員が代替休暇を取得しない場合は、月60時間を超える時間外労働については、割増率50%以上の割増賃金を支払わなくてはなりません。
▶参考:割増賃金と代替休暇について
1.代替休暇の時間数の計算方法
代替休暇の時間数は、以下の計算式によって計算されます。
換算率とは、月60時間を超えた法定時間外労働に対する割増率(50%以上)と月60時間までの法定時間外労働に対する割増率(25%以上)との差に相当する率のことです。
▶参考例:
「月60時間までの法定時間外労働の割増率が25%」、「月60時間を超えた法定時間外労働の割増率が50%」の会社で、「月80時間の法定時間労働をした場合に取得できる代替休暇の時間数」を計算します。
代替休暇の時間数 =(80時間-60時間)×(50%-25%)= 5時間
なお、代替休暇を与える単位は、1日または半日とされています(労働基準法施行規則19条の2第1項第2号)。この場合の半日を何時間とするかは、厳密に1日の所定労働時間の2分の1とする必要はなく、労使協定で「半日」の定義を定めることができます(平成21年5月29日基発0529001号)。
例えば、労使協定で半日単位の代替休暇の取得が認められている事業者において、所定労働時間を8時間、半日を4時間と定めている場合、代替休暇の時間数が16時間ある従業員は、代替休暇を2日取得することや半日の代替休暇を4回取得することができます。
4,割増賃金の計算方法
ここからは割増賃金の具体的な計算方法を見ていきましょう。
▶西川弁護士が「時間外労働・休日労働・深夜労働など割増賃金の計算方法」を詳しく解説中!
(1)割増賃金の算定基礎賃金
割増賃⾦の算定の基礎となるのは、「通常の労働時間又は労働日の賃金」です(労働基準法37条1項、4項)。この「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは、その労働が所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金のことをいいます(最高裁判所判決平成14年2月28日・大星ビル管理事件)。そのため、時間外・休日・深夜労働の対価として通常の賃金とは別に支払われる手当(例えば時間外割増手当や夜間看護手当)などは割増賃金の算定基礎賃金には含まれません。
(2)住宅手当等の除外賃金
次の「① 家族⼿当 〜 ⑦ 1か⽉を超える期間ごとに⽀払われる賃金(賞与など)」までの手当については、法律上支払を義務づけられる割増賃金の計算の際に、その算定基礎賃金から除外されます(労働基準法第37条5項、労働基準法施⾏規則21条)。これらは「除外賃金」と呼ばれます。
▶除外賃金一覧
- ① 家族⼿当
- ② 通勤⼿当
- ③ 別居⼿当
- ④ ⼦⼥教育⼿当
- ⑤ 住宅⼿当
- ⑥ 臨時に⽀払われた賃⾦(結婚手当、出産手当、大入り袋など)
- ⑦ 1か⽉を超える期間ごとに⽀払われる賃金(賞与など)
このうち、「① 家族⼿当〜⑤ 住宅⼿当」については、労働と直接関係のない個⼈的な事情に基づいて⽀給される手当等により割増賃金が増額されるのは不合理であるという理由で、割増賃金の算定基礎から除外されています。一方、「⑥ 臨時に⽀払われた賃⾦(結婚手当、出産手当、大入り袋など)」「⑦ 1か⽉を超える期間ごとに⽀払われる賃金(賞与など)」については、割増賃金の算定基礎に含めると割増賃金の計算が困難になるという理由で、割増賃金の算定基礎から除外されています。
そして、これら「① 家族⼿当 〜 ⑦ 1か⽉を超える期間ごとに⽀払われる賃金(賞与など)」の除外賃金に該当するかどうかは、その名称ではなく、実質で判断されます。例えば、「家族手当」、「通勤手当」等の名称であればすべて除外できるのではなく、そのような名称であっても個人の事情に関わりなく一律に支給されている手当である場合等は、算定基礎賃金からは除外できません。除外できるものと除外できないものは以下のように区別されます。
① 家族手当、子女教育手当など
●基礎賃金から除外できるもの:
→ 扶養家族や子の人数に応じて算定される手当。例えば、扶養家族1人につき1か月あたり1万円などの条件で支給されるもの。
●基礎賃金から除外できないもの
→ 扶養家族の有無や子の人数に関係なく一律に支給される手当
