
こんにちは。咲くやこの花法律事務所の弁護士西川暢春です。
退職した従業員との損害賠償トラブルで悩んでいませんか。
会社が退職した従業員から損害賠償を請求されるケースとしては、パワハラ・セクハラ等のハラスメント問題、労災、不当解雇問題等があります。従業員から損害賠償請求の訴えを起こされた場合、適切に反論しなければ、従業員の主張が全面的に認められてしまう危険があります。賠償金が高額になるケースもあり、会社は大きなダメージを受けることになります。
一方、会社が退職した従業員に対して損害賠償を請求するケースもあります。顧客情報や機密情報の持ち出し、従業員や顧客の引き抜き、横領、競業避止義務違反等の場面です。情報の持ち出しや引き抜き等に適切に対処しなければ、会社の財産である技術やノウハウ、人材の流出につながり、会社の利益の減少に直結する恐れがあります。それだけでなく、顧客や取引先からの信頼低下につながるリスクもあります。
この記事では、どのような場合に会社と従業員の間で損害賠償請求トラブルが発生するのか、損害賠償請求をされたらどうなるのか、裁判例や退職後のトラブルを防ぐための対策等について解説します。
この記事を最後まで読んでいただくことで、万が一、退職後の従業員との損害賠償請求トラブルに発展しそうな場面で正しい道筋をたてて対応をしていくことが可能になります。また、退職後の従業員との損害賠償トラブルを防止するための対策に向けても動き出せるようになります。
それでは見ていきましょう。
▼退職後の従業員との損害賠償請求トラブルについて、弁護士の相談を予約したい方は、以下よりお気軽にお問い合わせ下さい。
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今回の記事で書かれている要点(目次)
1,会社が従業員から退職後に損害賠償請求されるケース
まず、会社が退職した従業員から損害賠償を請求されるケースとしては、以下のようなものがあります。
- パワハラ、セクハラ、マタハラ等のハラスメント
- 長時間労働、過重労働
- 労災
- 不当解雇、退職強要
- 賃金未払い
以下で順番にご説明します。
(1)パワハラ・セクハラ等のハラスメント
会社には、職場でのパワハラやセクハラ、マタハラを防止するための措置を講じる義務があります(労働施策総合推進法第30条の2、男女雇用機会均等法第11条、第11条の3、育児介護休業法25条)。
これらの義務に違反してハラスメントを防止するための措置を講じていなかったり、従業員からハラスメントの訴えがあった際に適切な対応を怠ったりした結果、従業員が精神疾患を発症したり、精神的被害を被った場合、会社は、従業員から損害賠償を請求される可能性があります。
これらの請求は従業員が在職中にされる例もありますが、退職後にされるケースも多くなっています。
▶参考情報:企業に義務付けられているハラスメント防止対策については以下の記事をご覧ください。
・パワハラ防止の対策とは?義務付けられた10項目を弁護士が解説
(2)長時間労働・過重労働
月の時間外労働や休日労働が80時間を超えるような長時間労働は、精神疾患や脳・心疾患等を引き起こす原因になり得ます。
企業には、長時間労働や過重労働による従業員の健康被害を防ぐ義務があります。従業員に過重な勤務をさせ、従業員に健康被害が生じたり、従業員が亡くなったりした場合、安全配慮義務違反を理由に企業は従業員やその遺族から損害賠償を請求される可能性があります。
労働基準法では、時間外労働や休日労働について上限規制がされており、まずはこの上限規制を正しく守ることが必要です。
▶参考情報:残業時間の上限規制や安全配慮義務違反については以下の記事をご覧ください。

「弁護士西川暢春のワンポイント解説」
過重労働が原因の健康被害について、会社が損害賠償が命じられている裁判例は数多くありますが、一例として、札幌地方裁判所令和3年6月25日判決(過重労働が原因で従業員が精神疾患を発症し、退職後に自殺したことについて、企業とその代表取締役個人に対し約5500万円の支払いが命じられた事案)などがあります。札幌地方裁判所令和3年6月25日判決の内容は以下からご確認ください。
(3)労災(労働災害)
労災(労働災害)とは、従業員が、仕事が原因で負傷したり、病気になったり、亡くなったりすることをいいます。身体的な病気やケガだけでなく、精神疾患の発症についても労災が認定される例があります。
労災が認定される可能性がある事案の例として以下のようなものをあげることができます。
- パワハラ、セクハラ、マタハラ等のハラスメントによる精神疾患の発症
- 長時間労働や過重労働による精神疾患や心疾患、脳疾患の発症
- 業務中の転倒、転落等の事故による負傷
- 業務中に機械に巻き込まれたり、挟まれたことによる負傷
- 炎天下での作業中の熱中症の発症
- 化学物質による中毒症状
労災が認定されたからといって、当然に企業に損害賠償責任が生じるわけではありませんが、労災の背景に企業の安全配慮義務(労働者が安全と健康を確保しつつ働くことができるように必要な配慮をする義務)違反がある場合、会社は従業員や遺族から損害賠償を請求される可能性があります。
これらの請求は従業員が在職中にされる例もありますが、退職後にされるケースも多くなっています。
▶参考情報:労働災害の損害賠償請求や安全配慮義務については以下の記事をご覧ください。
(4)不当解雇や退職強要
解雇した従業員から解雇が不法行為であるとして企業が損害賠償請求される例もあります。例えば、解雇理由を第三者に公表して労働者の名誉を著しく毀損した場合や妊娠や産休・育休の取得をきっかけに解雇した場合は裁判所から損害賠償の支払いを命じられている例があります。
また、退職勧奨が退職の強要にあたるとして企業が損害賠償請求される例もあります。労働者に不当な心理的圧力を加えたり、または労働者の名誉感情を不当に害するような言い方をすることで退職を強要する行為は損害賠償請求の対象となります。
▶参考情報:不当解雇や退職勧奨については以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
(5)賃金未払い
賃金未払いとは、法律上支払義務がある残業代その他の賃金を支払っていないことをいいます。このような場面での賃金請求自体は、法的には「損害賠償請求」ではありませんが、過去の残業代不払い、賃金不払いに関連して、残業代請求とは別に損害賠償請求がされる例もあります。
▶参考情報:残業代の支払いルールや未払い残業代を請求されたときの対応については以下の記事をご覧ください。
2,会社が退職した従業員に損害賠償請求を行うケース
一方、退職後の従業員の行為によって会社に損害が発生した場合に、会社が退職者に対して損害賠償を請求する例もあります。
会社から退職した従業員に対して損害賠償を請求するケースには、以下の例があります。
- 機密情報、顧客情報の持ち出し
- 従業員や顧客の引き抜き
- 横領、背任等の不正行為
- 競業避止義務違反
- SNSや口コミサイト等での誹謗中傷
- データ削除等の会社の営業妨害
- 業務中のミス
等
以下で順番にご説明します。
(1)機密情報・顧客情報等の持ち出し
従業員が、企業の機密情報や顧客情報を持ち出して同業他社へ転職したり、独立し、退職後にこれらの情報を不正に利用するトラブルは後を絶ちません。
企業の機密情報には、製品の設計図や製造工程、企画書や開発中の商品に関する情報、仕入れや売価に関する情報、企業の財務情報、顧客情報等、様々な情報が含まれます。機密情報が退職者によって不正に利用されると、模倣品・廉価品の発生や、顧客の喪失、取引先や顧客からの信用低下等の問題が生じ、企業は多大なダメージを受ける恐れがあります。
従業員が機密情報・顧客情報を不正に持ち出した場合、会社は従業員に対して損害賠償の請求や機密情報の使用差し止めを求めることができます。

在職中の従業員には労働契約に付随する義務として、会社の機密情報を外部に漏洩させない義務(秘密保持義務)があります。退職後も、従業員に秘密保持義務を課すためには、就業規則で退職後の秘密保持義務について規定するか、個別に秘密保持誓約書を取得しておくことが必要です。
▶参考情報:機密情報、顧客情報の持ち出しについては以下の記事で詳しく解説していますのであわせご覧ください。
(2)従業員や顧客の引き抜き
退職した従業員が転職先や自分が設立した会社に他の従業員を勧誘したり、顧客を引き抜いたりするのも、非常によくあるトラブルです。
転職先や自分の会社に従業員や顧客を勧誘すること自体は必ずしも違法な行為ではありません。従業員には職業選択の自由があり、勧誘を受けて転職するかどうかは従業員の自由です。また、顧客についても契約の自由があるため、どの会社と取引をするかは顧客の自由です。
従業員や顧客の引き抜きが違法になるかどうかは、勧誘行為をしたのが、「在職中」だったのか「退職後」だったかが一つのポイントになります。
会社と雇用契約関係にある従業員には、労働契約上の付随義務として、誠実に業務を遂行し、雇用主である会社の利益を不当に侵害してはならない義務(誠実義務)があります。