② 通勤手当
●基礎賃金から除外できるもの
→ 通勤距離または通勤に要する実費に応じて算定される手当。例えば、実際にかかった交通費や購入した定期券の金額などの実費を支給されるもの。
●基礎賃金から除外できないもの
→ 実際にかかった交通費の金額に関係なく一律に支給される手当
③ 住宅手当
● 基礎賃金から除外できるもの
→ 住宅に要する費用に応じて算定される手当。例えば、家賃の一定割合やローン月額の一定割合に相当する金額を支給されるものや、住宅に要する費用を段階的に区分し、費用が増えるに従って額を多くして支給されるもの。
● 基礎賃金から除外できないもの
→ 住宅の形態ごとに一律に定額支給される手当。例えば、賃貸住宅居住者には毎月2万円、持家の場合は毎月1万円などのように住宅の形態ごとに定額支給されるもの
(3)計算方法
割増賃金は「(1)割増賃金の算定基礎賃金」、「(2)住宅手当等の除外賃金」で説明した算定基礎賃金をもとにして計算されます。実際に計算する際には、⽉給制の場合は、まず以下の計算式で1時間あたりの賃金額を算出します。
※月によって所定労働時間数が異なる場合は、「1年間における1か月平均所定労働時間数」で計算します。「1年間における1か月平均所定労働時間」については、以下の計算式で求められます。
割増賃金は、この「1時間あたりの賃金額」に、支払対象となる時間数と割増率を乗じて算定します。
割増賃金を正しく計算するためには、労働時間を正しく把握していることが前提になります。そうでなければ、上記の計算式の「 時間外労働、休日労働、または深夜労働の時間数」を誤ることになるためです。労働時間についての解説は以下をご参照ください。
(4)端数処理
賃金計算では、原則として端数を切り捨てることはできません(労働基準法24条1項)。ただし、割増賃金の計算においては、次の①~③の方法に限り、端数処理をすることが認められています(昭和63年3月14日付労働省通達 基発150号)。
① 1か月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合、30分未満の端数を切り捨て、30分以上の端数を1時間に切り上げる
② 1時間あたりの賃金額及び割増賃金額に1円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、50銭以上1円未満の端数を1円に切り上げる
③ 1か月間における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、50銭以上1円未満の端数を1円に切り上げる
(5)管理職手当等の取り扱い
管理監督者(管理職)の地位にある従業員に対しては、時間外労働の割増賃金や休日労働の割増賃金を支払う必要はありません。これは、労働基準法41条2号により、管理監督者については、労働時間や休日に関する労働基準法の規制が適用されないためです。
ただし、ここでいう管理監督者とは、いわゆる管理職全てを指すわけではありません。裁判例は、「管理監督者に該当するかどうかについては、①当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、②自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、③給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているかという観点から判断すべきである。」としています(東京地方裁判所判決平成29年10月6日・コナミスポーツクラブ事件)。つまり、「部長」「課長」等の肩書きが与えられているかどうかではなく、実態によって判断します。
事業者が管理監督者として扱って時間外労働や休日労働について割増賃金を支給していなかった場合でも、訴訟において管理監督者に該当しないと判断された場合は、時間外労働や休日労働についての割増賃金の支払を命じられることになります。
▶参考情報:管理職の割増賃金については、以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
では、この場合、支払い済みの管理職手当の扱いはどうなるでしょうか?