在職中に他の従業員に転職を持ち掛けたり、顧客に会社と競合する取引の営業をかける行為は、この誠実義務に違反すると判断され、従業員に対する損害賠償請求が認められる可能性が高くなります。
一方、退職後の行為であっても、誓約書等で会社と引き抜き行為の禁止について合意をしていた場合や、引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法で行われた場合は、会社からの損害賠償請求が認められる可能性があります。
(3)横領・背任等の不正行為
従業員が退職し、他の従業員に業務を引き継いだこと等をきっかけに、退職した従業員の横領や背任等の不正行為が発覚するケースがあります。このような場合、退職後であっても横領をしていた従業員に損害賠償を請求することが可能です。事案によっては、刑事告訴で刑事責任を追及することも考えられます。
従業員が退職後であれば、さかのぼって懲戒解雇処分にすることはできませんが、退職金規程等に、懲戒解雇相当の事由がある場合の退職金の減額または不支給についての規定がある場合は、退職金の返還を求めることができるケースがあります。
▶参考情報:業務上横領や背任については以下の記事もあわせてご覧ください。
(4)退職後の競業避止義務違反
競業避止義務とは、従業員が競業他社に転職したり、退職後に独立して同じ業界で事業を始めたりする等して、会社の利益を不当に侵害してはならないという義務のことです。
退職後の競業避止義務はすべての従業員に当然に課されるものではなく、あらかじめ雇用契約書や就業規則で規定していること、あるいは、従業員から個別に誓約書を取得することで、初めて生じる義務です。
法律上有効な競業避止義務の合意をしていたのに従業員がこれに違反した場合、会社は従業員に対して、会社が被った損害の賠償や競業行為の停止を求めることができます。

あらかじめ従業員と競業避止義務の合意をしていても、競業禁止の範囲が広すぎたり、競業禁止の期間が長すぎたりすると、競業避止義務の合意が無効と判断されるケースがあるので注意が必要です。
▶参考情報:退職後の競業避止義務については以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。
(5)SNSや口コミサイト等での誹謗中傷
インターネットが広く普及し、誰もが匿名で気軽に発信できるようになったことで、SNSや転職サイト、口コミサイト等での会社に対する誹謗中傷トラブルが増加しています。
会社に対する悪評が世間に広まると、会社のイメージが低下し、採用活動に支障が生じたり、取引先や顧客からの信用に悪影響を及ぼして、企業経営に深刻な影響を与えることになりかねません。
SNSや口コミサイト等への書き込みがすべて問題となるわけではありませんが、会社の社会的信用を低下させるような記載(例えば「残業代が支払われない」「パワハラが横行している」「不正行為をしている」など)が事実に反してされた場合は、それを投稿した従業員に対して損害賠償を請求できる可能性があります。
匿名の書き込みであっても、発信者情報開示請求等によって書き込んだ人間を特定することが可能です。
▶参考情報:誹謗中傷への対応や発信者情報開示請求については、以下の記事で詳しく解説していますので、ご参照ください。
(6)データの削除等の会社の営業妨害
在職中に会社に対する不満を抱えていたり、解雇など不本意な形で退職することになった場合等に会社へのいやがらせとして、業務に関するデータの削除が行われることがあります。あるいは、データの持ち出しや横領等の自分の不正行為を隠蔽することを目的として、業務に関するデータの削除が行われることもあります。
従業員が故意にデータを削除した場合、刑事上は電子計算機損害等業務妨害罪(刑法243条の2)に該当する可能性があります。また、民事上の責任として、データの消去によって業務に支障が生じて会社に損害が発生した場合や、会社がデータの復元のために出費を余儀なくされた場合は、退職した従業員に損害賠償を請求することができる可能性があります。
(7)業務中のミス
業務中のミスで会社や取引先に損害を与えたとしても、会社から従業員に対する損害賠償請求は認められないことが一般的です。
会社は、従業員を雇い、従業員を稼働させることによって利益を得ています。従業員の活動によって利益を得ているのだから、その活動によって損害が生じた場合は、その損害も負担すべきと考えられているためです(この考え方を「報償責任の原則」といいます)。
例外として、その損害の発生が従業員の故意や重大な過失によるものである場合は、損害賠償の請求が認められる可能性があります。
また、従業員が業務中の不法行為によって第三者に損害を与えたことについて、会社が使用者責任に基づき第三者に対する賠償をした場合、会社は不法行為をした従業員に対して、会社が支払った賠償金の全部または一部を求償することができます(民法第715条3項)。
▶参考情報:使用者責任については以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。
3,損害賠償請求における裁判の流れ
退職後の従業員から損害賠償請求された場合も、会社が退職後の従業員に損害賠償請求する場合も、その請求は、交渉による方法と裁判所の手続きによる方法の2つのパターンに分かれます。
損害賠償請求について裁判になった場合、裁判はおおむね以下の流れで進んでいきます。
・出典:裁判所「民事訴訟」
訴訟は裁判を起こす側(原告)が裁判所に訴状を提出することで始まります。裁判を起こされた側(被告)は、指定された期限までに答弁書(訴状に対する反論を記載した書面)や証拠書類を提出する必要があります。
その後は月に1回程度のペースで期日が開かれ、双方が主張をしたり、相手の主張に対する反論をしたり、主張を裏付ける証拠を提出する等して審理をしていくことになります。
場合によっては、当事者尋問や証人尋問といって、裁判官の前で供述や証言をする手続きが行われることもあります。
(1)退職後の従業員から損害賠償請求された場合のとるべき対応ポイント
会社が退職後の従業員から損害賠償請求された場合は、まず、内容証明郵便や訴状等で従業員が主張している事実について、会社として正確な事実確認をすることが必要です。そのうえで、会社が確認した事実を踏まえ、会社側としてどのような反論をするかを検討しなければなりません。そして、従業員からの請求が内容証明郵便等によるものであればそれに対する反論の書面を送付し、従業員からの請求が訴訟によるものであれば訴状の主張に反論する答弁書を作成することになります。
これらの場面では、関連する法律や裁判例を踏まえて適切な反論をすることが重要です。法律の専門的な知識が求められる手続きですので、弁護士に対応を依頼することをおすすめします。
(2)退職した従業員に損害賠償請求する場合のとるべき対応ポイント
会社が退職した従業員に損害賠償請求する場合は、従業員に損害賠償請求の理由となるような行為があったのかどうかを、正確に調査することがまず重要です。また、そのような行為があったことについての証拠を確保することも大切です。そのうえで会社が確認した事実を踏まえ、どのような法律構成により損害賠償請求すべきかを慎重に検討しなければなりません。
ここでの判断を誤ると、損害賠償請求をしても認められないことになってしまいますので、専門の弁護士に相談したうえで対応することが適切です。
4,退職した従業員への損害賠償請求に関する裁判例
ここからは、実際にどのような事案で、どのくらいの損害賠償が認められているのか、会社から退職した従業員への損害賠償請求に関する裁判例をご紹介します。
(1)機密情報・顧客情報等の持ち出しに関する事例
顧客情報等の持ち出しについての損害賠償請求が認められた事例(大阪地方裁判所判決平成25年4月11日)
中古車販売会社の従業員が退職直前に2000件もの顧客情報を不正に持ち出して同業他社へ転職し、顧客情報を利用して営業行為をした事案です。
- ポイント1:顧客情報はアクセスできる者が制限されていたこと
- ポイント2:顧客情報は営業活動において必要不可欠なものであり、有用な情報であったこと
- ポイント3:顧客情報は一般に知られていない情報であったこと
これらの点から、本件の顧客情報は営業秘密にあたると判断され、顧客情報を不正に取得した行為は不正競争防止法に違反しているとして、裁判所は元従業員に対して約1億4000万円の損害賠償を命じました。なお、この事案では、元従業員だけでなく元従業員の転職先の会社も損害賠償を命じられています。
▶参考情報:不正競争防止法の営業秘密については以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。

顧客情報の持ち出しの事案については、顧客情報が秘密情報であることが明確な形で管理されていたかが大きなポイントになります。上記の裁判例の事案では、顧客情報の管理に専用のアプリが使われていたり、顧客情報へのアクセスにパスワード等の入力が必要だったこと、無断複製や機密漏洩、データの譲渡・転売が禁止されていたこと等、顧客情報にアクセスできる者が制限され、顧客情報が適切に管理されていました。