支払い済みの管理職手当が割増賃金の算定基礎に含まれるのか、算定基礎から除外されて割増賃金の支払いから差し引くことができるのかは、その管理職手当の実態によって判断が分かれます。管理職手当が、実質的には時間外労働や休日労働の対価として支払われていたといえる場合は、割増賃金の算定基礎から除外され、既に支払った管理職手当は支払うべき割増賃金の額から差し引かれます。一方、そうでない場合は、管理職手当であっても割増賃金の算定基礎に含まれるうえ、既に支払った管理職手当を支払うべき割増賃金の額から差し引くことはできません。
深夜労働の割増賃金は管理監督者に対しても支払う必要がありますので注意してください。
5,就業規則の割増賃金の規定を確認しましょう
「賃金の決定、計算及び支払の方法」に該当する事項は、就業規則に必ず記載する必要があり、就業規則の絶対的必要記載事項と呼ばれます(労働基準法89条2号)。そのため、割増賃金の計算方法は、就業規則に必ず記載する必要があります(賃金規程に定めることも問題ありません)。
▶参考情報:就業規則の記載事項の解説は以下をご参照ください。
厚生労働省のモデル就業規則では、割増賃金について以下の規定例になっています。
▶参考:モデル就業規則の割増賃金の規定例
(割増賃金)
第1条 時間外労働に対する割増賃金は、次の割増賃金率に基づき、次項の計算方法により支給する。
(1)1か月の時間外労働の時間数に応じた割増賃金率は、次のとおりとする。この場合の1か月は毎月 日を起算日とする。
① 時間外労働45時間以下・・・25%
② 時間外労働45時間超~60時間以下・・35%
③ 時間外労働60時間超・・・・・50%
④ ③の時間外労働のうち代替休暇を取得した時間・・・35%(残り15%の割増賃金は代替休暇に充当する。)
(2)1年間の時間外労働の時間数が360時間を超えた部分については、40%とする。この場合の1年は毎年 月 日を起算日とする。
(3)時間外労働に対する割増賃金の計算において、上記(1)及び(2)のいずれにも該当する時間外労働の時間数については、いずれか高い率で計算することとする。
2 割増賃金は、次の算式により計算して支給する。
(1)時間外労働の割増賃金
(時間外労働が1か月45時間以下の部分)
(時間外労働が1か月45時間超~60時間以下の部分)
( 中 略 )
3 前項の1か月の平均所定労働時間数は、次の算式により計算する。
▶参考情報:「モデル就業規則」は以下をご覧ください。
また、代替休暇制度を設ける場合も就業規則に記載する必要があります(労働基準法89条1号)。現状の就業規則を確認し、割増賃金や代替休暇制度に関して適切な記載がされていない場合は就業規則を変更することが必要です。
労働基準法37条は、法律上支払を義務付けられる割増賃金の算定方法について規定するものですが、法律上はこの労働基準法37条の基準を上回れば、別の計算方法で支払うことも可能です。実際にも固定残業代制度を設けて、労働基準法上の計算方法によらずに、割増賃金を支払う例があります。ただし、固定残業代制度にはさまざまな注意点があります。以下で解説していますのでご参照ください。
6,割増賃金を支払わないとどうなる?罰則はあるのか?
割増賃金を適切に支払わない場合、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されます(労働基準法119条1号)。
従業員が割増賃金が正しく支払われていないことを労働基準監督署に申告すると、労基署によって調査や指導、是正勧告等が行われることがあります。そして、このような是正勧告に適切に対応しないでいると、刑事事件として立件されて罰則を科される恐れがあります。
また、従業員が事業者に対して割増賃金を請求する裁判などを起こすことも考えられます。裁判になると、未払いの割増賃金に遅延損害金や付加金も加算され、より高額の支払いをしなければならなくなる恐れもあります。トラブルを未然に防ぐためには、労働時間を正しく管理して、適切に割増賃金を支払うようにしましょう。また、トラブルになった場合は、早急に弁護士に対応を依頼し、訴訟になる前に解決することが自社のダメージを少しでも小さくすることにつながります。
7,割増賃金についてその他の質問
割増賃金の支払いについてのその他の質問をまとめました。
(1)アルバイトも割増賃金の対象になりますか?
事業者は、アルバイトやパートなどの雇用形態に関わらず、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて労働した時間については、時間外労働の割増賃金の支払義務を負います。アルバイトやパートの休日労働や深夜労働についても、同様に割増賃金を支払う義務を負います。
ただし、アルバイト従業員はフルタイムで就業する正社員よりも勤務時間や勤務日数が少ないことが多いでしょう。そのため、「所定労働時間を超えているが法定労働時間を超えていない」「本来シフトが休みの日に勤務しているが法定休日労働にはあたらない」等、そもそも割増賃金の支払いの対象とならないケースが多くなります。
▶参考情報:アルバイトやパート社員の割増賃金に関しては、以下の記事で詳しく解説していますのでご参照ください。
(2)ダブルワーク・副業をしている場合の割増賃金の支払いはどうなりますか?