これに対し、顧客情報の適切な管理がされていないために顧客情報が営業秘密と認められず、顧客情報の持ち出しについて会社からの損害賠償請求が認められなかった事例も多数あります(東京地方裁判所判決平成16年4月13日ほか)。
(2)従業員の引き抜きに関する事例
従業員の引き抜きについて損害賠償請求が認められた事例(宮崎地方裁判所都城支部判決令和3年4月16日)
派遣会社の従業員が在職中に同業会社を設立し、派遣スタッフを引き抜いた事案です。
- ポイント1:従業員が在職中に会社を設立して収益をあげていたこと
- ポイント2:会社とは話がついている等と虚偽の説明をして派遣スタッフを引き抜いたこと
- ポイント3:派遣先企業に対しても派遣スタッフの移籍は会社も了承しているかのような説明をしたこと
裁判所は、本件引き抜き行為は社会相当性を逸脱しているとして元従業員に対して約320万円の損害賠償を命じました。

従業員の引き抜きについては、その勧誘活動が一般的な勧誘の範囲を超えて、社会的相当性を逸脱する方法で行われた場合に、不法行為となり、損害賠償責任が発生することになります。
引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているかどうかは、「転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである」とされています(東京地方裁判所判決平成3年2月25日・ラクソン事件)。
(3)横領・背任行為等の不正行為に関する事例
横領行為等について損害賠償請求が認められた事例(徳島地方裁判所令和6年4月23日判決)
経理部に配属されていた元従業員が、会社名義の預金口座から預金を無断で引き出したり、レジから現金を抜きとったり、親族が経営する会社と共謀して架空請求をする等して横領した事案です。
会社はこの従業員の退職後に損害賠償請求訴訟を提起し、裁判所は、元従業員に対して約4億7000万円の損害賠償を命じました。

業務上横領で従業員に対する損害賠償を請求する際は、十分な証拠が確保できていることが何よりも重要です。実際の裁判でも、証拠不十分で損害賠償請求が認められなかった事案が数多くあります。
▶参考情報:業務上横領が発生したときの証拠の集め方については以下の記事をご覧ください。
(4)退職後の競業避止義務違反に関する事例
退職後の競業避止義務違反について損害賠償請求が認められた事例(株式会社成学社事件・大阪地方裁判所平成27年3月12日判決)
学習塾の非常勤講師が、退職後に、前職で指導を担当していた教室から約430メートルの場所に塾を開設したことについて、会社が営業の差し止めと損害賠償を求めた事案です。
この事案では、就業規則で以下のとおり競業避止義務を定めていました。
- 競業避止の期間:退職後2年間
- 競業避止の範囲:指導を担当していた教室から半径2キロメートル以内での自塾の開設の禁止
裁判所は、この競業避止義務の規定は合理的なものであり、講師が学習塾を開設したことは競業避止義務違反にあたると判断して、講師に対して営業の差し止めと約1000万円の支払いを命じました。

退職者の営業の自由を不当に制限する競業避止義務の設定は公序良俗違反であるとして無効とされます。本件では競業避止の範囲について十分な制限が設けられていたことから、競業避止義務を設定する就業規則の効力が認められました。
(5)データ削除に関する事例
業務上のデータの削除について損害賠償請求が認められた例(東京地方裁判所令和4年4月19日判決)
学習塾の校長を務めていた従業員が、生徒の引き抜き行為等を理由として解雇され、学習塾から貸与されたパソコンのデータを消去した事案です。
裁判所は、元従業員が削除したデータには、業務上必要なデータがある他、元従業員が隠ぺいしたデータがないか調査するためにも学習塾側は費用をかけてデータを復元せざるを得なくなったとして、パソコンのデータを復元するために学習塾が負担した費用110万3688円の支払いを従業員に命じました。
5,退職後のトラブルを防ぐための対策
従業員の不正行為等によって会社に損害が発生した場合、会社は従業員に対して損害賠償請求を検討することになりますが、損害賠償請求のためには、不正行為や損害額についての主張立証をすることが必要です。しかし、この主張立証には一定のハードルがあり、必ず請求が認められるわけではありません。そのため、会社の損失を防ぐためには、従業員の不正行為を発生させないために日ごろから顧問弁護士に相談して、予防法務に取り組むことが重要です。例えば以下のような対策が重要になります。
(1)機密情報の持ち出しを防ぐための対策