従業員がダブルワークをしている場合、割増賃金の支払義務の有無については、本業と副業の労働時間を通算して判定します。労働基準法38条にこのことが定められています。具体的な考え方は以下の通りです。
まず、本業と副業の所定労働時間を通算します。その結果、自社の法定労働時間を超える部分がある場合は、時間的に後から労働契約を締結した事業者における当該超える部分が時間外労働になります。例えば、本業の所定労働時間が1日7時間、副業の所定労働時間が1日2時間の場合、合計9時間となって8時間を超えます。この場合に、本業での労働契約が副業での労働契約よりも先に締結されていれば、副業の事業者が1時間分の時間外労働の割増賃金支払義務を負います。一方、同様に、本業の所定労働時間が1日7時間、副業の所定労働時間が1日2時間の場合でも、本業での労働契約が副業での労働契約よりも後に締結されていれば、本業の事業者が1時間分の時間外労働の割増賃金支払義務を負います。
そして、兼業開始後は、上記のような所定労働時間の通算に加えて、本業における所定外労働時間と副業における所定外労働時間を、その労働が行われた順に通算して、自社における法定労働時間を超える部分があれば、その超える部分についても、時間外労働になります。
例えば、本業での所定労働時間が1日5時間、副業での所定労働時間が1日2時間の場合、労働者が1日のうち、まず兼業先で1時間の残業をし、その後、本業で1時間の残業をしたときは、合計の労働時間が1日9時間となります。この場合、後から行われた本業における1時間分の残業が時間外労働となり、本業の事業者が1時間分の時間外労働の割増賃金支払義務を負うことになります。
このように、副業先の有無も踏まえて割増賃金の計算をする必要があるため、従業員について他にも勤務先があるかどうかを把握し、他にも勤務先がある場合はその労働時間について申告させ、適切に把握しておく必要があります。なお、ダブルワークのいずれかが個人事業主やフリーランスの場合は、その分については労働基準法の対象外のため通算の対象とはなりません。
▶参考情報:ダブルワークについては、厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」や、以下の厚生労働省の解説資料をご参照ください。
・「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和4年7月8日改定版)(pdf)
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9,まとめ
今回は、割増賃金について、支払いが発生する条件や計算方法等をご説明しました。
事業者は、従業員に時間外労働や休日労働あるいは深夜労働をさせる場合、通常の賃金に割増率を加算した割増賃金を支払わなければなりません。それにあわせた就業規則等の整備も必要です。
割増賃金を支払わないと従業員との間でトラブルになるだけでなく、罰則を科されることもありますので、適切に対応することが重要です。トラブルを未然に防ぐためにも、弁護士に相談することが適切です。
そして、万が一、割増賃金の支払いについてトラブルになったときは、早急に弁護士に依頼して対応することが、自社のダメージを小さくすることにつながります。咲くやこの花法律事務所でも、割増賃金に関するトラブル予防、トラブル解決について専門的なサポートを提供していますので、ぜひご利用ください。
10.【関連】割増賃金など労働基準法に関するその他のお役立ち記事
この記事では、「割増賃金とは?労働基準法第37条や時間外・休日・深夜の計算方法を解説」について、わかりやすく解説しました。労働基準法には、その他にも知っておくべき情報が幅広くあり、正しい知識を理解しておかなければ重大なトラブルに発展してしまいます。
以下ではこの記事に関連する労働基準法のお役立ち記事を一覧でご紹介しますので、こちらもご参照ください。
・労働基準法における賃金のルールとは?定義や原則、計算方法などを解説
・労働基準法第24条とは?賃金支払いの5原則について詳しく解説
・労働基準法で定められた休日とは?年間休日の日数は最低何日必要か?
・労働基準法違反とは?罰則や企業名公表制度について事例付きで解説
・就業規則と労働基準法の関係とは?違反する場合などを詳しく解説
・労働基準法による解雇のルールとは?条文や解雇が認められる理由を解説
・有給休暇とは?労働基準法第39条に基づく付与日数や繰越のルールなどを解説
・労働基準法について弁護士に相談すべき理由とは?わかりやすく解説
・労働基準法施行規則とは?2024年4月の改正についても詳しく解説
・【2024年最新版】労働基準法の改正の一覧!年別に詳しく解説
記事作成弁護士:西川 暢春
記事更新日:2024年12月17日
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