機密情報や顧客情報の持ち出しを防ぐための対策としては以下のものがあります。
- 就業規則で秘密保持や情報の持ち出し禁止について定める
- 秘密保持誓約書を取得する(入社時、昇進時、退職時)
- 機密情報へのアクセスを制限したり、社外秘情報であることを従業員に明示する

秘密保持誓約書はひな形を利用して形式的なものを作成するだけでは法的な効力が認められないことに注意する必要があります。
「退職後3年間は、貴社所属時に業務上知った情報(受領した名刺情報、貴社経営関係情報等)について、一切口外しません。」と記載された誓約書を提出させた事案では、対象となる営業秘密等が具体的に特定されてないとして、このような誓約書は無効であると判断されています(東京地方裁判所判決令和6年2月19日)。安易にひな形を利用して作成するのではなく、弁護士に相談して、適切な内容で作成することが重要です。
▶参考情報:秘密保持誓約書の作成については、以下の記事で詳しくご説明していますので、あわせてご覧ください。
(2)退職後の顧客の引き抜き行為を防止するための対策
顧客の引き抜き行為を防止するための対策としては以下のものがあります。
- 就業規則に退職後に担当顧客等と取引することを禁止する条項と顧客リストの持ち出し禁止条項を設ける
- 誓約書を取得する(入社時、昇進時、退職時)
- 顧客情報を適切に管理する
▶参考情報:顧客の引き抜き行為を防止するための対策については、以下の記事で詳しくご説明していますので、あわせてご覧ください。
(3)横領を防止するための対策
従業員の横領行為は、会社の管理体制の甘さが背景になっているケースが少なくありません。横領をする従業員が悪いのは当然ですが、会社も従業員の良心に任せず、横領を防ぐ対策をすることが重要です。
会社ができる対策には以下のようなものがあります。
- 出金伝票とその承認制度をつくる(上司の承認を得ないと出金ができない仕組みにする)
- 経理担当者が一人で預金を引き出せない仕組みにする
- 小口現金は帳簿と現金の額が一致しているか毎日確認する
- 通帳の取引履歴を定期的に確認する
- 小売店舗の売り上げは当日中に預金口座へ入金させる
- 経理担当者を定期的にローテーションする
▶参考情報:従業員の横領や不正を防止するためのポイントについては以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。
(4)退職後の競業によるトラブルを防止するための対策
退職者の競業によるトラブルを防止するための対策としては以下のものがあります。
- 就業規則で適切な内容の競業避止義務を定める
- 競業避止義務についての誓約書を適切な内容で取得する
- 退職金規程に競業避止義務に違反した場合の退職金の減額、不支給の規定を適切に設ける
(5)身元保証書を取得する
身元保証書とは、従業員が横領や情報漏洩、就業規則違反等で会社に損害を与えた場合に、その損害の賠償を従業員本人だけでなく、身元保証人にも求めるための書面です。
身元保証書を取得するメリットは2点あり、1つ目は本人だけでなく第三者にも責任を負担させることで不正行為の抑止効果が期待できること、2つ目は従業員本人から損害賠償の支払いを受けられない場合も身元保証人からの回収が可能となることです。
▶参考情報:身元保証書については以下の記事で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。
6,咲くやこの花法律事務所の損害賠償請求トラブルの解決実績
咲くやこの花法律事務所では、退職後の従業員との損害賠償請求トラブルについて数多くのご相談をお受けし、会社側の代理人としてトラブルを解決してきました。咲くやこの花法律事務所の解決実績の一部を以下でご紹介していますのでご参照ください。
・競業避止義務違反をした退職者から謝罪文の交付と損害賠償金の支払いをさせた成功事例
・横領した従業員に損害賠償を求め、給料の差押えにより回収した成功事例
7,損害賠償トラブルについて弁護士に相談したい方はこちら
咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場で、従業員から損害賠償を請求された場合、そして従業員に対して損害賠償請求をする場合の対応についてご相談をお受けし、専門的なサポートを提供しています。
以下では咲くやこの花法律事務所の弁護士によるサポート内容をご紹介します。
(1)退職後の従業員との損害賠償請求トラブルについてのご相談
咲くやこの花法律事務所では、従業員との損害賠償請求トラブルについて以下のようなサポートを行っています。
- 退職した従業員から損害賠償を請求されたときの会社側代理人としての対応
- 従業員の不正行為に関する事実関係の調査
- 退職した従業員に対する損害賠償請求(交渉、訴訟)
- 退職した従業員の不当な競業行為や機密情報の不正使用等の差し止め請求
- 退職した従業員による不正競争防止法違反についての刑事告訴
退職者による機密情報の持ち出し、従業員や顧客の引き抜き、不当な競業行為等は、早く対処しなければ会社の損失がどんどん拡大していくことになります。
咲くやこの花法律事務所では、企業側の立場で数多くの事案に対応してきた経験をいかし、損害拡大の防止、会社の被害回復やトラブルの早期解決に尽力します。
咲くやこの花法律事務所の弁護士への相談費用について
●30分5000円+税(顧問契約締結の場合は無料)
※来所相談のほか、オンライン相談、電話相談も可能
(2)顧問弁護士サービスのご案内
咲くやこの花法律事務所では、退職した従業員との損害賠償トラブルの対応はもちろん、企業の労務管理全般をサポートするための顧問弁護士サービスを提供しています。
従業員の不正行為等が原因で会社に損害が発生した場合、従業員に対して損害賠償を請求したくても、日ごろの管理体制や、就業規則や誓約書の不備が原因で損害賠償請求が認められないという事案は数多くあります。
そのため、常日頃から、顧問弁護士に相談しながら、不正行為の防止に取り組み、また、不正行為が発生したときのことを想定して誓約書の作成、就業規則の整備などの対策しておくことが重要なのです。
形式的には対策を講じていても、不十分なものにとどまっているため、いざというときに役に立たないケースも多いです。適切な弁護士に相談したうえで日ごろから対策をすることが必要です。また、トラブルが発生した際も、顧問弁護士サービスを利用していれば、初期段階から弁護士に相談し、専門的な助言を受けて対応することで、問題を早期に、そしてより有利に解決することができる可能性が高くなります。
咲くやこの花法律事務所では、顧問弁護士サービスをご検討中の方向けに、弁護士による無料面談を行っています。オンラインでの面談も可能です。気軽にお問い合わせください。
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▶参考情報:咲くやこの花法律事務所の顧問弁護士サービスについては、以下で詳しく説明していますので、ご参照ください。
(3)「咲くやこの花法律事務所」の弁護士に問い合わせる方法
弁護士の相談を予約したい方は以下の「電話番号(受付時間 9:00〜23:00)」にお電話いただくか、メールフォームによるお問い合わせも受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。
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8,まとめ
この記事では、退職後に会社が従業員から損害賠償請求されるケース、退職後に従業員が会社から損害賠償請求されるケース、従業員に対する損害賠償請求が認められた裁判例、退職後のトラブルを防ぐための対策等について解説しました。
会社が退職後に従業員から損害賠償請求されるケースには以下のようなものがあります。
- パワハラ、セクハラ、マタハラ等のハラスメント
- 長時間労働、過重労働
- 労災
- 不当解雇や退職強要
- 賃金未払い
一方、退職後に従業員が会社から損害賠償請求されるケースには以下のようなものがあります。
- 機密情報、顧客情報の持ち出し
- 従業員や顧客の引き抜き
- 横領、背任等の不正行為
- 競業避止義務違反
- SNSや口コミサイト等での誹謗中傷
- データ削除等の会社の営業妨害
- 業務中のミス
従業員の不正行為が発生すると、会社は少なからずダメージを受けることになります。そのため、会社は常日頃から、就業規則を適切な内容に整備し、適切な内容の身元保証書や誓約書の取得、機密情報や顧客情報の適切な管理等の対策に取り組む必要があります。
退職した従業員から損害賠償請求をされてお困りの方、退職した従業員の不正行為について損害賠償請求をしたいとお考えの方は、咲くやこの花法律事務所にご相談ください。
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記事作成日:2025年3月12日
記事作成弁護士:西川 暢春
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